第10話 殲滅隊②
アキは、目の前で巻き起こる異様な光景に、尻もちをついて呆然とするしかなかった。
片や兄の命の恩人であり、片やこの国を守護する者。
龍鬼の方はどうだか分からないが、殲滅隊の男は明らかな殺意を載せた剣撃を、龍鬼に繰り出していた。
「なかなか、やるじゃねぇの」
「お褒めに預かりっ、光栄っ!」
ほぼ人間の視界に捉えることは不可能なくらいの速度で、二人は互いの剣を捌き合う。
攻めているのは殲滅隊の男の方だが、龍鬼はまだいくらか涼し気な顔をしているところを見ると、男の方が若干余裕を失いつつある。
アキはそれを見て、先程男が言った言葉を思い出す。
――あなたが如何にして大門の鈴鳴を通り抜けたかは分かりませんが――
鈴鳴とは、アキが知る限り、万が一他国からの龍人が国の門をくぐろうとした際、大きな音で知らせる警報機みたいなもの。
アキは、ロアが以前鈴鳴について言葉を零していたことを思い出す。
――あの鈴鳴っていうやつ、万能じゃないんだよね。もしアズマの国の者がよそから龍人を連れ込んだ場合、おそらく鳴らないと思うんだ――
どういう仕組みなのかは分からないが、彼女には思い当たる節があった。
「あのバカ兄さん、龍人を連れ込むなんてっ……!」
♢♢♢
バンは、テーブルのうえに広げられた、くたびれた羊皮紙に目を通す。血で書かれたかのか、文字は赤黒い。所々掠れて読めないところはあるが、そこには『もう戻れない、母さんとアキを頼んだ、お前は自慢の息子だ』とあった。
「……これだけ?」
バンは、遺書と言われたためもっと長い文章で書かれているものと思っていた。あまりにも短い、ほぼ一言のようなそれに、なんだか力が抜けてしまった。
「これが遺書っていうことは、やっぱり父ちゃんは死んだってこと?」
この遺書と言われた紙と、錆びた銀の認識票。たったこれだけが、父親の死を示しているのか。ほんとうに?
「……バン、これはあまり聞かせたくはない話なんだが」
バンが信じられない、という顔をしているところへ、ロアが口を開く。
「これを見つけたのは私だ。そして、これの傍には、亡骸もあった」
「――っ!」
「ただ、あまりにも原型を留めていない……肉塊だったんだ。人間のものか、獣か、また別のなにかか……それがジルだという保証は出来ない。ただ、この認識票……これはそいつの体に埋もれていた」
告げられた言葉は、バンにはあまりにも酷だった。
おいら、ちょっと厠に行ってくる。とバンは席を立つ。その頬には、涙が伝っていた。
ロアは追いかけるという無粋な真似はせず、残された遺書と認識票を眺めながら、昔のことを思い出す。
ジルという男は、この国ではちょっとした有名人だった。栗色の短髪を耳から少し上まで刈り上げ、切れ長の瞳は女達を惹き付ける。相当な遊び人であったが、結局は幼馴染のミヨという少女と結婚した。
実家はアズマの国で一番と名高いサボテンという宿を営み、ジルはそこの五代目として跡を継ぐ。
しかし彼にはもうひとつの顔があった。
それは、国の軍人であり、表立っては出来ないことを秘密裏に行う、王の私兵としての顔だった。
ジルは常々、ロアに嫁自慢と子供自慢をしていた。
人間、結婚をし子供を持つとこうも変わるものなのかと、そして、かつての自分もそうであったのかなと思ったのを覚えている。そして、彼がある日を境に家族の話を一切しなくなったことも。
「――イルド隊長っ!」
昔に思いを馳せていると、突然勢いよく扉が開かれる音と共に、自分より一回りほど若い男が入ってくる。顔を見ると、ただ事ではなさそうだった。
「……任務中以外にそう呼ぶなと言っているだろう。何があった」
「エメリッヒ副隊長が、龍人と思しき人物を追跡、現在戦闘中であります!」
「そうか、エメリッヒが見つけたか。 さて、お手並み拝見といこうか……龍と鬼を宿す者の力を」