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竜のお店はダンジョンに  作者: ぱぴえもん
第一章(プロローグ)
3/40

第三節 お店を開きましょう

「着きました、こちらのお部屋ですわ!」

 パルイーフが儂を連れて長い廊下を走り切ると、どこかの扉の前にまで来ていた。

 どうやらここは館か何かのようだが、随分と年季が入って寂れている。そのせいなのか、はたまた元からなのか、眺めていても特に何か思い出すようなことも無かった。

 見覚えが無いのは逆さまに引き摺られながら見たせいかもしれないが。

「シチーリ! 氷竜王様がお目覚めになられましたわよ!」

 勢いよく扉を開けて中へ入っていくパルイーフ。

 どうやら共に来たという連れをこの部屋に待たせているようだ。そやつが何者かは知らないが、この妄想女よりはまともに話が通じるやつであってほしい。

 続いて儂も部屋に入り様子を見渡すと、先程目覚めた部屋とは間取りが違うこと気付く。と言うより、部屋の用途が異なるのだろう。大きな机と椅子が綺麗に並べられたここは、個人の部屋と言うよりも応接室や談話室と言った感じの部屋なのだと思う。

「おお、無事に目が覚めたのですか。それは良かったですねぇ」

 部屋の中を見ていると、上の方からどことなく軽薄そうな男の声がした。

 声のする方に視線を向けると、思わぬ光景にぎょっと目を見開く。天井に吊られた照明の下に、

「へ、変態じゃぁ……」

 縄に縛られ、逆さ吊りになった男がいたのだ。



 ☆



「お初にお目に掛かります、氷竜王サチュ様。俺は毒竜のシチーリと申します。今後ともよろしく」

 逆さ吊り男はその状態のまま、平然と自己紹介を始めた。

「待て待て、何でそうなっておるのじゃ。説明をせんか」

 こやつがこうなっているのは、もしかしたら何か止むを得ない事情があるのかもしれない。そうでなければただの変態だ。

「シチーリは縛られて痛めつけられるのが趣味なんですの」

「そうなのです。サチュ様が目覚めるまで暇だったので、パルイーフに縛って吊るしてもらっていたのですよ」

 まごうことのない変態だった。

「なんか儂、もう帰りたくなってきたぞ……」

 記憶が無いので何処に帰ればいいのかも分からないが、これ以上こんな変態どもと同じ空間に居たくない。

「大変ですわ、シチーリ! サチュ様が呆れていらっしゃいます!」

「おお、これは失礼をしました。俺だけ宙に浮いたままだと会話がしにくいですよね」

「宙に浮いてなくともお主のような変態とは言葉を交わしたくないがな……」

 パルイーフが縄を切って降ろすと、シチーリと名乗った男は何事も無かったかのように身だしなみを整える。

 その背は高く、執事のような黒い燕尾服を身に纏っている。落ち着いた佇まいからは相手を安心させるような雰囲気を漂わせているが、顔を見ると細めているのか閉じているのかよく分からない目のせいで少々不気味に感じる。

 パルイーフと並ぶと、黙っていれば気品のある令嬢と執事のような組み合わせに見える。黙っていれば、の話だが。

「それで、サチュ様。パルイーフの説明が理解できなかったそうですが、具体的には何が分からなかったのですか?」

 それぞれ適当な椅子に座って話を始める。

 正直なところ会話する気になどなれないが、他に自分の記憶を確かめる手段も無いので仕方が無い。

「何がと言われても、全部納得できんわ。儂が竜の王で、自分から記憶を失って、そのせいで借金をしているなどと聞かされても現実味が無い。夢か嘘だとしか思えん」

「わたくし、嘘なんてついておりませんのにー!」

 隣の席でパルイーフがぷりぷりと怒っているが、無視する。

「まぁ、そうですねぇ。我が主も、きっとサチュ様は納得しないだろうと仰っておりましたので」

「その『主様』とやらも疑わしいものじゃ。大体、儂が借金をしていると言うのならその証拠を出さんか。契約書とかがあるじゃろう」

 多分、それを見たところで納得がいくわけでもないが。

「契約書? ハハハ、面白いことを仰いますね」

「何じゃと?」

 シチーリが不気味にくすくすと笑う。

「我々、竜族は果て無き時を生きる種族です。いずれは朽ちるような紙切れで契約を結ぶことなどしないのですよ」

「それでは何も証拠を残しておらんというのか?」

「主様はきちんと覚えていらっしゃるそうですから、大丈夫ですわ!」

「儂の方が覚えていないのが問題じゃと言っておるのじゃが……」

 言葉の意味が理解できないのか、パルイーフはきょとんとした顔で首を傾げる。

 双方が覚えているかどうかだけの関係で、借金など成り立つはずが無い。記憶に無いなどと嘘を吐かれて踏み倒されたらどうするつもりだ? いや、決して儂が踏み倒そうとしているわけではないが。

 儂はそれが本当に自分の借金なのだと納得が出来たら支払う気はある。払えるかどうかはまた別の話になってしまうが。

「その辺りのことを思い出したいのならやはり、我が主に借金を返済して記憶を取り戻していただくしかありませんねぇ」

「おいおい、話が元に戻ってしまったではないか。これでは全然納得などいかんぞ」

 はぁ、とため息を吐く。

 『主様』とやらに直接会って話を聞けば納得できるかもしれないが、それは無理なのだという。これではどうしようもない。

「納得していただけないのならそれでも結構です。ただ、サチュ様には他に選択肢は無いと思いますが」

「……どういう意味じゃ?」

「借金を返していただけないのであれば、俺たちはずっとサチュ様に付き纏うよう命じられております。仮に俺たちが退けられても、第二第三の借金取りに追われるだけということですよ」

「よく分からんまま借金取りに絡まれ続けるのは嫌じゃなぁ……」

 今、儂が取れる選択は大きく分けて二つ。借金を返済して記憶を取り戻すか、記憶を失ったまま逃げ回るかだ。

 しかし、こやつらの話が本当だと仮定するならば、『主様』とやらに記憶を奪われている以上、逃げ回ったところで突然記憶が戻ったりすることはないだろう。それどころか、後になってからやっぱり返済するなどと言っても、『主様』の機嫌を損ねたせいで応じてもらえなくなるなどという危険も考えられる。

 いっそのこと記憶を取り戻すのは諦めて、新たな人生を謳歌する……なんていうのも無理だろう。一生借金取りに付き纏われていては新たな人生も何もありはしない。

「はぁ~~~っ……」

 一際大きなため息を吐く。

 厄介極まりない禍根を残した、記憶を失う以前の自分に対しての恨みを籠めた吐息だ。

「……仕方がない。全く納得は出来んが、自分の置かれた状況は理解した」

「それは何よりです。ありがとうございます、サチュ様」

 シチーリが相変わらず不気味な笑顔を浮かべながら、礼儀正しく頭を下げる。その所作は美しいが、どうにも何も感情が籠っていないような気がして薄ら寒い気持ちになる。

「? ええと、借金を返済していただけるということで、よろしいんですの?」

「それ以外に何の意味があるのじゃ」

「まぁ、そうでしたの! ありがとうございます、サチュ様!」

 そう言ってパルイーフも遅れて頭を下げる。どうやらこやつは言葉の意味を理解するのが苦手らしい。

「しかし、記憶が無いのだから儂に財産があるのかどうかも覚えておらんぞ。どうやって取り立てるつもりじゃ?」

 まぁ借金をするくらいだから、財産などは残っていないのだろう。無いところからどうやって回収するつもりだろうか。

「財産が無いのであれば、作るしかありませんわ。お金を稼いで返済するのです!」

「稼げと言われてもじゃな」

「お店を開きましょう! ヒトは皆そうしてお金を稼いでいると聞きましたわ!」

 店と言うと、商品として物を提供する代わりに対価として金を受け取るという文化だ。

 皆がそうだとは思わないが、金を稼ぐ手段としてはありふれた手段に違いないだろう。

「店、ねぇ……。悪くは無いと思うが、どうやって店を開くのか、お主らは知っておるのか?」

 儂に至ってはそもそも店がどういうものなのか、ぼやっとしか浮かんでいない。

 従って、そんなものをどうやって作るのかなど見当もつかない。

「いえ、俺は全く。店など見た覚えがありません」

「わたくしは絵本で読んだことがありますわ! バッチリでしてよ!」

「絵本て……」

 それでよく自信満々に提案したものだ。

「知らないのであれば調べれば良いのですわ! 実際にヒトの街でお店を見てみて、それを参考に作ってみましょう!」

 椅子から立ち上がり、拳を天に突き上げる姿勢を取るパルイーフ。決意表明か何かだろうか。

「儂はまだ店をやるなどとは言っておらんのじゃが……」

「まぁ、何にせよヒトの街を観察するのは必要かと思いますよ。金の稼ぎ方はヒトしか知らないのですから」

「うーむ。それは確かにそうじゃがのう……」

「さぁさぁ、参りましょう! 善は急げ、ですわ!」

 そう言うとパルイーフは上機嫌に跳ねるように歩きながら、部屋を出て行った。シチーリもその後に続く。

「はぁ……。一体これからどうなることやら……」

 こうして奇妙な借金取り二人を連れた、儂の借金返済物語が始まった。

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