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2  不法侵入の粗茶


   2 不法侵入の粗茶


 ここで話がやっと序盤に戻る。 


「さあ愛しい我が家だ」と、山田は玄関で靴を脱ぎ、廊下で服も脱いだ。床は本が山積みで歩くのも一苦労。パンツ一丁になった所でダイニングキッチンのドアを開けた。


「我が帝国ッ! マツズーム帝国のためにッ! プロ野球リーグ設立のッ! お力添えをッ! 頂きたくッ! お願い申し上げにッ! 参りましたッ!」と、女騎士がいた。頭を下げて跪いていた。

 甲冑はピカピカに磨かれていてでカッコよく、角が鋭い兜を小脇に抱えていた。

 垂れた赤毛はツヤツヤだ。それと語尾が無駄に力強い喋り方だ。「無礼なのは百も承知ッ! ですがッ! ですがッ! 何卒ッ! 何卒ッ!」


「……はあ……はあ!?」と、山田は目の前のおかしな光景に頭が追い付かない。そして、追い打ちをかけるように疑問が湧き出てきた。(酔いすぎか? 幻覚か? いや! 酔ってたら駅前の植木で寝ている! でも今は家だ! 酔ってない! つまり、あの女騎士は本物! 

 ならだ。なら、どうして、お願いの内容がプロ野球リーグ設立の手伝いなんだ? 

 どうして、甲冑を着た女がお城や戦場でもなく、都内駅チカ、築35年、1DKの俺のマンションにいるんだ? 

 どうして、ただのゴシップ記者、しかも所属がフリーののオッサンでしかないこの俺にお願いしているんだ? 

 どこから来た? 

 どうやって部屋に入った? 

 そもそも、どんな状況だ? 

 厄年だからか? 厄年だからなのか? 神社でお祓いを受けたのも無意味だったのか? 今日は厄日だ! 妙なことが続きすぎている! マトリの次はコスプレの不審者! ゴシップを書いてきたバチが当たったのか!? 

 よく見ると腰にゴツい剣を差してるじゃねえか! 

 下手なことしたらヤラれるんじゃないか!? 

 どうする俺? 

 数多くの修羅場をくぐり抜けてきた暴力団ライターの衣笠さんならどうする? 逃げるのか? それとも玄関に置いてある金属バットで戦うか?)


「……何卒ッ! ……何卒ッ! ……何卒ッ!」と、女騎士はまだ、ひたすら跪いたままだった。あれこれ山田が悩んでる間もずっと跪いたままだった。


(……事情はどうあれ、頭を下げる女を無視はできない。……それにだ。俺は腐っても記者だ。記者なんだ。……ネタから逃げたらおしまいだ!)と、山田は腹をくくった。

 かすかに残っていた記者魂が恐怖、混乱に勝った。「顔を上げてくれ。……話を聞こう」


「ありがとうございますッ!」と、女騎士が頭をゆっくり上げた。赤毛の派手さに負けないぐらい目鼻立ちがハッキリした美人だった。

 瞳の色はルビー。充血じゃないのは一目でわかるほどすさまじい輝き。


「……とりあえず座ろうか」と、山田はダイニングセットの椅子を引く。積んでいた本がバサバサ落ちた。「さあ……どうぞ」


「……では。失礼しますッ!」と、女騎士。声の大きさと違って動きは静かに座った。


「今……お茶を入れる」と、山田はキッチンに立った。


「いえッ!」と、女騎士もすかさず立った。「お構いなくッ!」


「いえいえ」と、山田が頭を振る。「俺が飲みたいんだ。お姉さんには、ただおすそ分けするだけだ。気にしないでくれ」


「いえッ!」と、女騎士がずずいと寄る。「でしたら自分が入れますッ!」


「いえいえ」と、山田はまた頭を振る。「そういうワケにいかないだろ」


「いえッ! 押しかけたのは自分ですからッ!」と、女騎士はまだ引かない。


「いえいえ。家主は俺だから」


「いえッ! お願いする立場の自分がもてなすべきですッ!」


「いえいえ。これ緑茶だから。緑茶を美味しく入れることができるのか? 多分だけどなお姉さん。あんた緑茶より紅茶派だろ? 普段飲むのは?」


「いえッ! 麦茶ですッ!」


「だったらここは任せてくれ」と、山田は胸を張った。キッチンの上に積んでいる本をガサッと落として片づけた。


「……はいッ!」と、女騎士はそれでやっと納得して椅子に戻った。


 美味しいお茶。緑茶の入れ方は思いのほか簡単だ。


 一つ。人数分の湯のみにお湯を7から8分目ほどついで、お湯を冷ます。


 二つ。急須に茶葉を入れる。茶葉の量は、1人当り約2グラムほど。


 三つ。湯のみで冷ましたお湯を急須に注ぎ、約1分間くらい静かに待つ。


 四つ。それから湯のみに均等につぎ分ける。最後の一滴まで絞りきること。そうすれば2煎、3煎も美味しく飲める。


 たったこれだけだ。

 あと一つだけ注意点。

 どうせ湯のみで冷ますからと、お湯をぬるめに沸かしてはいけない。必ずしっかり沸騰させること。

贅沢を言えばお湯はミネラルウォーターを使ってみよう。グッと味が良くなること間違いなし。


「……粗茶ですが」と、山田はテーブルに積んである本をガサガサ押しのけつつ、お茶を出した。


「……いただきますッ!」と、女騎士はお茶をフーフー冷ましてズズーっと飲んだ。「美味ですッ!」


「そりゃ良かった」と、山田はホッと胸を撫で下ろした。新人時代のお茶組みが役に立った瞬間だった。


 チーン! と、レンジが鳴った。

 山田がフタを開けると、そこにはホカホカの冷凍たい焼きが一つ。


「……それはッ!?」と、女騎士が不思議そうな目で見つめた。


「『たい焼き』だ」と、山田は本の上に皿を置いた。


「たい……焼きッ!?」と、女騎士はよく分かってない。


「食べ物だ。お菓子だ」と、山田は簡単に説明した。


「……お菓子ッ!?」と、女騎士は頭の上に?マークが浮かんでる様子だ。


「中身はカスタードクリームだ」と、山田は説明を続けた。


「……カスタードクリームッ! ……甘いモノですか!?」と、女騎士は余計に分からなくなっている。


「食べれば分かるさ」と、山田は説明を放棄した。


「……ではッ!」と、女騎士はパクッと一口。「魚肉は……ッ!」


「入ってない」


「……つまり、クリームのパイ包みッ! の様なお菓子ッ!?」


「その様なお菓子だ」


「……見た目だけで判断するとッ! 塩辛いお菓子だと思い込んでいましたッ!」


「お姉さんの国じゃそういう料理はないのか?」


「……自分の国ッ! 我が帝国ではッ! 料理の見た目と中身ッ! ほぼ一致していますッ!」


「そうなんだな。勉強になった。……それで、お味は?」


「美味ですッ!」と、女騎士はニッコリ笑った。


(アンコにしなくて正解だった)と、山田は一安心した


「……ごちそうさまでしたッ!」と、女騎士はたい焼きをペロリと平らげた。


「……じゃあ本題に戻ろうじゃないか」と、山田は襟を正した。パンツ一丁だけど。「帝国にプロ野球をどうたらこうたらと言ってたけど?」


「はいッ!」と、女騎士は元気のいい返事。「単刀直入にに申し上げますとッ! 我が帝国ッ! マツズーム帝国にッ! プロ野球リーグ設立のためのお力添えを頂きたくッ! お願い申し上げに参りましたッ!」


(こりゃ……今日は徹夜だな)と、山田は確信したのだった。

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