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龍の左眼  作者: りりすけ
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第6話 説教と猫

 外が賑やかに、楽しそうに騒がしくしているのをよそに、龍鬼とバンは、その場に正座をさせられていた。


 目の前には、酒場の椅子に腰掛け足を組み、鬼の形相をしているアキの姿がある。


「まぁ、話は分かったわ。それで? あんたは両替屋を脅した挙句、兄さんをいじめてたやつのひとりを懲らしめてやったってわけね?」


「あんちゃんはなんも悪くねぇ!」


「兄さんは黙っててっ」


 キッと睨まれると、バンは項垂れながら、龍鬼の方に「これは長くなりそうだ」と目配せをする。


 バンの顔は、アキによって荒々しく治療され、そのほとんどが包帯に覆われている。そんな状態の彼と目が合うと、龍鬼は笑いを抑えることが出来ず、ぷっと吹き出してしまった。


「なに笑ってるのよ! 大体ねぇ、兄さんもあんな奴らに未だにされるがままだっていうのもあたしは気に食わないんだからね!」


「良いじゃねぇか、あいつらもうビビって近づきゃしねーよ」


「それが問題解決になったってわけ!? あいつら今頃知り合いの憲兵にでも泣きついて、あんたに報復しようとしてるに違いないわ! 両替屋だってそうよ! あんたが流したお金で裏で何をするかわかったもんじゃない! あたしなら用心棒を雇って脅してきたあんたをけちょんけちょんにしてもらうわね!」


「おー」


「アキ、……頭良いな!」


 二人は彼女の鬼気迫る弁舌にぱちぱちとまばらに拍手をする。


 それがアキの怒りに拍車をかけ、彼女は肩をわなわなと震わせて怒鳴る。


「あんたたちが馬鹿なのよっ!! もうっ!! チビに餌あげてくるっ!!」


 やってられない、と言わんばかりにアキは酒場を飛び出して、庭の方へ走っていった。


「チビって?」


「あぁ、おいらが一ヶ月くらい前に拾った猫だよ。今日みたいに砂漠に出てたら、鱗人に襲われそうになってたんだ。アキの奴、最初のうちはずっと拾ってきたことに文句言ってたけど、今じゃ暇があればチビとじゃれてるよ。あ、ちなみにチビってのもアキが名付けたんだぜ。最近は寝る時も一緒みたい」


 あーあ、前はおいらが居ないと寝られないって泣いてた可愛い妹はもうどこにもいねぇんだー、とバンわざとらしく悲しんで見せた。


「お前、よく砂漠に出るのか?」


 足を崩しながら、龍鬼は痺れたー、と顔を歪める。


「あー、うん。本当は護衛を付けないと砂漠には出ちゃいけねぇんだけど、俺が砂漠に行く目的は親父の手がかりを見つけるためだから、誰も付いて来ちゃくれねぇんだ。護衛を雇う金もねぇしな。あ、でもたまに、『ロア』さんていう、めちゃくちゃ強いおっちゃんと一緒になるときはあるぜ。サボテンでも昔からの常連だし、今は唯一の客だな」


「ロア……どっかで聞いたことがあるような」


 龍鬼は顎に手を当てて思い出そうとするも、直ぐに諦めた。


「へぇ、もしかしたら有名人なのかもな! それにこの間通りで憲兵に頭下げられてるの見かけたし、偉い人なのかも。砂漠で今日みたいに鱗人においらが襲われそうになった時も、助けてくれた時があったんだけど、本当に一瞬の出来事だったぜ! あ、あんちゃんも強かったけどなっ」


 取ってつけたように言うバンに、龍鬼は俺の方が強い、とむくれる。


「あーいうのってどうやるんだ?? 刀がぶわーって大きくなって、ズバーってあのデカブツを真っ二つにするなんて……」


 バンは龍鬼の腰に下げてある漆塗りの鞘に目をやる。よく見ると見たことも無い模様が掘られ、そこだけ青く光を放っているようにも見える。


 龍鬼は「持ってみるか?」と帯から鞘を外すと、バンは両手でそれを受け取る。


「――わっ」


 ずっしりと、細く長い見た目からは想像のできない質量に、思わず声が漏れた。


「そいつは、俺の師匠の刀だ。刀身が細く長いが、一切刃こぼれせず、折れることもない。頼りになる相棒だよ。あと、お前が見た俺の技も、師匠の十八番だ。が、どういう仕組みかは教えられねぇ。一子相伝ってやつだからな」


 ニカッと、龍鬼は歯を見せて笑う。バンはつまらなさそうに口を尖らせながら、手の刀を龍鬼に返した。


「それにしても、お前あんまり驚かねぇのな。大抵の奴らは俺の力を見たら龍人だのなんだの言ってどっか行っちまったりするのに」


「あー、この国じゃそういう力を使う奴らは沢山いるからな!」


「……なに」


 龍鬼は心底驚いたように目を丸くすると、続きを催促した。バンがさらにその先を説明しようと口を開けると――


 ぴょんっ


 と、龍鬼の顔面に灰色の物体が張り付く。


「うわっ、なんだこいつっ」


 無理やり剥がそうとすると、鋭い爪が頬を引っ掻き、三本の赤い線を作った。


「いいわ、その調子よ!」


 背後から、アキの声が聞こえる。


 ふさふさの毛が、龍鬼の鼻先をくすぐる。くしゃみが出そうになり、龍鬼はもう我慢ならんと、力を込めてそれを引き剥がした。


「みゃあ」


 目の前で、小さな灰色のそれは大きな水晶のような瞳でこちらを見ていた。


「あ、チビ!」


 龍鬼が離そうとすると、猫は彼の手を踏み台に再び顔に飛びつき、今度は龍鬼の右目の眼帯を目掛けて爪を伸ばす。


「この眼帯が気になるのか? いいぜやってみろ、お前が今日の晩飯だ」


「か、返してっ――」


 アキがひったくるように猫を抱き寄せると、捨て台詞のように「風呂が湧いたから入っちゃいなさいよ」と一言残してまたどこかへ走り去って行った。


「あいつ、本当は良い奴なのか……? いつの間にか風呂の用意もしてくれてたみてぇだし」


「アキは、生まれた時からこういう除け者みたいな扱いを受けて育っちまったから、人との付き合い方が不器用になっちまったんだ。たぶん、あんちゃんのこと気になって仕方ねぇんだとおもうよ。そうだ、さっきの話はアキに聞いた方が詳しく教えてくれると思うぜ。俺は馬鹿だから説明するの苦手なんだ」


「そうか」


 早く話が聞きたかったが、今は風呂と、腹の虫を落ち着かせるのが先だと思い、龍鬼は頷く。


「風呂はこっちだ。ここの風呂はこの国一番気持ちが良いんだぜ〜。チビに引っかかれた傷もすぐ治っちまうさ」



 龍鬼は、先程猫に引っかかれた頬を抑える。しかし、そこにあったはずの三本の赤い線はいつの間にか綺麗に消えて無くなっていた。

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