9 奴隷
今日もよろしくお願いします!
「おやすみ、ルネ」
取り敢えず、セリナさんに布団と枕を借りて寝かせることにした。
「エルくん、いくよ」
「はい」
ルネを起こさないように細心の注意をしつつ、セリナさんの家を出る。
この区域は上流階級が多いからか、夜でもかなり明るい。
人も多く出歩いていて、いずれも美しく華やかな衣装や、シックな服装に身を包んでいる人ばかり。
僕はかなり浮いている。
セリナさんは私服で、丈が長く落ち着いた色のワンピース。
元々綺麗なのもあって、ここにいても全く違和感がない。
(……居心地悪い)
単純な場違い感。
一緒にいるセリナさんまで悪い印象を持たれるんじゃないかという恐怖。
身を縮こまらせながら歩いていると、いつの間にか奴隷商店についていた。
「いらっしゃいませ! おや、これは珍しいお客様ですね」
中に入ると、40代ほどの男性に出迎えられる。
部屋には椅子と長机があるだけで、幕で仕切られた通路が三方向に伸びている。
「此度はどのような奴隷をお探しで?」
「この子と近い年齢で、同性の子をお願いします」
男性は僕をチラリと見ると、ほんの少し悩んだのち、「少々お待ちください」と言って奥の通路に行ってしまった。
少し待つと、男性は7人の男女を連れてきた。
「同性がいいとのことでしたが、パーティーメンバーとしての人員をお求めになられているとお見受けしましたので男も連れてきました。不要でしたらお申し付けくださいませ」
そう言って、男性は連れてきた者達を一列に並ばせる。
一人目は、20代ほどの痩せている男性。……目が怖いから一緒にいたくない。
二人目は、10代後半くらいの女性で、奴隷とは思えないほど姿勢が綺麗。
金髪で、表情は怖いけど綺麗な人。気が強そう。
……なんかちょっと落ち着かないし、元貴族の令嬢とかだったら仲良くなれる気がしないからこの人も嫌かな。
睨まれてる気がするし。
三人目は、30代前半くらいの男性で、かなりの体格を持っている。
いるだけで威圧感を感じるし、怖いから無理。
四人目は、10代前半くらいの女の子。痩せてて小柄。栗色の髪をボブカットにしてる。
特徴的なのは赤い目。……チェシャに少し似てる気がする。この子は近しいものを感じるし、ありかな。
五人目は、20代前半の女性。
この人も二人目の人と同じで落ち着かない。
六人目は、10代前半くらいの少年。
見える範囲で傷だらけで、この子にも睨まれてる。正直一緒にいたくない。
七人目は丁度僕と同じくらいの年齢で、第一印象は優しそう。髪は亜麻色の少しふわっとしたロングストレート。
表情は柔らかいし、この人も嫌な感じはしないな。……イメージする奴隷っぽくはないけど。
「決まった?」
セリナさんに聞かれる。
「えっと……あの子かあの人ですかね」
四人目と七人目を指さす。
僕の言葉を聞いて、セリナさんは微妙な表情を浮かべる。
奴隷商人の男性は、男の奴隷を退室させていた。
「うーん、あの人とあの子は何がダメ?」
そう言って、僕が選ばなかった女性二人を聞いてくる。
「合わなさそうなのと、落ち着けなさそうなので……」
「あー」
うん、決めた。
四人目の子にしよう。
「すみません、あの子について教えてください」
「こちらの少女はネア。身売り子ですね。両親はおらず、呪われていて喋ることが出来ません。一応条件に当てはまったので連れてきましたが、あまりお勧めはしません。」
……呪い。
逆にいいかもしれない。聖魔法で治せる可能性がある。
それに、練習にもなるし。
「この子にします」
「……分かったわ、ちょっと話してくるから少し待ってて」
そう言って、セリナさんは奴隷商人の男性と別室に行ってしまった。
(……気まずい)
セリナさんや奴隷商人の男性に向いていた視線が突き刺さってくる。
そこまで不快感はないけど、怖い。
他人に見られるのが、怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い。
「ちょっとエルくんっ! 大丈夫!?」
「……、え?」
いつの間にか、二人が戻ってきていた。
「顔真っ青だけど……何かあったの?」
心配そうな表情で、覗き込まれる。
「大丈夫、です。特に何かがあったわけでもないです」
「……。じゃあ、帰ろうか」
「え?」
「……本当に大丈夫?」
どうやら、僕が思考停止していた間に話がついていたらしい。
ネアを僕が買って、サラ……七人目の人と、アリナ……二人目の人を共有で所持することになったそうだ。
金銭的に二人以上はきついけど、流石にネアだけだと問題があると判断したみたい。
共有は、僕にも危害を加えられなくなるようにしただけで実質セリナさんが主人。
本当に、申し訳なくなる。
帰り道はほとんど意識がなかった。
いつの間にかセリナさんの家についてて、借りた部屋に寝ているルネの顔を見て安心する。
「エルくん、お風呂入っちゃって。上がったら呼んでね」
「いや……浄化で大丈夫です」
「気が滅入ってる時はちゃんと休まないと! ほら、いいからいいから」
そう言って、ネアと一緒に風呂に入れられる。
(……なんで?)
いや、確かに今の体は女の子だけど。
ネアを見ても、気にした様子は見られない。
(そりゃそうか)
僕が気にしなければ問題ない。
うん、多分大丈夫。
「セリナさん、あがりました。ありがとうございました」
お風呂で温まって、少し余裕ができた。
余裕ができたせいで、悩み事も増えたけど。
「うん。明日はエルくんの服とか買いに行こうか」
僕の服を見て、そんなことを言う。
「いや、流石に一人でも大丈夫ですよ。そこまで迷惑をかけるわけには……」
「迷惑だなんて思ってないよ?」
(本当に、優しいな……)
「……すみません。それと、台所借りていいですか? 夜ご飯まだだったので」
「え、エルくん料理出来るの!?」
「え? まぁ、はい。パーティーで野宿する時の担当でしたし」
スルクとレイヴは料理が壊滅的だったし、チェシャはできないことはないけどやらなかった。
必然的に、僕に仕事が回ってきたわけだ。
「じゃあ私たちの分もお願い。食材はあるから」
「わかりました。僕、ルネ、セリナさん、ネア、アリナさん、サラさんで六人前ですよね」
「うん」
「ごちそうさま、美味しかったぁ」
「お粗末さまです、片付けと食器洗いしますね」
ハンバーグとパン、サラダを乗っけていた皿を回収し、席を立つ。
ちなみに、僕はハンバーグにチーズは入れない派。あっても美味しいけどね。
「あぁ、それはいいよ。私がやっておくから。エルくんは早めに寝てね?」
(……確かに、早く寝た方がいいか)
「……それじゃあ、お言葉に甘えて」
「ん! おやすみ」
「おやすみなさい」
部屋を出て、ルネと一緒に荷物を置いた部屋に戻る。
部屋には、敷布団が三枚敷かれていた。
僕、ルネ、あとネアの分かな。
「ルネ、おやすみ」
「エルねぇも、おやすみなさい」
横になって、目を瞑る。
視界が闇に染まる。
(怖い)
人の目が。
人が。
自分を否定されるのが。
(僕は、なんなんだ?)
これだけセリナさんに迷惑かけて。
そもそも僕は本当にエルなの?
ただ記憶を持ってるだけの他人じゃないと言い切れるのか?
自分って何?
ぐるぐると、思考がまとまらない。
「えるねぇ」
「……どうしたの?」
もうほとんど寝ているのか、呂律が怪しい。
「えるねぇは、えるにぃだよ? だから、だいじょうぶ」
その言葉に驚いてルネの方を見ると、既に寝息をたてていた。
安心し切ったようなルネの表情を見て、癒される。
「…………そっか」
ルネが僕を僕と認めてくれるなら。
——僕は、僕でいよう。
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