第三節 森に舞い降りた
そんなこんなで儂らは、目標である街から少し離れた森林地帯に着陸した。
見渡すと様々な種類の草や木が縦横無尽に勢力を広げ、そこら中で個を主張している。誰かが手を加えた様子はなく、ここがヒトの生活圏でないことは明らかだった。
どうやらここは魔物の縄張りとなっているらしい。ヒトは下手に入ってこないようなので、これならば竜が降りて来たと騒がれることも無いだろう。儂らにとっては好都合だ。
「しかし、魔物の縄張りと言う割に、何も出てこないのじゃな」
街へ向かってしばらく歩いていたが、魔物らしきものは一向に姿を現さない。
草木を毟った痕跡やら、獣のような足跡はそこら中に残っているため、確実にいるということは分かる。だが、姿を現わそうとはしないのだ。
「魔物を見てみたいんですの?」
「別に望んでおるわけではない。何故遭遇せんのか疑問に思っただけじゃ」
魔物からすれば、儂らは縄張りに踏み入った侵略者だ。だというのに、威嚇すらされないのは逆に不気味だ。
「そんなの当然ですわ。わたくしたちが歩いているんですもの、魔物は隠れてしまうに決まっています」
「だから、どうして歩くだけで魔物が隠れるのかを聞いておるのじゃ」
「魔物は俺たちが竜……というか、何かとてつもない化け物であると感じ取っているのです。ですから、下手に接触しようとはしないのですよ」
つまり、魔物からすれば、儂らは台風のような抗いようのない自然現象だと思われているということか。
そうであれば確かに、巻き込まれないように逃げて行くのも納得できる。
「うん? というか、儂らはヒトの姿をしておるのに竜だと気付かれておるのか? それではヒトの街に入ってもすぐに気付かれてしまうのではないか……?」
着陸した時点でシチーリは『真化』を解き、元のヒトの姿に戻っている。見た目では(恐らく)ただのヒトと区別が付かないはずだ。
「その心配はございませんわ。魔物が特別、そういうのを察知するのが上手なだけですから、ヒトはわたくしたちを見て竜であるなんて思いもしませんの」
「そういうものなのか」
見ただけで竜だと気付かれてしまうようなら、そもそもヒトの振りをして街に入るという前提から破綻してしまう。そうなるとヒトに倣って金を稼ぐなど不可能だ。
どうやらその点に関しては問題なさそうだ。始める前から終わっている、という状態にはならなそうで安心した。
「うーむ、改めて考えると、ヒトの振りをせねば金は稼げんのじゃよなぁ……」
「何か不安がありまして?」
「もし竜であると知られてしまったら、大騒ぎになって金を稼ぐどころではなくなるじゃろう。そうならんように、竜であることは秘匿し続けなければならん。ヒトの前で『真化』など絶対にするではないぞ」
「ハハハ、それくらいは弁えていますよ」
「信用できんのう……」
正直、この二人に関しては儂よりも常識が欠けていると思う。
「『真化』しないにしても、身体能力の差で怪しまれてしまうことはあるかもしれませんわね。ヒトはわたくしたちに比べて、あまりにも弱く脆い生き物ですので」
「ううむ、その辺にも気を付けなければな」
特に儂は童女の姿をしているゆえ、ヒトの理から逸脱するようなことをした場合はすぐに怪しまれてしまうことだろう。
気を付けるとは言ったが、ヒトの童らしく演じるとはどうすれば良いものだろうか。どうにも上手く出来そうな気がしない。
……今のうちに何個か言い訳のようなものを考えておくとしよう。
「あ! 見て下さいまし、道が見えてきましたわ!」
そうこう考えながら森を歩いていると、魔物の縄張りを抜けたのか舗装された道が姿を現わした。この道を辿っていけば、街へと辿り着けそうだ。
儂らは森を出て、街道を歩き始めた。