第12話 神器
「アキ、逃げろ」
「え?」
「いいから、走れ!」
龍鬼の声に、抜けていた体の力が戻っていく。アキは立ち上がり、目の前で自分を突き刺し、血を大量に垂れ流しながら蹲る殲滅隊の男から目を離して、大通りへと走り出す。
ソーマが突き刺した剣は、その胸を貫いていた。
胸と背中、両方から流れる血は、ジュクジュクという音を出しながら、蠢き出す。
「アカナワ様のお力は、血を操る力……守護者様の血を埋め込んだ結晶を体内で砕くことで、私達は一時的に守護者様と同じ力を手にする。剣はただの引き金として与えられたものにすぎない」
彼はゆっくりと、己の体を貫く剣を引き抜き、投げ捨てる。
ソーマから溢れた血は、彼の体を這うようにまとわりつき、やがて全身を繭のように覆い尽くした。
しばらく不規則にジュクジュクと脈打っていた血繭に、くぐもった衝撃音と共に、殻が割れるかのような亀裂が走る。
「煽った甲斐があったな……大当たりだ」
龍鬼は、繭の中から這い出てきたそれに向けて勢いよく突進すると、ここで初めて、殺意をもって刀を突き出す。
しかしそれは、あっけなく弾かれてしまった。
「――チッ」
舌打ちをすると、軽く後ろに跳んで距離を取る。
「可愛らしい見た目から、少しはいかつくなったじゃねぇか」
龍鬼の眼前には、体躯は同じものの、ソーマの面影は全くない、異形の者の姿があった。
灰青色だった髪は赤く変色し、そして異様に伸び、宙にふわふわと浮いている。比較的色白だった肌も赤褐色に変わり、所々皮膚が剥がれたような痕が残されている。指の爪は鋭利な刃物のように尖り、指よりも長いために爪同士が接触しカチャカチャと音を立てている。
中でも、特に目を引いたのが、その瞳だった。血走った大きな瞳からは、泡を吹くように血涙が垂れ流れている。視線は右左で全く違う方向を向いており、どこに注意を向けているのか検討もつかなかった。
ふと、彼は両の目を龍鬼に向ける。目が合った瞬間、龍鬼は腹部に強い衝撃を感じるのと共に、気づいたらアモネの木の幹まで吹き飛ばされていた。
「かはっ」
胃液とともに血を吐き出した龍鬼は、既に目の前まで迫っていたソーマの頭を鷲掴みにし、力いっぱい地面に叩きつける。石畳が割れ、土が抉れる。龍鬼は頭を上げないよう片手で押さえつけながら、もう片方の手で握っていた刀を彼の背中に突き立てる。そこから、まるで風船から空気が抜けるように勢いよく鮮血が噴き出した。
「――馬鹿め」
ギギギ、と押さえつける手に抵抗しながら、ソーマはニヤリと笑う。
次の瞬間、噴き出した血液が針状に変形し、一斉に龍鬼に向かって放たれた。
「やべっ」
龍鬼はソーマから手を離し、そこから飛び退く。頬を掠めはしたが、大した程ではない。
ソーマはゆらりと立ち上がると、背中に突き立てられた刀を煩わしそうに抜く。
ソーマは、手に持ったそれをじっと見つめる。
「……おい」
嫌な予感がした。
「なにするつもり――」
バキッ
龍鬼の目の前で、彼の相棒は真っ二つに折れた。