第13話 龍とよばれるもの
「おまっ――なんてこと」
ガラン、と音を立てて地面に落とされたのは、龍鬼の相棒。
「貴様の刀、これにもその強さの秘密が隠されているのかと思ったが……とんだ検討違いだったな。ただの鈍とは」
呆然としている龍鬼の顔を見て、ソーマは先程とはうって変わり、勝ち誇ったように笑顔を見せる。
龍鬼は、はぁ、と短いため息を着きながら、刀身からぽっきり折れた刀に呼びかけた。
「おい、いつまで刀ごっこしてるつもりだ、出てこい」
「なにを言って――」
ソーマが足元を見ると、二つに分かれたそれはぶるぶると震えだし、青い光を零した。
光はすうっと龍鬼の隣へ移動すると、一瞬強い光を放ち、ソーマの目を眩ませる。
あまりの眩しさに手をかざしてそれを遮り、目を凝らす。
光がおさまると、そこには、小さな少年の姿があった。
「なっ……!」
彼の右目は、先程まで刀から溢れていた光を宿しており、対照的に、左目は黒く、影のように光を映さない。
少年は銀色の髪をふるふると、水に濡れた犬がするように頭を振り、その後、大きく背伸びをする。それにより、細く小さな体には大きい、紺色の着物の袖がずり落ち、彼の腕の肌を晒す。
そこには、一枚いちまいが薄く青に染まった綺麗な鱗が生えていた。
『ふぁーあ。この姿になるのは久しいな』
欠伸をしながら、彼は辺りをくるりと見渡した後、ソーマに目をやる。彼をじっと見据え、一言、幼い声音ながらも、どこか古い人間を思わせる口調で言い放つ。
『"欠片の子"か、哀れな』
悲しげに言うと、龍鬼の方を見上げる。
『あの分だと、そう長くは保たぬぞ。これ以上苦しませてやることは無い。一思いに殺してやらんのか、龍鬼よ』
「やっと見つけた〈 奴 〉の手がかりなんだ、そう簡単には殺さない。お前はさっさと戻れ」
『ふむ、あいわかった』
少年は頷き、目を閉じる。ゆらゆらと、彼の体の線が曖昧になると、青い光を纏い、完全に姿を消した。残った光の粒が、するすると龍鬼の左目に集まり、そこに青い光を灯す。
「なんなんださっきの子供は」
ソーマは、全身に鳥肌を感じていた。少年と目を合わせた時、その圧倒的な存在感に息が止まり、汗が吹き出る。それが「恐怖心」によるものだと彼が理解するのに、少し時間がかかった。
「『龍』の実体化を見るのは初めてか?」
龍鬼は、青白く炎を纏うように光る左目をソーマに向けたまま、右手の人差し指をくいっと曲げる。それに呼応するように、ソーマの足元に転がっている刀がひとりでに動き出し、吸い込まれるように龍鬼の手に収まった。
「龍の実体化だと……!?」
そんなものは、聞いたことがなかった。龍人に力を与えるという龍は、名を龍とするものの、その実は目に見えない「概念」のようなものに過ぎないのだと、昔から言い伝えられている。
「龍ってのは、本能を凝縮した思念みたいなもんだ。そして、奴らは体を欲している。己の欲望を満たすためには、俺らの世界に干渉する肉体が必要なんだ。例えば、腹が減っても飯を食う手が無けりゃ何も食えねぇし、口が無ければ飲み込めもしねぇ。まぁ、体が無いのに腹が減るなんて矛盾してるがな。こいつが言うには、まぁ、そういうことらしい」
龍鬼は左目の瞼をトントン、と叩く。
「人間側の世界に干渉するには、人間の肉体が都合が良い。奴らは自分の器となる人間を探す。その目印になるのが、人間が龍人になるきっかけと言われている、『強い願い』だ。欲望、願望、他にも色々言い方はあるだろうが、それに惹かれて龍は人間に接触する」
龍鬼は話しながら、左手で器用に折れた刀をくっつけるように持つ。折れたところに右手をかざすと、液体のように青い光彼の手から漏れ出し、何本もの線を形作る。それらは互いに絡まり合うと一本の糸を紡いだ。龍鬼はそれを折れた部分に縫いつけると、プツリと糸を切る。縫いつけられた糸は淡い光を放ちながら、傷を治すかのように、折れた刀を繋ぎ合わせ、完全に修復した。
「龍は人間から肉体を奪う代わりに、奪った物と同等の物を与える。俺の場合は特殊だから他の奴らと同じと一概には言えないが、例えばこの左目。こいつはさっきお前に見せた龍のものだ。
肉体を求めているのに目玉があるってのはおかしな話だが、龍の世界にはそれはそれで体があるらしい」
手の甲でコツコツ、と刀身を叩き、出来栄えを確認する。
「人間も、タダで肉体をくれてやるって訳にもいかない。そんなの、こっちからしたらなんの得にもならないからな。だが、龍と肉体を交換した際に、人間のそれを遥かに上回る力を手にすることが出来ることを知った。
話は逸れたが、そうして長い間様々な人間と"契約"を交わし、その結果、龍は念願の肉体を手に入れることが出来る」
そこまで話して、ふぅ、と龍鬼は一息つく。
「さっきの姿が、その念願の肉体というわけか。だがお前の話を聞く限りだと、もっと歪な形になるものだと思うが?」
「俺に聞くな、そんなの知るか。
さて、次はあんたに話してもらう番だぜ」
「何が聞きたい」
「お前をそんなふうに、中途半端な化け物の体にした奴のことだ」
「ふん、それこそ私の知ったことではない。興味もない。私が欲しいのは力だけだ。それに――」
知っていたとしても、お前になど教えるものか。
そう、言葉を続けようとしたが、彼の口から出たのは、大量の血しぶきだった。
「……どうやら時間が無いらしいな」
ソーマは吐き出した血に手をかざす。血溜まりが宙に浮かぶと、ボコボコと波打ちながら、次第に長く鋭利になっていく。
そうして出来上がったのは、彼の体の数倍はある、巨大な剣だった。