第6章 「時空を越えて、結ばれた絆」
ところが私の発言は、自分でも予想外の効果をもたらしたんだよ。
「そうね。そっちの子が言ったように、私は貴女と…里香ちゃんと再び会える時を、待っていたのかも知れないわ。」
京花ちゃんを後押しするつもりが、まさか美衣子さんの方に働きかける結果になるとはね。
捨てる神あれば拾う神あり。
人間万事塞翁が馬だよ。
「珪素戦争で誉理ちゃんと死に別れ、アムール戦争で里香ちゃんが戦死して…これで、信太山の士官用兵舎で1つ屋根の下を過ごした日の思い出を共有出来る人は、もう誰もいなくなった…」
ここで言葉を切った美衣子さんは、青春時代を封じ込めた写真から目を逸らし、何処か遠い所を見つめていた。
きっと、先に散った戦友達の魂が英霊として祀られている堺県防人神社を見ているんだろうな。
顔に付いている両目じゃなくて、心の目で。
「そう諦めていたけれど、あの日の友達に、こうしてまた会えた。だからさ…分かるよね、里香ちゃん?私の気持ちが。私がどうして欲しいのか…」
「うん…分かるよ、美衣子ちゃん…」
再び差し出された、古びたスナップ写真。
前回と違うのは、遊撃服の右手が写真立ての木枠をソッと掴んだ事だったの。
慈しむように、そして愛しげにね。
「ありがとう…大事にするよ、美衣子ちゃん。そして私、絶対に忘れない。」
受け取った写真立てを遊撃服の胸元に押し当てると、青いサイドテールの少女は整った童顔に微笑を閃かせたの。
だけど何処となく、その笑顔には違和感があったんだ。
「美衣子ちゃんに誉理ちゃん、天王寺ルナ大佐や陸軍女子特務戦隊のみんなの事。私、絶対に忘れないよ…」
普段なら1片の曇りも屈託も無いはずの、京花ちゃんの笑顔。
だけど今は、何かを堪えているみたいだったの。
「里香ちゃん…」
そんな京花ちゃんに、ウンウンと軽く頷く美衣子さん。
無事に写真を受け取って貰えて、その笑顔は実に満足そうだったね。
「将校集会所で一緒に食べた御飯の味。3人で口ずさんだ軍歌のリズム。背中を流し合った大浴場…どれもこれも、大切な思い出だよ。あの賭け麻雀では、確か天王寺ルナ大佐が勝利されたんだよね?」
京花ちゃんへの違和感は、何かを堪えているような笑顔だけじゃなかったね。
よく聞くと、声だって震えているよ。
「うん。誉理ちゃんが親の時に、大三元でね。だけど、私達から徴収した賭け金で特級酒をご馳走して下さったじゃない。」
互いに共有した思い出を確かめ合う、京花ちゃんと美衣子さん。
自分の友達の見知らぬ人間関係を垣間見るのって、何だか不思議な気分だよ。
「それでつい飲み過ぎちゃって、『私の分も残してくれよ、園里香少尉!』って叱られちゃったんだよね。」
この天王寺ルナ大佐って、江坂分隊に所属されている天王寺ハルカ上級曹長の御先祖様なんだよね、そう言えば。
ところが今の時代だと、京花ちゃんが飲み会の席で奢る側なんだよなぁ。
人間関係って物は、何処で誰がどう繋がるかが分からないし、それがどのような変化を遂げるかも予測出来ないんだね。
だからこそ、「縁は異な物、味な物」って言うんだろうな。
だけど京花ちゃん、いよいよ声の震えが隠しきれないような…
「ずっと…ずっと忘れない!忘れないよ、美衣子ちゃん!」
空いている手で、思わず顔を覆った京花ちゃん。
いよいよ涙腺が決壊しちゃったのか、指の間からボタボタと熱い雫が滴り落ちているよ。
「里香ちゃん…!」
こぼす涙の重さに項垂れた青いサイドテール頭を、美衣子さんはソッと抱き締め、愛しげに繰り返し撫で続けていたんだ。
「復員して、御店を継いで結婚して…産まれた子に後を譲って、孫娘の顔も見て、両親も見送って。もう私、やるべき事は全部やり終えたと思っていたの。後はお迎えが来るのを待つだけだと…」
ケイ素戦争の終戦を見届けて人類解放戦線を除隊してから、幾星霜。
美衣子さんの人生にも、悲喜こもごもの様々な出来事があったんだろうね。
「だけど、こうして里香ちゃんとまた会えて…私、残りの人生を有意義に生きてみようと思うの。向こうに行った時、誉理ちゃん達に胸を張って自慢出来るようにね!」
京花ちゃんに笑いかける美衣子さんの瞳には、余生を過ごす老婦人とは思えない光が宿っていた。
それはむしろ、立志の炎を源とする青春の眼光に近かったんだ。
「美衣子ちゃん…」
ハッと息を呑み、何度も瞬きをして。
どうやら京花ちゃんも、修文4年に出会った友の変化に気付いたみたい。
それにしても、京花ちゃんって大した子だよね。
いくらタイムスリップした先で出来た友達とはいえ、曾祖母位の老婦人に再び青春の活力を呼び起こさせるだなんて。
明朗快活な主人公気質の、面目躍如って所かな
この日の別れ際に、京花ちゃんと美衣子さんはスマホのアドレスを交換し、時々メールやSNSで連絡を取り合っているみたい。
-自分が産まれる遥か以前に亡くなった曾祖母の旧友という、ほとんど縁の無い老婦人とメル友になった、物好きな少女。
事情を知らない人から見れば、そんな風に京花ちゃんは評価されちゃうのかも知れないな。
だけど、英里奈ちゃんとマリナちゃん、そして私の3人だけは知っているの。
この2人の間には、時空を越えた奇跡があるって事をね。