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竜のお店はダンジョンに  作者: ぱぴえもん
第二章
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第一節 竜の真価

「今更じゃが、お主らは借金取りのくせに儂に協力するというのか?」

 ひとまずヒトの街に訪れてみて、店というものを見学してみるという目標を立てた儂らは、外に出るべく屋敷の中を歩いていた。

 だがその行動指針を提案したのはパルイーフだ。さも当然のように儂に協力する流れになっているが、こやつらは借金取りであり、儂を手伝う義理などないだろう。

「わたくしたちはサチュ様のお手伝いをするようにも命じられておりますの。サチュ様がお金を稼ぐためでしたら、何だって協力いたしますわ!」

「借金取り兼、手伝いと監視役みたいな感じですかね。そういうわけですので、俺たちのことは部下のつもりで使って下さい」

「随分と斬新な兼役じゃのう」

 話を聞くと、竜の社会には『借金』という文化はないらしい。というかそもそも金、『通貨』という概念もないそうだ。

 つまりこの二人は竜の社会では初めてとなる借金取りというわけだ。金の稼ぎ方を学ぶところから始めようなど、あまり借金取りらしくないのも頷ける。

 ただ、ではなぜ儂が文化にない借金をしたのかだとか、そういうのは分からないそうだ。肝心な所が分からないので何となく気持ちが悪い。

「しかし、随分と広い屋敷じゃのう」

 談話室らしき部屋を出てそこそこ歩いたような気はするが、未だ玄関には辿り着かない。

 というよりも何だか階段を上ったり下りたりと変な進み方をしている。本当にこれで正しいのか?

 ところどころにある窓には何も映っておらず、外の様子は伺い知れない。なんとも不気味な館だ。

「こちらはサチュ様の住処だったそうですけれど、覚えていらっしゃいませんの?」

「そうなのか? 全く見覚えが無いのう……」

 どうやらこの古さびた屋敷は、もともと儂が居住していたらしい。だが、どこを見渡しても記憶に響くようなものはない。何を見ても懐かしさというものを感じないので、ここに暮らしていたと言われても全く実感が湧かない。

「そうだ、儂の住処ならば何か金になりそうなものを持って行っても良いのではないか?」

 ここが他人の家なら、家主の許可なく勝手に物色するような行為は泥棒のやることだ。

 だが、記憶は無くともここは儂の家らしい。ならば金目のものを漁って持って行っても誰にも迷惑は掛からないだろう。

 もしかしたら物凄い値打ち物があって、一気に借金返済が叶うかもしれない。そうなったら記憶も戻ってくるし、こやつら借金取りどもともおさらばだ。

「あー、サチュ様が眠っていらっしゃる間に屋敷中を物色してみましたが、ろくなものはありませんでしたねぇ」

「家主の許可なく物色するでないわ」

 恥知らずな泥棒野郎が目の前にいた。

「あ、着きましたわよ! こちらからお外に出られますわ!」

 そうこう話をしていると、いつの間にか広々とした玄関に辿り着いていた。

 パルイーフが大きな扉を押し開ける。すると、そこには──



 ☆



 『禁断の地』──。

 雲をも貫く険しい山々に囲まれた、この土地に付けられた名だそうだ。雪や氷の精霊たちの手によって、常に吹雪が吹き荒れ続ける極寒の台地となっている。

 ただのヒトが踏み入れば、ものの数刻で心の臓まで凍てつくであろう環境のため『禁断の地』などと仰々しい名が付いているのも納得だ。

「いやー、実に良い天気ですねぇ」

 吹雪によって真っ白に染まった視界に対し、シチーリがそんなことを言う。

「どこがじゃ。一寸先も見えぬではないか」

「それが良いのではないですか。遭難し放題ですよ」

「お主の『良い天気』の基準、気持ち悪いな……」

 シチーリは相変わらずくすくすと笑っているが、本気なのか冗談なのか分からない。痛めつけられるのが趣味だなどと言っていたが、どうにも底が知れない不気味な男だ。

「はぁ、しかし、なんだ。儂は本当に、ヒトならざる化け物のようじゃな……」

 こうして尋常ではない猛吹雪に晒されているというのに、特に寒いとも冷たいとも感じない。感覚が腐っているというわけでなければ、身体が凄まじく頑丈だということに他ならないだろう。

 竜の王だなどと言われても信じる気にはなれなかったが、こうしてみると自分がただのヒトではないことを嫌でも実感する。

「おかしなことを仰いますねぇ。ヒトであった記憶があるわけでもないのに、自身がヒトで無いことを嘆いているのですか?」

「む……。そう言われれば、そうなのじゃが……」

 儂は己が竜であるなど信じられないと考えていた。では、何故に儂は己がヒトであると思い込んでいたのだろうか?

 そもそも、こうして思考している頭はどうなっているのだろうか。過去の記憶は何一つ思い出せないというのに普通に会話が成り立っているのは、様々な常識が失われずに残っているということだ。それに、『常識』とは言ったがこれは竜の常識なのか、ヒトの常識なのか──

「サチュ様、どうかなさいましたの? 忘れ物でもしまして?」

 考え込んでいると、パルイーフがこちらの顔を覗き込むように近付いていた。

「ああ、いや。大丈夫じゃ」

 きっとこれは、記憶喪失の儂が考え続けたところで答えの出ない問題だ。

 考えないようにする……のは難しいが、今は眼前の状況に集中すべきだろう。

「で、街に向かうとは言ったが、どこか当てはあるのか?」

「もちろんですわ! ここに来る途中に、大きな街を見かけたんですの。そちらに向かいましょう」

「大きな街? こんなところにか?」

 改めて前方を見やるが、相変わらず止むことの無い吹雪で視界は真っ白。とてもヒトが暮らせるような環境には思えない。

「ハハハ、この『禁断の地』にヒトが住んでいる場所などありはしませんよ」

「ここに来る途中に見かけたと、そう言ったじゃろうて」

「見かけたのは間違いではありませんよ。空から、ですが」

「空……?」

 そう言うとシチーリは、全身に吹雪を浴びながら前へと進んでいく。

「徒歩で向かうのも遭難できて楽しそうではありますが……。ここは馬よりも速い、この世で最速の生物に乗って向かうとしましょう」

 段々とシチーリの姿が遠のき、やがては見えなくなってしまう。

 何をするのか分からなかったが、とりあえず止めようと追いかけたその時、


 ──グルァアアアアッ!


 眩い光が放たれると同時に、大地を揺るがすような低い咆哮が響いた。

「い、一体何なのじゃ!?」

 驚いていると、シチーリが消えた先から何か大きな黒い塊が近付いてきた。

 それは鱗だった。まるで竜の……いや、これが竜の鱗なのだろう。

 ずんずんと大地を鳴らしながら、漆黒の鱗を纏った竜が近付いて来る。

『どうです? 俺たちが本当に竜であると、納得していただけましたか?』

 黒き鱗の竜が首を伸ばし、儂に顔を近づけてそう言った。

 竜は唸るような低い声しか発していないのだが、頭の中でちゃんとした言葉になって聞こえた。頭の中に直接声が響くような、不思議な感覚だ。

「お主、シチーリ……なのか?」

『ええ。毒竜のシチーリにございます』

 姿を変えたシチーリは、不敵に笑ったような気がした。竜の表情が分かりづらいのは、ヒトの眼で見ているからだろうか。

「この背に乗っていけば麓までひとっ飛びでしてよ! さぁ、レッツゴーですわ!」

 目の前に現れた竜の姿をぼうっと見つめていたら、パルイーフに手を引かれていた。

 ぐいぐいと引っ張られて背の方へ回ると、これまた大きな翼が見えた。空を飛んで来たと言うのも嘘ではないのだろう。

「ううむ、竜の背に乗るなど、初めてのような気がするのう……」

 いざ乗ろうとしたところでちょっとした不安を覚える。

「乗っている最中に振り落とされてしまうかもしれん」

 ましてや今はこんな童女の身体だ。上手く身体を制御出来ずに、背から放り投げ出されてしまうかもしれない。

「大丈夫ですわ、サチュ様!」

 そんな儂の不安を察してか、パルイーフはぎゅっと儂の両手を握りしめながら言った。

「サチュ様がもし振り落とされても、わたくしがすぐに飛び降りて空中でキャッチしてみせますので!」

「そこは振り落とされる前にどうにかしてほしいのじゃが……」

 乗る前の不安は更に大きくなった。

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