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竜のお店はダンジョンに  作者: ぱぴえもん
第二章
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第二節 空の旅路

「おお……意外と快適なのじゃな」

 変身したシチーリの背に乗り、雪の舞い踊る銀世界を飛ぶ。

 視界は相変わらず真っ白なものの、パルイーフが張った魔法障壁によって雪や風は弾かれている。おかげで高速で飛行をしているとは思えないくらい快適な空間が保たれていた。

「うふふ、お気に召していただけたようで何よりですわ」

 すぐ後ろから上機嫌な声が聞こえる。

 儂が誤って落ちることの無いようにと、しっかりと抱き抱えられているのだが……これならば別に振り落とされるようなことも無いのではないだろうか。

「今はどのあたりを飛んでいるのじゃ?」

『まだ「禁断の地」の宙域ですね。ここを抜ければ眼下にヒトの領域が見えてくると思いますが』

「ううむ。今のところは上も下も真っ白で何も見えんわ。これでよく進めるものじゃな」

『まぁ、俺にとってはあまり問題無いですねぇ』

 背に乗りながらシチーリと言葉を交わす。

 声が頭の中に直接響くような感覚だが、儂一人に対して話しかけているというわけではなく、パルイーフにもちゃんと声が聞こえているらしい。不思議なものだ。

「なぁ、シチーリよ。竜は皆、こうして姿を変えられるものなのか?」

『もちろんです。竜にとってはヒトの姿よりも、こちらの方が真なる姿。ですから、こうして姿を変えることを「真化」と呼んでいるのですよ』

「ではその『真化』とやらは、儂にも出来るものなのか?」

『ええ、可能なはずですよ。ただ、サチュ様の場合は記憶喪失がどのように影響するかが分かりませんが』

「ふむ……」

 出来るかどうかとは聞いたものの、正直なところ姿を変えることにはさして興味はない。現にこうしてヒトの姿でいても、何も不便は生じていないからだ。まぁ、背丈が低いことは少々気になるが。

 それよりもシチーリが言っていたように、記憶を失っている状態では何が起きるか分からないというのが恐ろしい。もし竜へと姿を変えた状態で、見境なく暴れる獣と化してしまったりしたら大変なことになるだろう。

「サチュ様は『真化』をなさりたいんですの?」

「いいや、むしろ逆じゃ。何かのはずみで変身してしまうことの方が怖い」

『「真化」は自身の内側に意識を集中させて、封印されている「鍵を開く」ように強くイメージすることで行えるものです。逆に言えば寝ぼけてうっかり、なんてことは起こり得ないので、ご心配には及ばないかと』

「そうか、なら良いが」

 『鍵を開く』とな。

 すると竜にとっては、このヒトの姿というのは真なる姿を覆い隠す枷のようなものなのだろうか。

「あら、吹雪が弱まってきましたわね。ようやく『禁断の地』を抜けましたのかしら?」

「おお。これは──」

 いつの間にか視界を白く染める雪の勢いが止んだと思ったら、一際強い光がまた視界を覆った。これは太陽だ、太陽の光だ。

 吹雪の宙域を抜け、上には澄んだ青空が、下には緑豊かな大地が広がる。

「美しい大地じゃのう……」

 遥か上空より見渡す地上はどこまでも広く、美しく映った。

 それが何故かたまらなく、愛おしく思えた。この地を見た記憶も無いというのに、この懐かしさのような気持ちは何なのだろうか。

「あ、見つけましたわよ! あれが目的の街ですわ!」

 しばらく空を飛んでいると、パルイーフが興奮気味に地上の一点を指差した。

 そこには人の集落のようなものが見て取れた。他に点在する集落に比べて一際大きいことから、この辺りの中心地であることは間違いないだろう。

「なるほど。あれならば店も色々とありそうじゃな」

「ええ! たくさん見て学びましょう!」

 上機嫌に語るパルイーフにつられて儂も気分が上がってくる。

『このまま、あの街に降り立ってもよろしいのですか?』

「うん? 何か問題でもあるのか?」

 いざ街へ、と思ったところでシチーリが何か引っかかるような言い方をする。

『まぁ大した問題では無いのですがね。ヒトは竜のことを災害に近い化け物だと思っていますから、このまま近付いたら矢や砲撃で凄まじく迎撃されることが予測されるというだけです』

「大した問題じゃろうがそれは!」

 何を平然と言っておるんだ、この莫迦は!

 記憶がないとはいえ、よもやヒトがそこまで竜を恐れているものだとは知らなかった。

「大丈夫ですわ! シチーリでしたらどれだけ矢で刺されようとも死にはしませんから!」

『そうですよ。むしろ俺はたくさん迎撃してくれた方が気持ち良いです』

「そういう問題ではないわ、莫迦どもめ……」

 空から降下してきた竜があらゆる迎撃を受け止めながら着地したら、それはヒトにとってはさぞや絶望的な状況だろう。

 こちらの意図がどうであれ、そうなってはもう戦になるに違いない。

「儂らはヒトの街を侵略しに来たわけではない。勘違いされては店を見学することなど不可能になるじゃろうが」

『それなら、店は潰さないように気を付けて着地しましょう。まぁ、どれが店でどれが店では無いかとかは全く分からないのですけれど』

「お主、言われなかったら潰しながら着地する気だったのか?」

 こやつはもしや本当は侵略を仕掛けるつもりだったのかもしれない。

「シチーリが『真化』したまま降りるのがよろしくない、というわけですわよね?」

「まぁ、そういうことになるが」

「でしたら空中でシチーリが『真化』を解いて、わたくしたち三人ともヒトの姿で落下すればよろしいのではないでしょうか?」

『良いですね。それで行きましょう』

「何も良くないわ! 空から竜が舞い降りて来るより、ヒトが突然降って来る方がおかしいじゃろうが!」

 どうにもこやつらには常識と言うものが欠けているらしい。

 記憶喪失の儂の方がまともな始末だ。これが協力者なのだと考えると、なんだか頭が痛くなってくる。

「とにかく、街に直接降りるのは無しじゃ。少し離れたところに降りて、そこから徒歩で向かうのが良かろう」

「離れてさえいれば何処でもよろしいんですの?」

「何処でもってわけにはいかんじゃろ……。そうじゃな、あの辺りの森なら、ヒトもあまり居ないじゃろう。あそこに降りよ」

『承知しました』

 街からそれなりに離れたところにある、森林地帯を指してそう言う。

 あそこの奥地に降りれば、流石に迎撃もされないだろうし、ヒトを巻き込むことも無いはずだ。


 それにしても、竜とヒトとの間にそれほど大きな溝があるとは思わなかった。

 シチーリの口ぶりでは迎撃されたところで痛くも痒くも無さそうであるし、竜とヒトの力の差と言うのは思った以上に圧倒的だと言うことだろう。

 そうなると竜の姿を晒してしまったら、最早ヒトとの交渉など成り立つとは考えられない。そんな超常の力を持つ者に対して、恐怖以外の感情など抱けないはずだからだ。

 ……儂は決して『真化』はしないようにしようと、心に強く誓った。

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