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4話 花嫁の少女

 やけに頭がスッキリしてたが、体は元に戻る様子はない。

 なるほど……記憶操作と姿形の変異は別の現象ということか……と顎に手をあてて考えていると、トンっと軽い衝撃と共に顔に柔らかなものが触れる。

 それがタンペットの胸だとわかるまでに数秒かかった。

 リスのぬいぐるみの姿から、いつもの見慣れた姿になったタンペットに抱きしめられると、小さくなった俺の頭はちょうど彼女の大きすぎず小さすぎない胸部の位置に来てしまう。不可抗力だ……と言い訳をしようとして、顔を見上げると、彼女が珍しく今にも泣きそうな顔で俺の頬を両手で挟んで見つめてきた。


「よかった……」


 どうしてこうなったのかはわからないが、俺のことを助けるために未知の空間にタンペットが足を踏み入れたことにも、彼女が感情をここまで露わにすることにも同様てしまった俺はつい思ってることをそのまま口にする。


「……タンペットどうしてこんな危険な目に遭ってまで俺を助けに来た?

 お前が死んだら家の少女たちが露頭に迷うだろう?

 俺なんかを放って置いてもお前の地位にも名誉にも生活にも影響はないと思っていたが……」


 つい、口にした言葉を耳にした彼女の深い森のような色の瞳が俺を捉え、瞳に浮かんでいる涙が揺れる。

 少しの間見つめ合っていると、俺から手を離してグイと目元を拭った彼女の瞳は、いつもの力強く落ち着いた光を宿した瞳に戻った。

 

「……かつて妾は、アビスモ……貴方を友人以上には見れないと言ったな?それは撤回しなければならない」


 静かな声で話し始めたタンペットの声に耳を傾ける。


「男性の体の貴方には、恋をしたときのような胸のときめきや、交わりたい・愛でたい……そう思ったことはないし、これからもないと思う」


 胸が痛む。でもこんなことは最初に彼女の尽くすと決めた時に覚悟していたことだろうと自分に言い聞かせ、真っ直ぐ俺を見ながら懸命に言葉を紡いでくれる彼女を見つめる。


「でも、貴方はいつの間にかとても大切な存在になっていて、この気持ちは友人として以上のものだって気が付いた。だから、助けに来た。

 いや、今のこの成長過程である独特の肢体の比率、草原の如きなだらかな胸部、そして陶器のように美しい青みがかった美しい肌……どんな芸術品もアビスモたんには叶わないくらい魅力的でずっとこのままでいてほしいという気持ちがないといえば嘘になる。それでも……妾は元の姿の貴方が、妾と少女たちと家にいる姿が思った以上に好きみたいなんだ」


 たどたどしくそういった(後半の一部はめちゃくちゃ流暢だった上にちょっと早口だったけど)あと、タンペットは首を傾げながら照れくさそうに笑った。

 どうして好きになってしまったんだろうこんなに面倒でこんなに意固地で、こんなに美しい言葉を紡ぐ女を。


「アビスモ……貴方を家族のようなものだと思っている。

 妾の一族かぞく常春の国(ティル・ナ・ノーグ)へと旅立って久しいが、それと同じくらい……いや、それ以上に大切で、貴方がいないと毎日に色も音もなくてつまらないのだ。

 私の幸せのために世界に顕現するというのなら、これからも貴方が私と少女(わたし)たちといてくれないと困るのだ」


「タンペット……」


 彼女のバラ色の頬に宝石のように涙がポロポロと伝うのを指で拭って、しゃがんでくれた彼女と額と額をくっつける。

 恋は叶わなかった。これからも叶うことはないけれど、それでもいい気がした。


「さて、友人二人の感動の再会を見るのも僕としては興味深いのだけれど、そろそろやってくるみたいだよ。この騒ぎの元凶が」


 ルリジオの視線の先を見ると、空中にヒビが入っている。

 俺達がいたはずのゴシックな少女趣味の部屋はいつのまにかどこかの石造りの神殿の広間のようになっていて、空中に浮かび上がった赤黒い光りに包まれたヒビが広がると不気味に揺れた。


「やあやあやあ、君たち人の花嫁を勝手に連れ出そうとしたら困るよ」


 ああ……生キャラメルみたいな甘い髪の色と声の男……聞き覚えがある。

 こいつが犯人か……とヒビから出てきた男を俺は睨みつけた。

 っていうか、花嫁ってなんだ。気持ち悪い。どういうことだ。


「さあアビー、過去のことは忘れて私の妻になるんだ。

 君のために作った君にとっての平穏な世界で私と一緒にずっと暮らそう」


 真っ白な一枚布を右肩を出して体に巻き付け、金の装飾に彩られた革のベルトを腰に巻いている神話に出てくるような出で立ちの、やけに逞しい体格の甘い顔の男は、ヘドが出そうなことをスラスラと微笑みながら言ってくる。

 俺が睨んでいるのも意に介さずと言った感じで、その男は更に言葉を続けた。


「記憶の洗浄のために猶予を置いたのが悪かった。次は全部壊して新しく君の中身を私自らの手で作ってあげよう。

 そのためには、悪いお友達は消し去ってあげないとね」

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