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第1章 「奈良町の町屋歩き」

第9話「時を越えた出逢い、時空漂流者救出作戦」の後日談という位置づけです。

 大阪難波駅から乗った近鉄奈良線の快速急行に揺られる事、おおよそ35分。

 私達4人が降り立った近鉄奈良駅は、東大寺を始めとする古社名刹への参拝客で賑わっていたの。

 これが春や秋の修学旅行シーズンともなれば、小中学生の団体で一層にごった返すんだろうな。

 商業施設が建ち並ぶ駅前商店街は近代的だけど、目抜通りの三条通を南に進むと、僅か徒歩10分で雰囲気は一変。

 私達の眼前には、江戸時代から明治期にかけて造られた、間口が狭くて奥行きの深い町屋が軒を連ねる情緒ある街並みが広がっていたんだ。

 奈良時代に平城京の外京として整備され、東大寺や春日大社のお膝元として発展したこの地区は、奈良町(ならまち)って呼ばれているの。

 一見すると堺市堺区錦之町の町屋地区みたいだけど、町屋の軒先に数珠繋ぎでぶら下がっている真っ赤な縫いぐるみの存在が、他の地域の町屋地区と一線を画しているよね。

 この飛騨名物の「さるぼぼ」が海老反りしたような縫いぐるみは「身代わり申」といって、家の中に災いが入って来ないようにする魔除けの御守りなんだ。

「私さ、この真っ赤なお猿さんがぶら下がっているのを見ると、『奈良町に来たなぁ…』って実感するんだよねぇ!」

 そう言うと京花ちゃんは、左側頭部でサイドテールに結い上げた青い長髪を揺らしながらスキップで軒先に近づき、ぶら下がっている身代わり申に手を伸ばしたんだ。

「ああっ、京花さん!それは此方の御宅の御守りですから、無闇に触らない方が宜しいかと…」

 恐る恐るって感じで京花ちゃんに意見具申を試みたお嬢様風の少女は、私と同じ御子柴高校1年A組の生駒英里奈ちゃんだ。

「然りだな、お京。それに何と言っても、この奈良市は同じ堺県でも、第3支局の管轄地域だからな。」

 英里奈ちゃんの進言に同調したのは、右側でサイドテールに結い上げた黒髪に長い前髪で隠された右目という、右半身に特徴の偏った少女だった。

「言うなれば私達4人は、堺県第2支局の代表。管轄地域外で失態をやらかしたら、第2支局所属の防人乙女全員の恥とも成りかねんからな。」

 今日のマリナちゃんったら、まるで小姑みたいな口煩さだね。

 とは言え私達4人は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局配属の特命遊撃士。

 正義の御旗の下に戦う防人乙女として、常に己を律する心掛けが大切なんだ。

 マリナちゃんが言わなかったなら、私が京花ちゃんを窘めていたかもね。

 もっとも、この不肖・吹田千里准佐。

 この友達グループの中では唯一の尉官だから、少佐の京花ちゃんを窘めるのは、少し気が引けちゃうんだよなぁ…

「わ、分かったよ…マリナちゃんったら、妙な所で締まり屋なんだから…」

 こうは言いながらも、身代わり申からスッと手を離す素直な所は感心だよ、京花ちゃん。

 明朗快活な主人公気質って評価は伊達じゃないね。

「ところでさ、京花ちゃん…京花ちゃんが言ってた和菓子屋って、もうすぐなのかな?」

 と言う訳で、京花ちゃん達の忠勇な部下である私としては、些か強引に話題を転換する事で、その場の空気を回復しようと試みたんだ。

「えっ…うん!もうすぐだよ、千里ちゃん!確か、あの町屋資料館を目印にしてっと…」

 青いサイドテールの少女は声を弾ませ、軍用スマホの地図アプリと実際の風景を照らし合わす事で、ガイド役の任を全うしようとしていたの。

 京花ちゃんったら本当に分かりやすいなあ。

 少しは私に感謝してくれても、罰は当たらないと思うんだけど。

「おっ!あった、あった!ここだよ、3人とも!」

 やにわに駆け出したかと思ったら、京花ちゃんは1軒の町屋の店先で立ち止まり、声どころか身体全体をピョンピョンと弾ませて、私達を急かすのだった。

「そんなに騒ぐ奴があるかよ、お京…」

「だ…だってさぁ…」

 早足で追い付いたマリナちゃんに頭を押さえられて、京花ちゃんは何とも不服そうだった。

「まあまあ…良いではありませんか、マリナさん。京花さんにしてみれば、向こうで出来たお友達との久々の再会なのですから。」

 早足の割には髪の毛1本たりとも揺らさぬ美しい姿勢で合流した英里奈ちゃんが、気品ある微笑みでマリナちゃんを諌めている。

 こういうエレガントな微笑は、持って生まれた家柄の良さが無ければ簡単には出し得ないよ。

 さすがは華族令嬢にして、戦国武将の生駒家宗の末裔だね。

「ああ、ここね…」

 その長い歴史を感じさせる、木造の町屋建築。

 機能美ある格子や身代わり申がぶら下がる軒先は他の町屋と同様だけど、店先からは出来立ての和菓子の芳香が漂ってくるし、黒い瓦が葺かれた軒には木製の看板が掲げられてたんだ。

「ふ~ん、『四方黒(よもぐろ)庵』か…」

 ツインテールに結った黒髪の位置を微調整しながら、私は目線を上げて看板の字を読み上げたの。

 観光用のフリーペーパーや旅行誌が「ならまち銘菓巡り」として特集記事を載せる程に、奈良町には町屋造りの和菓子屋さんが何軒も点在しているんだ。

 だけど今の私達にとっては、この四方黒庵は単なる和菓子屋じゃなかったの。

 特に、京花ちゃんにとってはね。

「約束通りに会いに来たからね、美衣子ちゃん…」

 青いサイドテールの少女は看板を見上げると、万感の想いを込めた呟きを漏らすのだった。

 この四方黒庵は、京花ちゃんの曾御祖母ちゃんの園里香さんが大日本帝国陸軍女子特務戦隊に所属していた時の親友である、四方黒美衣子さんの御自宅なの。

 そして京花ちゃんは、修文4年にタイムスリップした時に、その四方黒美衣子さんと友達になっていたんだ。

 曾御祖母ちゃんである、園里香少尉の名を借りる事でね…

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[一言] 行きたいなぁ、奈良町!( ´∀` )
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