4 カップルホテルの窓
4 カップルホテルの窓
「山田殿ッ! 待って下さいッ!」と、女騎士が逃げる山田の肩を掴んだ。「何を恐れているのですかッ!? 窓の向こうの我が帝国へ入国する流れではありませんかッ!」
「
そんな流れはない! そっちの都合でしかない!」と、山田が手を振り払う。「あんな得体の知れない窓に入れるか!」
「あの窓は我が帝国の誇るべき窓ッ! 異世界湾曲航法窓なんですッ! 何の心配もございませんッ!」
「分からない単語を使うな! 何だ!? その、異世界何とか、かんとかってのは!?」
「異世界湾曲航法窓ですッ! 我がマツズーム帝国特別性ですッ!」と、女騎士は誇らしげだ。「他国が猫を一匹通すのに苦労する中ッ! 我が帝国は豊富な魔法石とッ! 熟練された専門集団によりッ! 人が余裕をもって通れる寸法を実現できたのですッ!」
「自慢はいいから窓の説明をしろ! 知ってる前提でモノを語るな!」
「ですからッ! 異世界湾曲航法窓なんですッ! とても巨大なッ!」
「だからその……異世界湾曲航法窓がなんなのか俺は知らない!」
「名前の通りですッ! 〈異世界〉を〈湾曲〉させる〈航法〉の〈窓〉ですッ!」
「……極めて不十分だ」と、山田はスッパリ切り捨てた。「学校の国語で何習っった!? ……まったく!」
「……ではッ!」と、女騎士はあからさまに困り顔だった。仕方なく、そこらに落ちていた紙とペンを取って大きな丸を二つ描いた。「図の丸が地球だとしますッ!」
「二つもあるけど、もう一個は何だ? お月さまか?」
「いえッ! これも地球ですッ!」
「……お姉さん。地球は一つだ。学校の社会科で習わなかったのか?
『みんなで守ろう、たった一つの僕らの地球』
って。いや待てよ。道徳だったか?」
「山田殿ッ! それは間違いですッ! 地球は二つありますッ!」
「ははは。バカなこと言うな」と、山田は苦笑いだ。
「でしたらッ! 我が帝国ッ! 我がマツズーム帝国が山田殿の地球にあるとお思いですかッ!?」
「……」と、山田の表情が固まった。「なきゃおかしいが……あってもおかしい」
「さらに申せばッ!」と、女騎士が続ける。「地球は二つとききませんッ! 我々が確認できるだけでも56個以上、存在しますッ!」
「つまり……その……お姉さんは宇宙人ってことでいいのか?」
「……申し訳ありませんが大間違いですッ! 単純に異なる世界ッ! 異世界が存在するのですッ!」
「分かったぞ!」と、山田は自信ありげに叫んだ。「あれだろ? ほら、パラレルワールドってやつだろ? 違うか?」
「よく混同されますが、それは平行世界ですッ! すなわちッ! ”もしも“の世界でありッ! 同一次元の世界ですッ! 異世界に”もしも“は存在しませんッ! 常に物事は”過ぎ去る“異次元の世界ですッ! お分かりですねッ!?」
「……うん。実によく分かった。素晴らしい」と、山田は分かりやすく分かったふりをした。(……後でUFO研究家の山内に教えて貰おう)
「では話を戻しますッ!」と、女騎士はもう一度、丸を二つ描いた紙を見せた。「この二つの丸が地球なのですッ! 我が帝国がある地球ッ! そして山田殿が住む地球ッ! この二つの地球をどう繋げるかッ!? 山田殿ッ!」
「ああ。俺が答えるのか」と、山田はペンで線を書き足した。「こうピーッと一本、線で繋げるしかないんじゃないか?」
「普通ならそうですッ! しかしッ! 二つの地球は異なる世界にあるので繋ぎようがありませんッ! ですからッ!」と、紙を二つに折り込む女騎士。「この様に直接密着させるのですッ!」
「ワープだ!」と、山田はスッキリした顔。「やっと分かったぞ! あの窓はワープ装置だったんだ! ガキのころ好きだった映画で見たぞ!」
「その通りですッ!」と、女騎士も同じくスッキリした顔。
「そうか、そうか。お姉さんは宇宙艦隊のクルーだったワケだ」
「違いますッ!」と、女騎士の顔が曇る。
「じゃあお姉さんの職業はなんだ?」
「所属・近衛師団ッ! 役職・突撃隊長ッ! 階級・軍曹ッ! で、ありますッ!」と、女騎士はかしこまった軍人言葉で身分を表明した。
「近衛師団ってことは王様とか守ってるってことか? スゴいじゃねえか」
「いえッ! ……そんなことはッ!」と、女騎士は照れくさそう。「まあッ! その話は置かせていただきますッ!」
「……置くのか。そこんとこけっこう興味あったんだけどな」と、山田はわりと残念そうにした。
「……やはりあなたは適任者ですッ!」と、女騎士が語尾強めだが、しみじみそう言った。「では行きましょうッ! 我が帝国にッ!」
「……やっぱりその話に戻るか。そうか」と、山田に疲労がドっときた。