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15 聖炎




 「っ! エル、逃げろ!」


 混乱し、場の状況を理解出来ず呆然と立ち尽くす僕に、スルクから鋭い声で指示が飛んできた。

 その間にアリナさんは僕の前に出て、守るようにレイピアを構える。


 「チッ」


 舌打ちと共にレイヴはスルクから離れ、僕らに剣を向けた。その目には殺意が込められていて、こちらに危害を加えるつもりであることがわかる。


 (ど、どうすれば……)


 「エルさん、一度逃げてください!」


 予想だにしなかった状況に僕が迷って行動出来ないでいると、アリナさんから指示が飛んでくる。


 (……確かに、僕なんかがいても邪魔なだけ……)


 それなら、今すぐ離れた方がいい。

 この狭さじゃ満足にレイピアを振ることも出来ないし、室内だから炎器みたいな魔法も使えない。僕がいても、何も出来ない。邪魔になるだけ。

 そうだ、いても無駄。マイナスにしかならない。


 「っ、すみません!」


 4人に背を向けて、転びそうになりながら階段を駆け上がる。


 (まずはセリナさんに話して、あとは……)




 『本当に、それでいいのか?』



 頭にその声が響いた瞬間、体が固まる。その空間に縫い付けられたように動かない。


 『お前はそれで、後悔しないのか?』


 僕の体だけじゃない。わかりにくいけど、何もかもが止まってる。階段に積もっていたが、振動で舞っていた埃や塵が空中で静止していた。


 気がつけば、前に男が現れていた。あの、夢に出てきた男が。

 動くのは首から上だけ。どことなく、悪魔と名乗ったあの男が現れた時と近しいものを感じる。


 「後悔って……」

 「惚けるな」


 僕の言葉を、男が遮る。その声色は前よりも険しいものになっていて、機嫌の悪さが伺える。


 「お前は幼馴染を助けたいんだろう? だから瘴気を見て急いだ。違うのか?」


 瘴気と言うのは、この黒いもやのことだろうか。

 確かに、スルクを助けたいとは思う。思わないわけがない。この男が言っていることは、間違ってない。


 (……でも)


 僕にそんな力はない。出来るならそりゃ助けたいけど、僕がいたところで何か出来るとも思えないし、純粋な戦力になるわけでもないし、邪魔になるだけだ。

 だから、逃げる。もしこれでスルクやアリナさんが死ぬことになったなら、その時は確実に後悔するだろう。でも、僕がいることで不利になる方がずっと後悔する。

 アリナさんは僕なんかよりもずっと強いし、僕の出る幕なんてないんだ。そんなのは、この一月でわかってる。


 「最善だと思ったことをしてるだけだよ。僕がいても何も出来ないから、邪魔にならないように逃げてるだけ」


 「それは違うな」


 「え?」


 男はそう言うと、右腕を軽く振る。

 その瞬間、周囲の黒いもやが薄まり、視界がほんの少しだけ開けて見えるようになった。


 「なぜ瘴気があるのかを考えろ。武力が全てだと思うな。今この場にいる中で、お前にしか出来ないことがあるだろう!」


 怒ったように声を荒げ、捲し立てる。なぜわからない、と言いたげな表情で僕を睨んでいた。


 (なぜ?)


 もやは呪いによるものだろう。でも、スルクの呪いを解いたとしても状況が好転するかもわからないし、そもそも解けるかも怪しい。一度も成功していないのに、出来る自信はない。

 「武力が全てだと思うな」は、戦いは純粋な強さだけじゃないってことだろうけど。


 「……1人に体を操る呪いが掛けられた程度なら、これほどの瘴気はありえない」


 「っ!」


 男の言葉に、息を呑む。

 信じるなら、チェシャとレイヴも操られている可能性が高いと言うこと。もしその通りなら呪いを解けた場合、現状の敵がいなくなって戦いが起きなくなる。

 それに、操られていたならレイヴが僕らに剣を向けて来たことにも納得できる。


 (……)


 信じたい。疑う理由もあるし、怪しいけど。

 今までこの男が言って来たことは正しかったし、僕が不利になるようなことはなかった。聖剣も実在したし、協力してくれてる。今回も正しいと仮定した時、今の状況に繋がる部分もある。


 「でも、それでも。僕には無理だ」


 僕は「剣姫」のような強さがあるわけでも、かつての英雄のような力があるわけでもない。だから——


 「うだうだぐだぐだうるせぇなぁ!」


 突然、胸ぐらを強引に掴まれる。顔を上げれば、傷だらけの、怒りに染まった顔が見えた。


 「お前にしか出来ねぇっつったろ!? お前なら出来るって言ってんだよ! ……俺が手伝ってやる。絶対に成功させてやるから、やってみろ」


 その言葉と共に、僕を白い光が包み込む。

 体の奥底から、力が沸き上がる感覚。身体を満たす、強大な力。


 「貴方、は?」


 「どうでもいい。これを維持するのもそろそろ限界だ。わかったな?」


 「……はい」


 僕がそう答えると、男は口角をわずかにあげ、呟いた。


 「そうだ。それでいい」



 男が消え、いつの間にか突っ立っていた体が、自由に動くようになる。

 力は僕の体に残ったまま。


 突き動かされるように、出てきた扉を開け。


 「っ!? エルさん、何してるんですか!」


 チェシャ、レイヴ、スルクの3人を視界に入れる。


 (いける気がする)


 軽く息を吐いて、燻っている力を練り上げる。

 この力のおかげなのか、集中しているからか、やけにゆっくりと時が流れていく。


 顔色を変えて僕に向かってくるレイヴと、心臓を押さえながら蹲るスルク、驚きながらもレイヴを抑えるアリナさん、呆然と立ち尽くすチェシャ。

 濃密な闇の中、3人の心臓部に刺さる、塗り潰されたような黒が見えた。


 (あれだ)


 受け取った力の赴くままに、言葉を紡ぐ。


 「〈炎を司りし赤き精霊よ、聖なる力をその身に纏し白き精霊よ かの者に刻まれた悪しき邪念を打ち破り、(こころ)穢す闇を焼き祓え〉」


 一言毎に勢いを増して限界まで膨れ上がった力の奔流を抑え込み、狙いを定める。



 「聖炎」



 世界が白く燃え上がった。

 闇に覆われていた視界が光に溢れ、チカチカと点滅する。

 全身が焼け、肌を焦がしていく感覚。光に少しずつ、呑まれて行くような感覚。

 自分が自分じゃなくなって行くような、そんな。


 「エル」


 焼けて無くなったはずの僕の手を、誰かが握る。

 優しい暖かさを感じると共に、あれだけ眩しかった光が小さくなって行くような気がした。








 「……ここ、は?」


 「エルねぇ!」


 目を覚ますと、ルネが飛びついてきた。

 咄嗟に受け止めたけど、お腹に突き刺さる寸前だった。少し反応が遅れてたらやばかったかもしれない。


 「ルネ、おはよう。えっと……今、どう言う状況?」


 「エルくん、やっと起きたのね」


 そこへ、大量の書類を抱えたセリナさんがやって来る。

 しかし、僕を見て安心したように息を吐いて、「ちょっと待ってて」と告げると来た道を走って行ってしまった。


 (報告、かな?)


 セリナさんがいるってことは多分ギルドだろう。そして、『やっと』起きたと言うことは少なくとも数時間は寝ていたと考えていいかな。

 身体を軽く動かしてみても、違和感はない。傷とかもないし、手がないとか火傷跡があるとかもない。綺麗な白い肌のままだった。


 「僕、どのくらい寝てたか知ってる?」


 「んー? えっと、七日、くらい?」


 張り付いたままのルネの言葉を、頭が拒否する。


 「ごめん、もう一回お願い」


 「七日くらい」


 (……そりゃ、セリナさんもやっとって言うわけだ)


 思っていた数倍以上もの長い間寝ていたらしい。流石に、あの力を制御するのは無理があったようだ。やってしまったものは仕方ないし、過ぎた時間も戻ってこないから、どうしようもないけど。

 それよりも、スルク達は大丈夫なのだろうか。セリナさんは問題なさそうだったけど、思い切り巻き込んでしまったアリナさんも不安だ。


 「お待たせ、エルくん」


 考え事をしながら待っていると、数分でセリナさんが帰ってきた。持っていた書類は無くなっている。


 「色々聞きたいことはあると思うけど、先に確認させて。体に異常はない?」


 心配そうな顔でそう言いながら、手袋を外して僕の額に手を当てたり、首を触ってくる。多分熱を測ってるんだろうけど、わざわざ触る必要はないと思う。


 「はい、今のところは」


 「そう。よかった」


 セリナさんはほっと息を吐くと、一度離れて置いてあった籠を持ってくる。中身は果物らしく、いろいろな種類のものが入っていた。


 「これ、シンジスさんのところの見習いさんがエルくんへのお見舞いに持ってきてくれたものだから、食べられそうなら食べていいよ」


 シンジスさんのところの見習いと言うと、ただ坊と呼ばれていた子だろうか。それ以外だと接点がないか一言二言話したことがあるくらいだし、多分あってると思う。あとでお礼しにいかないとね。


 「あとは……あぁ、安静にしててね。スルクくん達は今ギルドマスターと話している最中だから、探しても会えないと思うし」


 「と言うことは、スルク達は無事なんですよね……よかった」


 スルク達が無事なら、アリナさんも多分無事だ。距離はほとんど変わらないし、アリナさんに向けて放ったわけでもないから。


 「エルくんにも色々聞かなきゃいけないことがあるから、少ししたらギルドマスターが来ると思う」


 「わざわざ来てもらわなくても、僕から行きますよ!」


 体は元気だし、実感がないくらいには異常がない。動くくらいなら全く問題ないと思う。と言ってもルネはくっついたまま離れないし、起きたばかりだからあんまり動かない方がいいんだろうけど。


 「いいのいいの、マスターはこんな時くらいどんどん働いて動いた方がいいのよ! それより、エルくんは安静にねって言ったじゃない」


 「……わかりました」


 心配してくれているのだろうし、セリナさんが言ってるならいいか。


 「待ってる間することもないし、これ、食べちゃいましょう! 動けるって言うくらい元気があるなら、食べられるでしょ?」


 「はい」


 僕の返事を聞くと、機嫌良さそうに籠に入った赤い果実を取って、皮を剥き始める。

 あの男性のお陰でみんなが助かって、本当によかったと思う。色々気になることはあるけど、感謝が大きい。


 (本当に、よかった)


 やることは増えたし、色々話さなきゃいけないこともある。まだまだ頑張らないとね。



お久しぶりです!大変お待たせしました。

活動報告の通りですが、おそらく見てくださった方はほとんどいらっしゃらないと思うので一応こちらでも。一ヶ月の毎日更新で死んだので更新頻度を落として一話毎の分量を増やすことにしました。それでも、ここまで遅れるつもりはなかったんですけどね……どうしてこうなったのか……。

まぁ、妥協ラインを見失った結果なんですけど。反動でなるべく良いものを作りたいと思っていたら全然進みませんでした。申し訳ない!!

……と言うか、これもしかして二話に分けた方がよかったですかね。

次はもう少し早く更新できるように頑張ります!読んでくださる方は、これからもよろしくお願いします!

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