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早朝、ジャックとアドリアーナがサリスに到着し、アイラや大樹達との合流地点になっているインスラへと向かった。
そこは工場に改造したインスラとはまた別のインスラであり、二人がサヴルム王国へと行く直前はほぼ廃墟と言っていいほど荒廃したものだったが、今は何故か全部屋に人が住んでいる。
ジャックはそこに住み始めた層の特徴で何があったのか一瞬で察した。
全員女性なのである。
(また、タイジュが人助けをしたのか…)
そう思いながら合流地点の部屋まで向かって行く。
部屋に入るとそこには大樹とベラが待機していた。
アドリアーナは部屋に入るなり、大樹とベラの方へと向かい、今回の旅であった事を報告していたが疲れが祟ってすぐに眠ってしまった。彼女としてはジャックの不審な点をそれとなく大樹に伝えようという意図があったのだが、肝心の彼は特にそれには気づいていない。
ジャックはアドリアーナが眠ってしまったのを見届けると、現在室内にいないアイラの行方を大樹に尋ねてみた。曰く、
「工場の方達の手伝いをしているみたいです。今日も二人が帰って来る前にアトモ・フィリオへと行きました」
との事だった。彼女はジャックの意図を読み取って、ルドルフォと共に以前頼んだ調査を進めてくれているらしい。
事は順調に進んでいる。
それを自分のミスでスピードダウンさせてしまうわけにはいかないので、ジャックは次に何をするのが良いかを考えた。
結果、武器売買の得意先の一つだった遊牧民達と会うのがいいだろうという結論に至った。
現在アドリアーナが眠っているため、彼を不審に思う者はおらず自由に行動する事ができる。そのため、会うための口実が見つからない遊牧民と会うためにはこの機会を見逃すわけにはいかないと判断した結果である。
ジャックは早速、
「俺も工場の仕事を手伝って来る」
と適当な理由をでっち上げてインスラから出て行き、町中に入り込んでいる遊牧民とコンタクトを取った。
遊牧民とは言ってもこの国にいる際はこの国の服装を着ている上に、全員が全員流暢なラヴィスヴィーパ語を話す事が出来るため簡単に見つける事は出来ないが、ジャックは彼等がこの町で拠点としている場所を全て把握しているため問題なく会う事が出来る。
その拠点のうちの一つに入ると、幸い彼の知人の遊牧民の青年イズチがそこにいたので、話はスムーズに進み、その日のうちに彼らの族長と会う事ができるというところまで話を取り付けた。
ジャックはそのイズチと共に彼らの拠点へと向かって行く。
アドリアーナが起きたのは彼がそこに到着した頃だった。
インスラの中を隅々まで探してもジャックの姿が確認出来ない事に彼女は相当焦り、大樹に
「ジャック何処に行ったか知らない!?」
と聞いたが、
「工場を手伝いに行きましたよ。アドリアーナも彼にだいぶ懐いたみたいですね」
と碌な反応が帰って来なかった。
彼女は大樹の『魅了』にかかっており、且つ、その事に彼女自身は気づいていないがこの時、
(あたしは何で大樹に好意を抱いているんだろう)
と、砂の粒程ではあるが疑問に思った。
遊牧民は定住地を持たず草原を気ままに彷徨う流浪の民という印象があるが、実際のところ季節によって同じルートを巡回しているだけだったり、木造の家を建てて定住し家畜の餌場だけを少しずつ変えて行くなどのスタイルを取っている民族もいる。
ジャックが今いるサカノ国は前者が多い。
彼が来ていたのはそのサカノ国の中でも比較的大きい集団で、そこの族長バッシブとは銃の売買を通じて知りあっていた。銃は狩猟用という名目だったが、イズチのような者をサリスへと侵入させていたところを見るとひょっとしたら昔自分達を撃退したラヴィスヴィーパ王国への積年の恨みを晴らす事を考えているのかもしれない。
因みにバッシブ自身は狩猟には弓使うのが伝統だと言って弓を使っているらしく、銃はあまり好きではないらしい。
ジャックはイズチに連れられて一際大きい幕舎の中へと案内されると、そこにいたバッシブは寝台で寝ていた。
「まだ外は明るいというのに寝ているという事は、何処か具合でも悪いのか?」
と、イズチに聞くと、
「いや、そんな事はないはずだ…俺がサリスに潜伏し始める四日前の時点ではかなり元気だったしな」
との事であった。
イズチがバッシブへと寄って、揺すり起こそうと試みるが起きる様子はない。
「困ったな、起きないぞ」
イズチが根を上げたので、ジャックは
「まぁ、無理に起こさなくても構わんさ。起きるまで待つとしよう」
と言って、その場に座り込んだ。
起きる様子がないまま数十分経過したその時、眠っていた突然バッシブは立ち上がり、
「来ていたのかジャック。それよりイズチ、狼の群れが来たようだから退治しに行くぞ。たぶん七頭いるから人手はもう一人くらいはいた方がいいな。良かったらジャックも手伝ってくれ」
と言い弓の準備を始めた。
が、特に外から狼が来た様な雰囲気は感じない。
「本当に狼なんているのか?」
とジャックはイズチに尋ねたところ、
「族長は羊の足音の振動の様子や、天候、チーズの出来の良し悪しなんかから草原の様々な事が分かるみたいなんだ。今回もその一つかもしれない」
との事であった。
ジャックは大樹の『魅了』の様な特殊な力なのかもしれないと思ったが、バッシブから、
「慣れればイズチ達もできると思うぞ。弓や馬を操る事と同じで技術の一種だからな」
と補足があった。
本当に的中しているかどうか気になったジャックは弓を借受けると、イズチと共にバッシブの後をついて行った。