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龍の左眼  作者: りりすけ
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第5話 少年の苦悩

 そこは簡易的だが、しっかりとした木造りの小屋だった。大門から入ってくる人々が列をなし、それぞれ他国の通貨をモネ硬貨へと両替していく。


 両替屋は無精髭を生やした大男だった。その強面とは裏腹に気さくな笑顔を振りまき、手際よく作業をこなしている。


 やがて龍鬼の順が巡ってくる。


「ようこそ、アズマの国へ――ん? たしかお前はサボテンとこのせがれに拾われた奴じゃねえか?」


「なんだ、俺の事知ってるのか?」


「知ってるも何も……もう噂は広がってるよ。あいつが黒髪で長身の、眼帯を付けた男を拾ってきたってな。悪いことは言わねぇ、あいつに関わるのはやめとけ」


「あん? バンのことか?」


「ああ。あいつは、『裏切り者』の息子だからな。あいつの母親みてぇに、毒盛られかねねぇぜ」


「裏切り者……?」


「あいつの親父は、先の戦争でこの国を裏切って敵国に寝返ったんだ。そのせいで大勢が死んだ。そんなやつの息子なんだ、何されるか分からねぇよ。それに、娘の方も生意気で――」


「そうか。良くわかったよ。教えてくれてありがとうな。とりあえず、これ全部モネ通貨にしてくれ」


 龍鬼は男の言葉を遮るように、緑色の巾着をドンと机の上に落とす。


「これ、全部か……? すまん、こんな大金ここでは用意出来ねぇ。ざっと数えても五百万モネはくだらねぇぞ」


「じゃあ、ここで両替できる限界の金額でいい」


 男は足元から麻袋を取り出し、中身を確認してからドサッと龍鬼に見えるよう袋の口を大きく開く。


「二百三十万モネある。これが今出せる限界だ」


 龍鬼が頷くと、男はその分のルファ通貨を足元の、様々な色に色分けされた麻袋のうちのひとつに入れる。


 龍鬼は残ったルファ通貨を懐に仕舞わず、両替屋の厚い胸板に押し付けた。


「俺はあんまり金を使わない方だから、残ったこの金はあんたにやるよ。好きに使ってくれていい。その代わり――」


『次アイツらを悪く言ったら、ここを抉り出してやるからな』


 男の心臓を指で突き、耳元で囁く。


「なっ――」


 男が立ち上がろうとするのを、龍鬼は軽く肩を押さえつけ制する。びくともしない彼の腕の強さに、両替屋の男は諦めたように小さくうなづいた。


「よし。ついでに、次の客からこの国で一番の宿はサボテンだって宣伝してくれると助かる」


 にっこりと不敵な笑みを浮かべると、ポンポンと男の肩を叩きその場を後にした。


「なんなんだ、あいつは――!」



 両替屋からの帰り道、待っているはずのバンの姿が見当たらない。龍鬼は「おーい、終わったぞー、出てこいー」と声をあげるが、返事はない。仕方ない、先に戻るか。と再び歩き始めると、通りから外れた小道の奥から、聞き覚えのある声が小さくえづく声が聞こえた。


「おい、そこにいるのか?」


 通りからは死角になっており、龍鬼は暗く狭い道を体を横にして進んだ。


「オラッ、次は右腕だ!」


 そこには、子供にしてはガタイの良い少年と他四人が、組み敷くようにバンに馬乗りになり、手足を押さえつけ今にも右腕を折りそうな勢いでバンの肩を後ろに強く曲げていた。


「おい、お前ら何してんだ」


 その声にびくっと体を硬直させると、五人は龍鬼の方へ振り返る。


 龍鬼の長身から見下ろす威圧感と目つきの悪さに、五人は先程までの意地の悪そうな笑みから怯えた表情になり、いっせいに逃げ出そうとする。


「おいおい、お前ら」


 裏路地と通りをつなぐのは、龍鬼の背後にある小道一本のみ。彼らを逃がす訳もなく、龍鬼はがしっと子供らを捕まえ、乱暴に地面に投げ飛ばした。


「寄って集って何してんだ? ん?」


 ほか四人が怯えたまま固まっているなか、バンに馬乗りになっていた少年が龍鬼を睨みつける。


「余所者が口出すんじゃねぇ! これは、オレらとこいつの問題なんだよ!」


「ふーん」


 龍鬼はちらりとバンの方に目をやる。顔は数ヶ所殴られた痕があり、鼻からは血が垂れている。


「じゃあ、俺の命の恩人であるこいつに関係ある話なら俺も関係者だ。その問題に首を突っ込ませてもらおうか」


 龍鬼は少年の右腕を掴むと、簡単に背中に回して捻りあげる。


「がっ――」


 直ぐに手を離したが、少年は肩を抑えたまま痛みに悶えた。


「外しちゃいねぇよ。大袈裟なやつだな」


 龍鬼は冷たい目で一瞥をやると、もう一人の少年に手を伸ばす。


「ひっ――」


 少年が仰け反り尻もちを着いたその時、バンが龍鬼にしがみついた。


「あんちゃん! もういいよ! やめてくれ!」


 その隙に、五人はするりと龍鬼の隣をすり抜け一目散に逃げていく。


「……おいらが悪いんだ。あいつらの父ちゃんも、七年前の戦争で死んだんだ。戦争から帰ってきた一人が、おいらの父ちゃんが裏切って戦局が悪化したって。そのせいで……でも、おいらは信じられなくてっ……違う、父ちゃんはそんな人じゃないってみんなに言ったけどっ……みんな信じてくれなくてっ……」


「ならなんで抵抗しない」


「……」


「お前、親父さんを信じられなくなったんだな」


「……っ、だって! 仕方ないだろ……実際それを見たやつが居るんだ。もし本当なら、あいつらの怒りを向けられるのはしょうがないことなんだ」


 龍鬼は目に大粒の涙を浮かべ、しかしそれを零さまいと耐えるバンの額を軽く小突いた。


「いてっ」


「息子にとって親父っつーのは特別な存在だよな。そんで、道しるべだ。お前は本当に親父さんのこと疑ってるのか?」


 バンはぶんぶんと首を横に振る。


「なら、そう思う自分を信じろ」


「でも……」


「お前が見たっていう化物の話。その中に親父さんが居ると、そう思ってるんだろ」


 バンはその問いに小さく頷く。


「ちょうどいい。俺の勘が正しければ、それは俺がこの国に来た理由のひとつかもしれないからな。お前の親父さんの行方を俺が探ってやるよ」


「でも、どうやって……」


「その前に、だ。とりあえず、お前のその間抜け面なんとかしねえとな。帰って風呂! そんで飯だ!」


 龍鬼はゴシゴシとバンの鼻血を拭うと、わしゃわしゃと撫でる。


「そんでな……一言お前に言いたいんだが」


 龍鬼は神妙な面持ちで言う。


「帰り道がわからねぇんだわ」


「……しかたねぇな!」


 バンは龍鬼の手を掴み、来た時のようにグイグイと引っ張っていく。


 その手は小さく、しかし、逞しい力のようなものを龍鬼は感じた。

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