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龍の左眼  作者: りりすけ
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第3話 宿屋『サボテン』

 畳の部屋から出て少し歩くと廊下の突き当たりがあり、そこには他のものとは少し違う雰囲気の部屋があった。ほとんどが廊下と部屋を障子で仕切られているこの宿だが、そこだけは大層分厚い壁のようなもので隔離されているようだった。その壁の向こうから、大きく咳をする女性の苦しそうな息遣いが聞こえる。バンは「ちょっとここで待ってて」と、龍鬼に部屋の中が見えないよう、引き戸を開けるとすぐさま閉めた。


 しかし、龍鬼の目にはちらりと、肌に焼け爛れたような痕のある女性が、体を肘で支えながら枕元の桶に血の痰を吐き出しているのが見えた。「かぁちゃん、大丈夫?」と、小さな、今にも泣きそうなバンの声が聞こえる。


 龍鬼はその部屋に背を向け、ちょうど近くにあった柱に腕を組んで寄りかかった。そこから縁側の向こう、生垣に囲まれた庭は、毎日手入れがされているのか雑草一つ生えず、大きな池には数匹の、立派な模様をした鯉が優雅に泳いでいる。微かな夕焼けの光がそれらを淡く照らしているのを、龍鬼は遠い過去を懐かしむように眺めていた。


「悪いな、あんちゃん。こっちだ」


しばらくして部屋から出てきたバンは、顔は先程までと同じ元気な笑顔をしていたが、声には出会った時のような覇気は感じられなかった。


「ん。気にするな」


バンに着いて長い廊下を歩いているなか、龍鬼はあることに気づく。


「ここ、確かに良い宿だな。手入れが行き届いていて、畳の香りも良い。この羽織ものも、肌によく馴染む。

それなのに、何故こんなに客が少ねぇんだ? 部屋数はかなりのものだろう。見た感じ俺とお前、お前の母親以外の人気を感じねぇ」


「……こうなったのは、俺がまだ五つの時。アキが生まれてすぐの、七年前くらいだ。昔は、この宿がパンパンになるくらい大勢の客で毎日うるさいくらいだった。でも、七年前のあの日、隣国からの侵略に対する防衛戦に父ちゃんが駆り出された。まぁ、この国は元々いろんな国に目をつけられ安いから侵略もそれなりの数をされてきたけど、その度に『守護者様』が守ってくださってた」


「守護者サマ?」


「あぁ。あんちゃんも知ってるだろ? 『龍人様』だよ。龍と契約し特別な力を与えられた人間。この国では、守護龍『アカナワ様』がその力を人間に与え、与えられた人間は『守護者様』と呼ばれるんだ」


「ほぅ」


「でも七年前、守護者様が隣国の龍人から致命傷を負わされ、戦うことが出来なくなって、代わりにこの国の軍が戦ってたんだけど……龍人にかなうわけもなく、軍は壊滅、人手も足りなくなり、国の男達は徴兵されていった。その一人が父ちゃんだ」


 バンは立ち止まると、俯きながら話を続ける。


「父ちゃんは帰ってこなかった。俺はどうしても気になって、この国を囲む壁をよじ登って望遠鏡で戦線を覗いたんだ。父ちゃんはどこにもいなかった。父ちゃんだけじゃない、そこには、おいらの知ってる男達全員いなかった。そこに居たのは、この国の軍服を身につけた化物(ばけもん)だった」


 ふるふると、肩を震わせながら拳を握りしめるバン。


「その化物たちは敵味方関係なく襲い、間もなく戦争はアズマの勝利で終わった。

 数日後、国から父ちゃんの死を伝えられた母ちゃんはアキを産んですぐの、体も心もしんどい時にそんなことを聞いたから、元々体の弱い人だけど、本格的に弱っていった」


 ぽたぽたと、彼の足元に雫が零れる。


「母ちゃんがあの病気になったのは、それから少しあとのことだ。隣国の報復なのか、それともまた別の国の仕業なのかわからないけど、この国にやってきた商人の一人が持ち込んだ菓子に毒が練り込まれていたらしい。それを食べた奴らは一時の間ああなった。それでも、薬を飲んですぐに良くなったけど、母ちゃんにはその薬の効き目が薄くて、未だに苦しんでる。それを気持ち悪がって、誰もここには近づかなくなった」


「……そうか」


「一番許せないのは、その菓子を母ちゃんに食わせたのは、おいらだってことだ。見た目が華やかで珍しい菓子だったし、少しでも母ちゃんに喜んで欲しくて……おいら……」


 それ以上、バンは溢れる涙を止めることが出来ず、言葉も嗚咽に変わっていった。


「お前はよくやってるよ。お前の母さんだって、お前を恨んだりはしてないさ」


「そうかな……そうだといいな」


 バンは目元を拭うと、「あんちゃん、話聞いてくれてありがとうな」と笑った。


 彼が落ち着いたのを見て、龍鬼は彼の背を軽く叩く。


「さ、両替屋に案内してくれ」


「おう!」


 バンが涙に濡れた目元を拭っていると、少女の大声が二人の耳を貫いた。


「兄さんを虐めるなー!!」


「ごふぅっ」


 少女は龍鬼の腹目掛けて勢いよく頭突きを繰り出すと、腹を抑える龍鬼をぽかぽかと叩いた。


「こら、アキ!! やめろ!!」


 バンは少女の襟元を掴み、動きを制止する。


「こいつが……アキ?」


 龍鬼は屈んで、少女の顔を覗き見る。


 確かに、赤茶色のくせ毛や大きな目、輪郭はバンそっくりだ。


「あなたのおかげで今日はもう店じまいよ!! 金払え泥棒!!」


「アキ、龍鬼のあんちゃんはおいらの命の恩人だ。そんな口を聞くなら夜怖くなっても一緒に厠に行かないからな!」


「なっ……!」


 アキは顔を真っ赤にする。


「わかったわよ……。私は今から母さんに薬を届けに行くから、出掛けるなら戸締りちゃんとしていってよね」


 ぷりぷりと口をふくらませながら、アキは通り過ぎて行った。


「ごめんな、うるさいやつで……」


「元気で何よりだ」


 渡り廊下を過ぎると、天井の高い場所に出た。たくさんの机と椅子が並び、隅には大きな酒樽がいくつも並んでいる。


「ここはサボテンの自慢の酒場だ。宿とは雰囲気が違うが、そこそこ人気だったんだぜ。そこのカウンターで宿の受付とか色々やったりしてるんだ」


 しんと静まり返った酒場には埃一つなく、アキがせっせと拭き掃除をしている情景が目に浮かんだ。


「ここを出れば外だ」


 ガラガラと戸を開くと、そこには龍鬼が想像していなかった景色が広がっていた。


「言うのが遅れたけど、ようこそ、アズマの国へ」

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