8 荷造り不要
8 荷造り不要
「スッキリした。歯も磨いた」と、山田がビシッとスーツ姿に着替えた。スーツの色は濃い目のカーキ。シャツは白。ネクタイはサーモンピンク。これが一張羅だ。
「では山田殿ッ! 靴を履いて出発しましょうッ!」
「そう焦らすな。まだ準備は終わってない」と、山田は本の山からトランクを引っ張り出した。「お姉さんの国にどれくらい滞在したらいいのか聞いてないし。食事のマナーとかも知らない。このまま出発するのは問題がある」
「ご心配なくッ! 手ぶらで結構ッ! 窓の向こうはすぐに宮殿の中ですッ!」
「そんなに近いのか?」
「徒歩1秒ですッ! それこそが我が帝国が誇る異世界湾曲航法窓の凄さですからッ!」と、女騎士が人差し指を突き出した。「礼儀作法に関しましてもッ! 我が帝国とッ! 山田殿の国で違いはそうありませんッ! 食事もお望みとあれば味噌と醤油も揃えてありますッ!」
「ウソだろ!? なんでそんなモノが?」
「我が帝国は食も誇っておりますッ!」と、女騎士が胸を張った。
「……もしかして、みりんもあるのか?」
「もちろんですッ!」と、女騎士はもっと胸を張って腰も反らした。「なんでしたら納豆もありますよッ!」
「だったら行くか」と、山田は靴を履いた。こげ茶の革靴で、防水と防臭もついた優れものだ。
「……そういえば、もう一つ聞くことがあった」
「なんでしょうかッ!?」
「お姉さんの名前を聞いてなかった。ずっとお姉さんじゃよそよそしいだろ。これから一緒に仕事をする仲だっていうのに」
「これは失礼しましたッ! 申し遅れておりましたッ!」と、女騎士は背筋を伸ばして、両足の踵をピッタリ付けた。「自分の名はッ! エリキッ! エリキ・シュルストロンでありますッ!」
「エリキ・シュルストロンか。カッコいい名前だ」
「山田殿ッ! ありがとうございますッ!」
「その山田殿って、どうも堅苦しいな。山ちゃん。とかでいいよ」
「いえッ! そういうワケにはいきませんッ!」
「じゃあ俺さ、お姉さんのことをシュルさんって呼ぶから。それならいいだろ?」
「ではッ! せめて山さんッ! でッ! お願いしますッ!」
「じゃあ、シュルさん。行きますか」
「行きましょうッ! 山さんッ!」と、シュルストロンが山田の手を取った。
(……蛇の道は蛇。いざ異世界に!)と、山田は意を決して、異世界に続く不思議な窓に入っていった。7色の虹色にギラギラ気色悪く輝きを放つ窓。正式名称は〈異世界湾曲航法窓〉。
俗にいうワープ装置だ。安全性は分からない。