3 窓は共用部だから飛び込む
3 飛び込め共用部
「さてと……ではですね」と、山田は手帳とペンを取り出した。「具体的にどう力を添えてほしいんだ?」
「全てですッ!」と、女騎士の真っすぐな目。「我が帝国で、あなたの国にある〈プロ野球リーグ〉を一から作りあげて欲しいのですッ!」
「……無理だな」と、山田はそっと手帳を閉じた。「お帰り下さい」
「お願いしますッ! 考え直してくださいッ!」と、女騎士がグイグイ山田にしがみつく。「どうしても我が帝国にはプロ野球が必要なんですッ!」
「……お姉さんね」と、山田は優しく諭そうとする。「あんた相当無茶なことを言ってるんだ。分かってんのか?」
「だから無理は百も承知ですッ!」
「あのさ、誰にモノを頼んでるのか。ってことも分かってるワケ?」
「当然ですッ! あなたは我が帝国のプロ野球リーグ設立計画の最重要人物ッ! 山田勝司殿ですッ!」
「名前も知ってるのか……じゃあ、なおさらどうして俺が最重要人物になるんだ? 理由を言ってくれよ」
「もちろんッ! 最重要人物だと決定したからですッ!」
「誰だ? そんなバカみたいな決定したのは?」
「委員会ですッ! 満場一致ですッ!」と、女騎士は拳を握る。「魔導士も占師もあなたを推薦したんですッ!」
「……もうついてこれないな。これは」と、山田は玄関のほうに女騎士を押しやる。「魔法使いだの! 占い師だの! そんなヘンテコな委員会の決定なんかゴメンだ! 帰ってくれ!」
「ただの魔法使いや占い師じゃありませんッ! 名称が違うんですッ! 魔導士と占師ですッ!」と、女騎士は腰を落として必死の抵抗。「国家公務員なんですッ! 上級職なんですッ!」
「そんな職業に税金なんか使ってんじゃねえ! クソ! 甲冑が重い!」と、山田の膝がきしんできた。「警察にも入管にも言わない! タクシー代も出してやる! だから帰ってくれ!」
「待ってくださいッ! このまま帰るワケにはいきませんッ! それにッ! 帰れと言われても自分は玄関から帰ることは不可能ですッ!」
「人の出入りは昔から玄関って決まってるんだ! それともなんだ!? 窓から帰るのか!?」
「その窓から来たんですッ! 帰りも窓からじゃなければ帰れませんッ! 奥の部屋の窓ですッ!」
「ちょっと待て!」と、山田は床に敷き詰められた本を蹴散らしながら寝室兼仕事部屋の窓に向かった。「まさか窓ガラスを割って入ったんじゃないだろうな!?」
「そんなことはしてませんッ!」
「じゃあ窓枠ごと外したのか!? 勘弁してくれよ! 保険の等級が上がっちまうじゃないか!」と、山田は本の山をかき分けて、やっとカーテンをジャーっと開けた。「うわっ眩しい! って……なっ……何だこれは!?」
窓は変わり果てた姿になっていた。窓枠いっぱいに、7色の虹色にギラギラ気色悪く輝いていたのだ。
ミラーボールやレーザーライトもかすんでしまうほどのドギツさ。目に優しくない。
「俺の家が……窓が……趣味の悪いラブホみたいになってやがる!」と、山田の膝が崩れた。ただでさえ女騎士との押し合いっこで疲れた膝はショックで止めを刺されたのだ。「どうすんだこれ! 持ち家でもな! 窓は共用部なんだぞ!」
「山田殿ッ! 大丈夫ですッ!」と、女騎士が窓をガラガラ開けたり閉めたりする。「ほらッ! 壊れてはいないんですッ!」
「まだ割れたほうが良かったぜ!」と、山田がベランダに出てみると窓は変わらずギラギラ悪目立ちしていた。「やっぱりな! 外から見てもすげえ明るいぞ! 夜間工事じゃあるまいし! こんな趣味の悪い色使い恥ずかしいったらないぞ!」
「……色味が悪いことは認めますッ! ですがッ! これは素晴らしい窓なんですッ! 予算も膨大でッ!」
「ああ、そりゃそうだろうな!」と、山田はふてくされた。「この窓はな! 結露しにくい窓にリフォームしたんだ! もちろん、お値段それなりにしたさ!」
「いえッ! そういうことではないのですッ! この窓はッ! 我が帝国の叡智の結晶なのですッ!」
「何が叡智だ! エッチな窓だこんな窓!」と、山田は怒りで窓をバンバン叩こうとした。ところが、その手はフワりとすり抜けた。
バンバンではなく、ポフポフ音が鳴った。「……なんだ? ……今の感触は?」
「窓に手を入れてみて下さいッ!」と、女騎士が勧める。「身をもって体感していただくのが一番ですッ!」
「嫌だね!」と、山田は即答。
「……でしたら自分が手を入れますッ!」と、女騎士は奇天烈な窓に手を突っ込んだ。スルスルっ
と、あっという間に腕が半分埋まっていった。
「どうなってんだ!? ガラスを取り外したのか!?」と、山田はまたベランダ側に回り込んで確認した。
しかし、女騎士の手は通り抜けてない。部屋側、ベランダ側。部屋側、ベランダ側。何回確認しても女騎士の腕は半分、奇天烈な窓に埋まっている。
でも通り抜けてはいない。「……イリュージョンか?」
「いえッ! そんな子供騙しではありませんッ! 根本から違いますッ!」と、女騎士がビシっと言った。手の次は足、胴体。キッチリ身体の半分を奇天烈な窓に埋めている。「いかがですかッ!? これこそがッ! 我が帝国の魔力および技術力ですッ!」
「お姉さんって……つまり……本物の……剣と魔法の世界の住人ってことか?」と、山田。何かを察した。
「有り体に言えばそうなりますッ!」
「……東欧あたりから来た、コスプレ好きのヤバい留学生じゃないのか?」
「違いますッ!」
「幻聴、幻覚を楽しむような、おクスリとか嗜んでます?」
「クスリは出陣時の興奮剤以外は一切飲んでおりませんッ!」
「そっか。そうなのか。へえ。偉いな。スゴいな」と、山田は無理に平静を装うばかり。
「山田殿ッ!」と、女騎士は身体を魔法の窓にスッポリ埋めて顔だけ出している。「次はあなたの番ですッ!」
「ん!?」
「さあッ! ご同行をッ!」と、女騎士が右手を差しだした。「さあッ!」
「いやいやいや! 場の勢い、雰囲気には流されねえぞ!」と、山田はダイニングに引っ込んでしまった。