第2章 「特命遊撃士4名、女子特務戦隊 四方黒美衣子大尉に謁見す」
事前に電話でアポを取っていたので、私達は店の奥にある来客用の座敷に恙無く案内されたの。
私達の案内をしてくれたのは、知翠さんっていう若女将で、四方黒美衣子さんの孫娘にあたるんだって。
紫色の着物が似合う、なかなかの美人さんだよ。
「御隠居様…こちらが先日に御電話を下さいました、堺県第2支局の特命遊撃士の皆様で御座います。」
私達の応対をしてくれた知翠さんに付き従うように現れた、1つの人影。
それは知翠さんと同様に、鶯色の着物を御召しになった年配の女性だったんだ。
かつては鮮やかなピンク色だったと思われるイギリス結びに結い上げた髪は、今や色素も薄れて白髪が混じり、灰色掛かった桜色になっていた。
しかしその顔は、口元や目尻に多少のシワこそ確認出来るものの、若き日の美貌の名残を色濃く残していたんだ。
「お邪魔しています、四方黒美衣子さん。」
軽く会釈をした京花ちゃんの声が、座敷に小さく響いた。
そう。
彼女こそ、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の元将校である四方黒美衣子さんだ。
確か、除隊時の階級は大尉だったはずだよ。
年の頃は、50代後半から60代手前。
だけど、それはあくまでも外見年齢の話であって、実年齢は90近いはずだ。
こうして大日本帝国陸軍女子特務戦隊の軍人さん達に直接対面すると、生体強化ナノマシンの持つアンチエイジング効果の凄さを嫌でも実感するね。
珪素戦争時の初期型ナノマシンでさえ、これだけの若々しさを保っているんだから。
改良に改良を重ねた最新型のナノマシンを投与され、遺伝子改造や人工臓器の移植手術を施術された教導隊の御歴々が、現役の特命遊撃士達にヒケを取らない若々しさと美しさをお持ちなのも、当然至極だよ。
「私は人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士、和歌浦マリナ少佐です。」
「同じく、生駒英里奈少佐と申します。」
マリナちゃんに続けとばかりに、英里奈ちゃんも遊撃士手帳を広げて自己紹介をしている。
准佐の私としては、少佐の3人が名乗り終えたタイミングで自己紹介しようと思っていたの。
だから、京花ちゃんの自己紹介が終わるのを待ってたんだけど…
「り…里香ちゃん?!里香ちゃんなの?」
先刻までの慎ましやかな佇まいからは想像出来ない程に、美衣子さんは声を荒げ、その美貌に驚愕の色を浮かべていたんだ。
今にも駆け寄りそうな和装の老婦人の視線は、京花ちゃんに釘付けだったの。
「気をお鎮め下さい、あの方は園里香さんでは御座いません。御隠居様…お祖母ちゃん!」
「ああ…御免なさいね、知翠さん。私とした事が、こんな年甲斐もない振る舞いをしてしまって…」
孫娘の知翠さんに諭されて、美衣子さんも落ち着きを取り戻されたようだ。
「立ち入ったお話になりそうなので…」という事で、お酒と和菓子の用意をされると、知翠さんはそそくさと退出されたんだ。
意外に思うかも知れないけど、お酒と和菓子って結構合うんだよ。
宮内庁御用達の銘菓のお供は、ならまちの地酒である清酒「菩提樹」。
奈良町に近い正暦寺では「僧坊酒」と称して醸造が行われていたから、その時からの変わらぬ伝統だね。
「御免なさいね、京花さん。貴女の事を曾御祖母様と間違えてしまって…里香ちゃんが生きている筈なんてないのに。しかも、あの時と同じ姿でなんて…」
清酒と和菓子を勧めてくれた美衣子さんの微笑は、何とも寂しそうだったの。
「誉理ちゃんは珪素戦争の時にモスクワで珪素獣に殺され、里香ちゃんはアムール戦争の時にハルビンで上官を庇って爆死して…」
今は和菓子屋の大女将をしている元陸軍少女将校の口から告げられた名前に、私は思わず息を飲んだ。
確か「誉理ちゃん」というのは、タイムスリップした京花ちゃんが友情を暖めたという、岸和田生まれの友呂岐誉理少尉のはずだ。
戦死したって事は情報として知っていたけど、関係者の方から直接聞くのとは訳が違うね。
「え、誉理ちゃん…」
だけど、京花ちゃんの動揺は私以上だったよ。
無理もないよね。
ほんの少し前まで修文4年の時代にいた京花ちゃんは、友呂岐誉理少尉とも仲良くしていた訳だし。
「あの時の友達グループで残っているのは、今はもう私だけになってしまったわ…」
袂から取り出した写真立てを、懐かしそうに眺める美衣子さん。
それはきっと、友達同士で撮影した青春時代の1ショットなんだろうな。
「見て下さいな、京花さん。この人が、娘時代の貴女の曾御祖母さん。あの頃は私達も、今の貴女方みたいに溌剌としていて…」
予期していた通り、それは美衣子さん達が大日本帝国陸軍女子特務戦隊にいた頃の写真だった。
陸軍信太山駐屯地の正門前で、仲良さそうに肩を組む軍服姿の3人の少女。
左端で少し御澄ましした仕草をしているイギリス結びの子は、若い頃の美衣子さんだって一目で分かったよ。
私が予想した通り、若い頃の髪は鮮やかな桜色だったの。
そんな美衣子さんの右肩を抱いてセンターに陣取っている、ウェーブした金髪に金色の瞳が印象的なキリッとした面立ちの子が、さっき話題に出ていた友呂岐誉理さんだね。
私達のグループだと、マリナちゃんに近い子かな。
そして、右端で一際に明朗快活で屈託のない笑顔を浮かべている青いサイドテールの子が、京花ちゃんの曾御祖母ちゃんである園里香少尉で…
「んっ?」
集合写真を目にした私の胸中に沸き上がってきたのは、奇妙な違和感だった。
ほんの20日前後とはいえ、私達はタイムスリップしてきた里香ちゃんと一緒だったの。
未だ私達の記憶に新しい里香ちゃんの印象は、もっと大人っぽいはずなんだ。
だけど、この表情はどちらかと言えば…
「アハハ…私だね、この写真…」
そう!
何とも決まりの悪そうな声で呟く、京花ちゃんと瓜二つだったんだ。
「ああ…やっぱり貴女も、そう思うでしょう?貴女にそっくりだって。この写真は、貴女の曾御祖母さんが珪素獣との戦闘中に行方不明になって、保護して何日かした辺りで撮った写真なの。」
要するに、里香ちゃんが私達の時代に現れたのと入れ代わりに、京花ちゃんが修文4年にタイムスリップした時に撮影されたんだ。
そしてどうやら美衣子さんは、先程の京花ちゃんの一言を「私にそっくりだね…」ってニュアンスで解釈したみたい。
そりゃそうだよね。
御先祖様と子孫がタイムスリップして入れ代わるだなんて、私だって最初は信じられなかったもん。
「そう言えば…保護された直後の里香ちゃんって、普段と様子が違っていたような気がしたわ。」
「あっ、あの…『様子が違う』とおっしゃいましたが…里香さんは、どのように御変わりになられたのでしょうか?」
オズオズと控え目に挙手したのは、戦国武将と華族の血脈を現代に伝える生駒家の跡取り娘だった。
内気で気弱そうな影を落としたあどけない美貌は、美衣子さんと京花ちゃんの顔を見比べるように、交互に視線を泳がせている。
「貸本屋さんでも、いつもは女の子向けの漫画を借りていたのに、急に男の子が借りるような、殺し屋や探偵が出てくる劇画を借り始めたし…レコード屋さんでも、小学校の男の子が喜びそうなヒーロー物のソノシートを買い漁るし…」
どうやら京花ちゃんったら、修文4年で自分の趣味を満喫してきたみたい。
そう言えば少し前に、「まぼろし仮面」を初めとする昔のヒーロー物のレアなソノシートが、未使用美品でネットオークションに何枚も出品されて、復刻版を製作したがった版元のレコード会社が高値で落札したって、ネットニュースに書いてあったっけ。
京花ちゃん、タイムスリップの時にレアなソノシートを新品で買い漁り、それを現代のネットオークションで売り捌いて利鞘を稼いだんだね。
全く京花ちゃんったら、良い根性をしているよ。
「まるで人が変わったみたい。それに少し表情も子供っぽくなっていたの。暫くしたら、また元の里香ちゃんに戻ったんだけど…」
やっぱり入れ代わりって、見る人が見たら違和感を抱いちゃうんだね。
まあ、京花ちゃんが自重しなかったのがいけないんだけど。