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1.少女との出会い

「はぁ・・・。言いたくは無いけどさ。こんな成績じゃ君、今後この会社で務まらないよ。どうするの?」


上司から事務所に呼び出されて早々、開口一番に言われた言葉だった。俺は半ば諦めた表情を浮かべながらも、この場を回避するための言い訳をする。


「今月に関しては、申し訳ございませんでした。しかし来月には大きな受注が取れる案件を抱えておりますので、必ずや目標は達成します」


「へえ・・・。どんな案件?」


時代遅れな事務所の中で、上司から「ふー・・・」と吐き出されるタバコの香りが鼻に付く。俺は自分のクタクタになったスーツの袖を握りしめて言った。


「新庄2丁目の地主である、斉藤様宅のリフォーム案件です。全体的なリフォームを頼みたいということで、先日、現地調査とご要望伺いをしております。現在は概算での見積もりを出している段階です」


それを聞くや否や、上司は薄汚い顔をニヤつかせた。


「ほお・・・。それ、先月も同じようなこと言ってたねえ。それで君、結局は競合に取られちゃったじゃない」


「それは・・・」


「君、途中経過まではいつも立派なんだけどねえ、結果出せないんだよ。もう1年以上経つんだよ?この会社入って。いい加減自分自身でちゃーんと契約取ってくれるようにならないと困るんだよねえ。俺なんて会社入って2カ月で普通に目標超えてたぜ?入社して一回も目標に届かないとかちょっと、信じられないわ」


「・・・返す言葉もございません」


俺の言葉を聞くと、上司は目の前の机を強く叩き、たっぷりとしたニヤケ顔で言う。


「だよなあ。完全に給料泥棒だもんなあ。営業やってるんだから、数字取ってなんぼでしょ。何?車乗って、ドライブにでも一人行ってるわけ?ふざけるなよ」


「・・・」


「あーあ、また、黙っちゃった。そろそろ面白い返しでも期待したいんだけど。ほらほら、営業なんだから、喋らないと。・・・ま、その案件、頑張りなよ。期待してるからさ」


最後は俺の肩を叩き、さっさと居なくなれと言わんばかりに手を振った。


「・・・失礼します」


「おい、給料泥棒が帰るぞ。みんな見送ってやれ」


従業員のささやかな嘲笑の中、俺は事務所を後にした。



---------------------



俺は大学を卒業した後、特にやりたい事も無かったので、飲食店でアルバイトをしながら、なんとなくの生活を送っていた。実家暮らしはこれといった不自由も無いし、アルバイトで稼いでいたお金は自分の趣味にも使えた。そんな自由気ままな生活は3年に渡って続いた。


しかし、2年前、両親が事故で亡くなったことにより、事情が変わった。両親が死亡して初めて知ったのだが、実は父親に借金があり、死亡保険金と借金がほぼ同じくらいの額で、俺の手元にはほとんどお金が残らなかった。


つまり、働く必要があった。特に行きたいところもなかったので、一番入りやすく、かつ収入が良さそうな仕事は無いかと探した。そして、ある程度のストレスなどは覚悟して、リフォーム関係の営業職に就職したのだった。


会社に入ってみると、想像以上にストレスの溜まる職場だった。マニュアルなども無いまま、一日中マンションや戸建てに飛び込みをしてはリフォームを勧め、事務所に戻れば上司からのお叱りを受けた。中には住人に水をかけられたり、部屋に軟禁されたこともあった。何よりも辛いのが、俺には営業をする才能が無いことだ。業績の良い営業と悪い営業の扱いは天と地ほどの差がある。売れなければ売れないほど、精神的に追い込まれる構造になっていた。


だが、どこかに逃げ出す場所も無いし、帰る場所もない。精神的に参ってきて、転職しようという気力も無かった。


ただ、何も考えずに会社に向かうだけ。売れなかった時の言い訳を考えて、上司から叱責を浴びて給料をもらう仕事。そんな、どこか割り切った、人生を諦めた生活に慣れてしまっていた。



--------------------



事務所を出て、6畳間のアパートへと帰る途中、いつものように缶ビールをコンビニで何本か買って、店を出るとまずは1本、それをすぐに流し込んだ。

2年前まではあんなに苦かったのに、今では甘く、爽やかな喉越しが身体の隅から隅まで伝わる。どうしようもない日々に差し込んだ、ささやかな日常の楽しみになっていた。


「はぁー!今日もうざかった。売れないのは俺のせいじゃないし、お前らと会社が俺を育てないのが悪いし。ほんっと、理不尽だわ」


帰り道でこんな文句を言っている時が一番楽しい時間だ。職場では愚痴を言い合えるような仲間もいないし、車が通る道だったら声を出しても問題ない。こんな形でストレスを発散させて、ゆっくりと帰る。


さあ、新しい缶を開けよう。そう思った時、気づけば俺は家の前まで来ていた。考え事し過ぎたかな、それとも今日は酔いが早いか、などと思いながら、ドアを開けたその時だったーーー


フラッシュを焚かれたかのようなまばゆい光が差し込んだかと思うと、

「ドサッ」っと大きなものが6畳間に落とされたような音を感じた。


しばらく目が眩んでしまい、手で壁を感じながら部屋の中へ進む。やっと目が慣れてきた。誰かのイタズラか。だとしても誰が・・・。そんなことを考えながら部屋を見る。そして気づいた。




部屋の真ん中で、1人の少女が、裸のままぐったりと倒れていた。




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