第4章 「合縁奇縁は時を越えて」
「そう言えば里香ちゃんったら、刑事物の劇画をやたらと推してたよね?まだ出たばっかりだったのに、『貸本劇画史上不朽の金字塔』まで言い切っちゃって…」
「ああ、『マッスル刑事』の事?千里ちゃんが図書館で借りてきた、『この貸本漫画が凄かった!』って本に載っててね。」
美衣子さんと京花ちゃんはすっかり打ち解け、まるで数10年来の友達みたいに話も弾んだんだ。
端から見れば、祖母と孫娘程に年が離れているのに。
何とも不思議な気分。
「じゃあ…そっちの子が里香ちゃんの言っていた、劇画好きのお友達ね?」
「そうなんだよ、美衣子ちゃん!千里ちゃん、自分が生まれる前の漫画に凝ってて、貸本劇画の有名所は大体知っているんだ。」
どうやら京花ちゃん、向こうの時代で私の事を美衣子さん達に紹介していたみたいだね。
それも、随分と偏った情報で。
「えっ…?あっ、はい!私の場合、図書館の漫画文庫とか、漫画評論の書籍とかで知った世代なんですけどね。」
急に矛先が向かってきたから、私ったら狼狽えちゃったよ。
京花ちゃんと美衣子さんとで話が弾んでいるから、私達3人は蚊帳の外。
そんな風に油断して、栗羊羮を肴に清酒を傾けていたってのに。
「千里ちゃんとは、よく漫画本の貸し借りをしてるんだよ。本が傷まないようにビニールカバーを付けている程、漫画本を大事にしている子なんだ。」
あ~あ、京花ちゃんったら私の事をこんな風に紹介しちゃって…
これじゃ私が、潔癖症で神経質な人に思われちゃうじゃない。
「ええ、まあ…ビニールカバーがあれば、紙のカバーが傷みませんからね…それに、帯だって紛失しませんし…」
聞かれてもいないのに、こんな事言っちゃって。
すっかり狼狽えちゃってるよ、私ったら。
「そう…漫画の貸し借りをする程に仲良しなのね。」
不幸中の幸いの幸いと言うべきなのか、美衣子さんは私の狼狽を気にも留めなかったんだ。
「まるで、あの頃の私達みたい…」
そうして美衣子さんがチラリと視線を落とした先にあったのは、例の写真立てだったの。
やや色褪せた年代物のカラー写真の中で笑う、3人の少女将校達。
そのうちの2人が、今この場で笑いあっている。
1人は70年以上の歳月を乗り越えた、和装の老婦人として。
もう1人は、装いこそ日本軍の軍服から人類防衛機構の遊撃服に改めたものの、写真の中と変わらぬ若さとエネルギーを湛えた現役の防人乙女として。
事実は小説より奇なり、だね。
「不思議な話だよな…ちさ、英里。」
長い前髪で右目を隠したクールな美貌の少女が、杯を干しながら呟いた。
どうやらマリナちゃんも、私と同意見のようだね。
「まあね、マリナちゃん…この防人稼業、色んな事があるもんだよ。」
マリナちゃんと英里奈ちゃんの杯に御酌しながら何を言ってるんだろうね、私ったら。
この不肖・吹田千里准大佐。
未だ佐官の証たる飾緒すら拝領していない、尉官風情のヒヨッコじゃない。
こんな利いた風な事を言おうものなら、きっと特命教導隊の御姉様方に笑われちゃうよ。
「しかしながら、千里さん…私、何とも感動的な心持ちが致します…」
私が御酌した清酒を受け取った英里奈ちゃんは、京花ちゃんと美衣子さんのやり取りを、静かに見つめている。
その円らなエメラルドグリーンの瞳は、普段よりも幾分か潤んでいたんだ。