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竜のお店はダンジョンに  作者: ぱぴえもん
第五章
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第三節 初めての来客

「よし、こんなものじゃろう」

 パルイーフと共に店作りを始めてからおよそ二、三日が経過した。ずっと地下にいるので正確な時間は分からないが、寝て起きた回数から考えると大体それくらいだろう。

 せっせと作り続けたおかげで、殺風景だった空間が少しは店らしくなったのではないだろうか。ヒトの一般的な店を見たことが無いので正解は知らないが。

「良いですわ! 素晴らしいですわ! シチーリもそう思いますでしょう?」

「いやー、俺にはよく分かりませんねぇ」

「んもう! 芸術センスが無い方はこれだから困りますわ~!」

「おお、センスが無いなどという罵倒は初めて受けました。もっと言って下さい」

 探索に出ていたシチーリも、鞄にたくさんのお宝を詰め込んで戻って来ていた。

「随分と見つけて来たのだな」

「以前に通った場所にも宝箱がまた置いてあったりしましてね。拾い集めるのもさほど苦労はしませんでしたよ」

「宝箱が復活したんですの? 不思議ですわねぇ」

「まぁ、特に不都合はないのじゃし、有難く貰っておくとするかの」

 家主であるトゥマーンに聞いてみれば理由は分かるかもしれないが、そのためにわざわざまた最深部まで潜る必要もあるまい。

「それで、客はもう来たのですか?」

「まだ誰も来ていませんわ! もう準備は万端ですのに、おかしいですわね?」

「そりゃあ誰にも言っておらんのじゃから来るはずがあるまい」

「でしたら皆さんに教えてあげませんと! ……きゃっ!」

 店の外へと駆け出そうとしたパルイーフが何者かにぶつかった。

「なーんか聞き覚えがある声がすると思ったら、またお嬢ちゃんたちか」

「む」

 いつの間にかこちらに近付いて来ていたのは、見覚えのある無精ひげの男。

 旅慣れたような恰好の、どこか飄々としたその姿。以前、儂らが土人形(クレイゴーレム)を破壊したときに仲裁を買って出た冒険者、ジャックだ。

「やぁ。まさか、こんなに早く再会するとは思わなかったな」

「儂も同感じゃ。その節は世話になったな、ジャックよ」

「あら、覚えていてくれたのね。そりゃ嬉しいな」

 そう言って顎のひげをさすりながら、辺りを見渡す。珍しいものでも見るかのように、店の中を見回しているようだ。

「これ、お嬢ちゃんたちがやったの?」

「ええ! サチュ様とわたくしの、努力の成果ですわ!」

「ふーん、なるほどねぇ」

 ジャックはうんうんと一人頷き、内装の見学を続けている。

「お主はどうしてここに来たのじゃ?」

「いやさ、知り合いの冒険者から『十二層で何か怪しいことをやっている女子供がいる』って話を聞いてね。それで、もしかしたら……なんて思って覗いてみたら、お嬢ちゃんたちがいたわけ」

「そういえば何度か誰かに見られたような気がしたのう。あれは気のせいでは無かったのか」

 店作りの最中に、外からこちらをうかがうような視線を感じたことはあった。しかし、特に入って来るわけでもなかったので気に留めていなかったのだ。

 確かに、客観的に考えると少し異様な光景だったか。警戒されるのも無理はないかもしれん。

「それで、こんな改装して何をやっているわけ?」

「うむ。実はじゃな……」

 儂はジャックに対し、これまでの経緯を(竜に関することなどはぼかしつつ)説明することにした。



 ☆



「はぁー! まさかダンジョンの中に店を作るとはね。驚きだよ、うん」

 腕組みをしながらうんうんと頷くジャック。

「やはり珍しいことなのか?」

「思い付いたやつは今までもいただろうけど、実際に店を開いたってやつは見たこと無いなぁ。ダンジョンで生活していくってのは大変なことだからね」

 トゥマーンから聞いた通り、ジャックもダンジョンの中で店を開いたという例は知らないらしい。

「それじゃあ冒険者は、探索の途中で物が足りなくなったらどうするんですの?」

「我慢するか、手に入れたもので工面するか、諦めて引き返すかだね。冒険者同士で売り買いとか交換をしたりすることも稀にあるけど、前にも言ったように接触はトラブルのもとだからね。基本は断られちゃうよ」

「アポロさんもそんなこと言っていましたわね。誰も食べ物を売ってくれる人がいなかった、って。同じ冒険者なのですから、もっと協力し合えばよろしいですのに」

「うーん、そうは言っても求められる側だって余裕があるわけじゃないからね。そこは仕方の無いことなのさ」

 ジャックが困ったように苦笑いをする。パルイーフの言うことに賛同はしたいが、現実としてそれは厳しいというわけだろう。

「それでは冒険者というものは、ダンジョンの中の店になどあっても立ち寄らないのではないでしょうか? 随分と関わり合うことを嫌っているようですし」

 まるでヒトを見下すように、莫迦にするようにシチーリが嘲笑する。

 ダンジョン内での売り買いがいざこざの原因になると言うのなら、そもそも店など成り立たないと言いたいのだろう。

「それじゃあせっかくお店を作りましたのに、お客さんは来ないってことですの?」

「ここまでの苦労が全て徒労に変わってしまうとは。なんとも得難く心地の良い気分なのでしょう。興奮しますね」

「んもう! なんにも良くありませんわ~!」

 ダンジョンに店を開くというのは、需要があるはずだと考えて決めたことだった。しかし、もしかしたら儂は冒険者というものを根本的に見誤っていたのかもしれない。

 前例が無いのはダンジョン内という環境の問題だと思っていたが、冒険者が売買……人との接触そのものを避けてしまうというのなら、シチーリの言う通り店など成り立たない。

「のう、ジャックよ。お主はどう思う?」

「僕は悪くないと思っているよ」

「ほう?」

 少々不安を覚えて意見を求めたところ、きっぱりとそう言い放たれた。

「ダンジョンの途中で物資の補給が出来て、お宝を選んで買うことも出来るんだ。こんなに便利なことはないと思うけどね」

「売り買いなどの交渉は避けるものだと言っておったが」

「冒険者は他者との交流や交渉が嫌いなんじゃなくて、それによってトラブルが起こって疲れるのを嫌っているのさ。その点、店ならそんなトラブルは起こらないだろうからね」

「そうなのか?」

「店が決めた値段に対して、安いと思うなら買えば良いし、高いと思うなら買わなければ良い。それだけだ。何も疲れるようなことは起こらない」

「なるほどのう……」

 なんとなく、冒険者というものについての理解が深まったような気がする。

 いわゆる『時間の無駄』を避けようとするのは、時間にも体力にも限りがあるからだ。徒労によって本来の目的であるダンジョン攻略が達成出来なくなったら元も子もないだろう。

 それに対し『冷たい』などと評するのは、竜ゆえの、強者ゆえの傲慢だ。

 ……店をやっていくのなら、ヒトの考え方も理解できるようにならねばな。

「それで、気になったんだけど……これは名札かな?」

 商品の前に飾るように置いていた値札を手に取り、ジャックがそう言った。

「それは値札ですわ!」

「値段が書かれていないけど?」

「相場が分からんので、最初に買った客の言い値を残しておくつもりじゃ。以降は似たようなものはその値段で売るというわけじゃの」

 前例に対して質が良さそうなら値段を上げ、悪そうなら値段を下げる。そうしていけばいずれは物の価値というものも何となく分かってくるようになるだろう。

 儂が考えた手法だが、我ながら悪くないと思う。

「悪くは無い考え方だけど、少し甘いかな」

「甘い?」

「世の中そんな良い人ばっかりじゃないからさ、ちゃんと価値に見合った値段を提示しない人も現れるかもしれない。そうなったら損しちゃうよ」

「まぁ、その時は仕方あるまい。元々拾ったものじゃし、損というわけでもなかろう」

「いやいや、それはダメだね。お嬢ちゃんは気にしなくとも、ちゃんとしている奴が損をすることになってしまうんだ。しっかり価値に見合った値段を払っている奴が、それを見たら馬鹿らしくなってしまうからね」

「む……確かにそれは良くないな」

「だろう?」

 急いで稼ぐ必要もないし、金儲けにはそこまで執着していなかった。

 だが、儂のその態度が良識ある者を堕落させる一助になってしまうのは良くない。

「しかし、どうするのです? 俺たちは正しい価値など知りませんし、値段の付けようなんてありませんよ」

「それもそうなんじゃよな……」

 街に入れない状態で相場を知る良い方法だと思い付いたのだが、そうも万能ではないらしい。

 また行き詰ってしまい頭を悩ませていると、

「もし良ければ僕が値段を付けようか? 結構街には行くから、鑑定眼には自信があるのさ」

 にっこりと微笑んでジャックが助け舟を出してきた。

「それは素晴らしいですわ! お願いした方が良いと思います、サチュ様!」

「こちらとしては願っても無い話じゃが、良いのか?」

「もちろん。むしろ、こういうのは結構得意なのさ。戦闘なんかよりもずっとね」

 手近な商品である短剣を手に取って、まじまじと観察を始める。

 大きな鞄を背負っているあたり、この男も宝探しが目的なのだろう。それに、儂らよりもずっと手際の良いことから、旅慣れているのがよく分かる。

「ここが地下であることも考えると……大体このくらいの値段かな」

 ナントカ銀貨が十枚分。それがこの短剣の価値らしい。

 ……今はまだ、それが高いのか安いのかはよく分からないが。

「これが本当だとは証明できないけど、嘘はついていないと信じてほしいな。君ら相手に嘘なんかついて、逆襲されたらどうなるかなんて考えたくもないからね」

「ああ、いや。疑っていたわけではないのじゃが」

 価値と言うものを考えながらまじまじと眺めていたら、そんなことを言われる。どうやら怪しんで疑っているのだと思われたようだ。

 この男が騙そうとしているようには見えない。それにもし騙されたとて、逆襲する気もない。

「それじゃ、次々にやっていくとしようかな」

「うむ、頼んだ」



 ☆



「……ふぅ。こんなものかな」

「お主にはまた世話になってしまったのう」

「いいっていいって。前にも言ったけど、僕はお節介焼きなだけなのさ」

 あれからジャックは商品一つ一つを鑑定しては値段を付けてくれていた。

 大きな鞄三つ分くらいは集めたというのに、嫌な顔一つせずに鑑定をしてくれたのだ。

「ここまでしてもらって礼を返さぬわけにもいくまい。拾ったものしかないが、何か欲しいものがあれば持って行ってくれ」

「んー、本当、お節介を焼きたかっただけだから気にしなくて良いんだけどね。前にも言ったけど、僕が困っていたら助けてくれるってくらいでいいんだ」

「しかしのう……」

 以前もそう言って、土人形(クレイゴーレム)のコアを儂らの代わりに譲ったのだ。

 こうも与えられてばかりだと申し訳ない気持ちになる。

「商品は商品として、ちゃんとお金を払って買うよ。お礼だって言うなら、ちょっとその値段より安くしてくれたらそれで充分さ」

「そんなことで良いのか?」

「お嬢ちゃんの店が儲かって品揃えが充実したら、僕ら冒険者もダンジョン攻略が楽になって助かるからね。先行投資ってやつさ」

 そう言って商品にしていた矢束を取り、対価として銅貨を五枚差し出す。

 それにジャック自身が付けた値段は銅貨六枚なのだが……なるほど。これが『値引き』というやつか。

「まいどあり、ですわ~!」

 パルイーフの元気の良い声が店の中で反響する。今のが買い物を終えた客に対する挨拶というものらしい。

「そうだ、他の冒険者にもここに店が出来たことを教えておくよ」

「それは助かるのう」

 儂らから話をするより、ジャックから話をしてもらった方が冒険者たちの警戒心を解きやすいだろう。

 何から何まで世話になりっぱなしで、値引き程度ではやはり恩返しになっていないように思えてしまう。

「あ、そういえば」

 支度を終えて、店の外に出たジャックがこちらに振り返って言う。

「なんじゃ?」

「この店の名前って決まってないのかい?」

「店にも名前が必要なのか?」

「普通はあるものだね」

 店の名前。うーむ、考えたこともなかった。

 パルイーフたちの方を見やるが、二人とも首を横に振っている。決定は儂に委ねるということだろう。しかし、すぐに思いつくようなものでもない。

「……店の名前は未定じゃ。そのうち決めておく」

「オーケー。それじゃ、そういうことで」

 適当に決めても良いのだが、そう焦ることもないだろう。

 今しばらくは頭の片隅の方で考えておくとしよう。

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