14 カクテルとドリーム
14 カクテルとドリーム
「それではですねッ!」と、シュルストロンがやっと本題の、プロ野球リーグ設立計画の話をしようとした。ところが、
「停止」と、クレトンがさえぎった。
「クレトンッ! 何ですかッ!? 間が悪いですよッ!」とシュルストロンは出鼻をくじかれてイラっとした。
(わざわざこのタイミングで何だ?)と、山田は少し構えた。
「休憩、休息。一時、酒」と、クレトンはキッチンに向かった。「台所、道具、酒。拝借」
「今ッ! 酒ですかッ!?」と、シュルストロンはあきれた。「後でいいじゃないですかッ!」
「でも、たしかに喉が渇いたな。ちょっと待ってくれ。いいモノがある」と、山田は乗り気になってガサゴソ戸棚から何かを探しだした。
「山さんまでッ! はあッ! もうッ! しょうがないですねッ!」と、シュルストロンは折れた。
「あった。あった」と、山田がジュラルミンのケースを取り出した。
「何ですかそれはッ!?」と、シュルストロンがのぞき込む。
「まあ見てみな」と、山田がパチパチっとフタを開けた。中身はアイスペールにシェーカー。メジャーカップなどなど。バーツールのセットがキチっと入っていた。しかも高級感に溢れていた。
「……見事」と、クレトンがまじまじとカクテルセットを見た。
「これはいい品ですねッ!」と、シュルストロン。
「これぞ独身男のささやかな贅沢ってやつだな」と、山田はちょっと恥ずかしそうに言った。「男はな、独身こじらせて40過ぎるとコーヒーか酒。またはその両方に凝っちまうんだよ」
「そんなの聞いたことありませんッ!」と、シュルストロンが疑う。
「そりゃそうだ。40過ぎた独身のオッサンはひっそり生きてるんだ。知られるワケがない」と、山田。「クレトンさん。グラスはそっちにあるから」
「……切り口、見事」と、クレトンはグラスを光に当ててキラキラ、まじまじ見る。カッティングがさりげなく施された美しいカクテルグラスだ。「腕。鳴る」
「それじゃ、お願いします」と、山田は手刀を切った。
「嗜好? 甘? 辛?」と、クレトン。
「そうだな……どっちも好きだな」と、山田は腕組み。「せっかくだしマツズーム帝国らしいのを飲んでみたい」
「では甘い味付けですねッ!」とシュルストロン。
「了解」と、クレトンはチャカチャカ手際よくカクテルを作り始めた。
「そうか、甘いのがマツズーム帝国らしい酒なのか」と、山田。
「名産、果物」と、クレトンはシャカシャカ、シェーカーを振る。
「色々あるんですがッ! 特に果実の蒸留酒酒が名物ですッ!」と、シュルストロン。「リンゴ、ブドウ、イチゴなどッ! 複数の原料を使うのがこだわりですッ!」
「おお、それは美味そうだ。それに珍しい」と、山田はよだれが垂れかけた。「ちなみに度数は?」
「だいたい70度ですッ!」と、シュルストロン。
「高いな。タバコの火で火事になりそうだな」と、山田。
「ですがッ! 果実の甘味とッ! 風味でッ! とても飲みやすいですッ!」と、シュルストロン。
「飲みすぎて肝臓ヤラれないか?」と山田が右の腰をさすった。
「後で魔法石を飲めば問題ありませんッ!」と、シュルストロンはポンっと右腰を叩いた。「二日酔いにも効きますッ!」
「完成」と、クレトンがシェーカーからグラスにカクテルを注いだ。シャリシャリでトロトロでフワフワ。琥珀色に輝いていた。
「フローズンカクテルか。夏にピッタリだ」と、山田は早速、一口飲んだ。冷たさと一緒に衝撃も走った。「……美味い! 美味いぞ! こんなの飲んだことない! 何だこの滑らかさは!?」
「特製」と、クレトンはドヤ顔だった。「皇族派、限定」
「しかし美味いな! 甘いのにスッキリしてるし、深みがあるのにクドくない!」と、山田はあっという間に飲み干した。「ウチにある酒だけで作ったのか?」
「これ」と、クレトンはキッチンから材料を持ってきた。ダークラム、ブランデー、みりん、バニラエッセンス、メープルシロップ、フレッシュレモン、リンゴ、バナナ。そして魔法石。
「そうきたか」と、山田は感心した。「ラムとブランデーの組み合わせはよくある。が、隠し味にみりん。香りにバニラエッセンス。
味の調和と深みにメープルシロップ。そして爽やかな風味に俺の朝食のフルーツたちを浅漬けた。そんなとこか?」
「正解」と、クレトンも感心した。「山田。飲み手」
「山さんッ! 相当好きですねッ!」と、シュルストロン。
「言ったろ。独身こじらせるとこうなる。……ちょっと待てよ?」と、山田はミキサーのスイッチをオン・オフ繰り返した。うんともすんともしない。「やっぱり壊れたままだ。……なあ、ミキサーなしでどうやってフローズンカクテルを作ったんだ?」
「不要」と、クレトンはチッチッチと人差し指を振った。
「不要っって言ったって。じゃあシャーベットを持参してたのか?」と、山田。
「はははッ! そんなものッ! それこそ不要ですッ!」と、シュルストロンは高らかに笑った。