5 愛と未練
5 愛と未練
「話を戻すなら、もっと戻らせてほしい」と、山田は椅子にドッカリ座った。「たしか、お姉さんの望みは、お国にプロ野球を作ることだったな?」
「そうですッ!」と、女騎士は立ったまま。「我が帝国にプロ野球リーグを設立していただきたいのですッ!」
「……まあ、たしかに俺、好きだよ、野球。野球部だったし。今でも夜中にバッティングセンター行くし。観戦もしてるし。
でもな、好きなだけだ。もちろん野球選手じゃない。コーチでもない。球団職員でもない。少年野球の監督でもない。せいぜい野球のゴシップ記事を書いて日銭を稼いでいるぐらいだ。
ぜんぜん専門家じゃない。しつこい様だけど、そこんところ分かってるか?」
「分かっておりますッ!」
「……じゃあ、どうしてだ?」
「……山田殿は経歴だけで評価をしてしまえば、候補から外れることでしょうッ!」
「ほら、やっぱりな」
「しかしッ!」と、女騎士が顔を山田にツツツと近づける。「山田殿は我が帝国に。異世界にッ! そしてこの自分にも興味を抱きましたねッ!?」
「そ……そりゃ抱くだろ?」と、山田はけっこう図星だった。「それがどうした?」
「普通は抱きませんッ! いきなり人様の家に入り込んで陳情する人物に興味は抱きませんッ! 抱くのは恐怖ですッ!
山田殿のように話を聞くなどまずありえませんッ! 一目散に逃げ出しますッ! それゆえッ! 人材には経歴よりも好奇心の強さが重要になるのですッ!
だからこそ異世界湾曲航法窓を、わざわざ山田殿の部屋に取り付けたのですッ!」
「お姉さん……そりゃマッチポンプだ。勝手に火を付けて、勝手に消したんだ。第一な……俺だってそれなりに恐怖だって抱いたさ。
でも俺は記者だ。ネタが飯のタネなんだ。こんなネタになるハプニングを前にして仕事しなかったら廃業だ。ホームレスになるしかない。ただの好奇心なんかじゃない。生きるための選択なんだ」
「ではッ! どうして窓の向こうにある異世界に行こうとしないのですかッ!? それこそ山田殿が求める”ネタ“が数多くありますッ!?」
「あいにく、その手の挑発には乗らないぞ。昔、戦場カメラマンの大下さんがこう言ってたんだ。『特ダネでも危険なら引き返すのがプロ』ってね」
「そうですか……ッ!」と、女騎士が一歩、後ろに下がった。
「そうだ。俺はプロだ。しがないゴシップ記者でもプロだ。所属がフリーでも、腐ってもプロなんだ。お分かり?」
「……ええッ! 分かりましたッ!」
「よしよし。それでいい」
「ますますッ! 我が帝国に必要な人材だと分かりましたッ!」
「ええ!?」と、山田は思わず椅子からズリ落ちた。「何も分かってねえだろ?」
「いいえッ! 分かっておりますッ!」と、女騎士がしゃがんで山田と目線を合わせる。「任務を遂行するには大胆さだけでなくッ! 時には慎重さも求められるからですッ!
両方を兼ね備えた人材はそういませんッ! やはりッ! 山田殿はッ! なんとしても我が帝国に必要ですッ!」
「いいか。大胆さと慎重さを両立してるヤツなんか山ほどいる。お姉さんにも帝国にも興味を持つヤツはいる。何度も言うが俺はただのしがないゴシップ記者だ。所属はフリーときてる。
ゴシップを書いてほしけりゃ、いくらでも書ける。書いてやるさ。憎いヤツや邪魔なヤツの1人や2人いるだろ? 悪評を立てれるぞ。窮地に追い込めるぞ。でもな、野球で仕事はムリだ」
「そんなことありませんッ! 山田殿は野球を愛していますッ! 野球で仕事がしたいはずですッ!」
「愛?」と、山田は苦笑い。「そんなの柄じゃない。恋人ですら仕事と遊びにかまけてロクに愛してこなかった人生だぞ」
「山田殿がゴシップ記者になった理由はッ! 少しでも野球と関わりたかったからですよねッ!」
「……なんのことだか?」と、山田はすぐさま目をそらした。
「我が帝国の霊媒師によって調べはついていますッ! 山田殿は昔ッ! スポーツ新聞の記者に応募しましたがッ! 落ちましたねッ!」
「ちょっと待て!」と、山田のオデコから冷汗がダラダラ流れる。「霊媒師とか言ってたが、俺の人生を霊視で覗き見したのか!?」
「我が帝国は霊媒師も優秀ですッ!」
「……過去は変えられないし、否定もしない。仕事と野球を繋げたかったのは紛れもない事実だ」
「でしたらッ!」と、女騎士が毛穴が見えるぐらい山田に顔を近づけた。「今回の話は魅力的なはずですッ!」
「でも今は違う」と、山田は手で女騎士を遠ざけた。「小さいながらもマンションを買えた。貯金も順調だ。年金だって払えてる。今の仕事で充分満足している」
「ウソですッ!」と、女騎士は手を払いのけた。「でしたらッ! この家中に所狭しと散らばり積み上げられた本はなんなのですかッ!?」
「……モノ書いて仕事しているヤツの家はみんなこんなもんだ」
「ほとんどが野球の本ですッ!」
「……」
「この野球の本こそ野球に対する未練の現れですッ!」
「……お茶を入れなおす」と、山田はゆっくり立ち上がった。