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 サヴルム王国に到着するとジャック達は早速、水場へと赴いて水量の確認をした。

 そこには最早一週間を乗り切れるか乗り切れないか程度の水しか残っていない。その近くにいたジャック達と同じくラヴィスヴィーパ出身らしい男に話を聞いてみると、

「自分は雨乞いのために呼ばれた祈祷師なんだが、結局雨は降らなかった上に、水の確保が出来ないから故郷に帰る事も出来なくなる始末だ。雨が降ったら一生遊んで暮らせるほどの褒美が出るって聞いたから来てみたが、辞めときゃ良かったな…」

 との事であった。

 それらの事から、大至急水が必要である事は火を見るよりも明らかだったが、ジャックはその場では何もせず一度宿へと戻った。

 案の定、

「ケチケチせず、さっき水を出してあげれば良かったじゃん」

 と、彼はアドリアーナに言われた。

「目撃者を一定数集めていないと褒美とやらが貰えないだろう。一生遊んで暮らせる程はいらんが、それでもくれると言うのであれば貰っておいて損はないだろう」

 そう言うと、彼女は呆れたような視線を彼に飛ばして来た。

 彼の本当の狙いは褒美などではなく、王と会う機会を得る事だったが、この様子だと今回は彼女は彼が意図する事にはまだ気づいていないらしい。

「サリスでみんなに奢ってた懐の深さはどこに行ったの?」

「人は殺し合って水を獲得するのが古来からの伝統だ。それを今回は戦わず、それどころか破格の安さで提供しようと言うのだから、かなりの善行だと思うがね」

 そう言って、彼は荷物の中から画材を引っ張り出した。

「それどうするの?」

 と、彼女は彼に聞く。

「どうするって、絵を描くんだよ」

 そう言うと、彼は宿から枯れた湖の方へと向かって行った。彼女もそれを追うようにして宿を後にする。


 彼は湖に到着するなり、そこの絵を描き始めた。

 パレット、絵の具、画板、筆等は自前の物でどうにかなったが、水だけはどうしても用意できなかったので、魔法で空中に出してそれを使用している。

 描き始めて二十分程経った頃には、彼の周りには大人数のギャラリーが集まっていた。

 彼が描いている絵は、湖に水が溜まっている事を想定した物で、遠近感や水の透明感、湖面から飛び跳ねる魚を咥えて空へと飛び上がる鳥の力強さなどを表現したなかなかの物だったが、ギャラリーの目に映っているのはその絵ではなく、空中に浮いている筆洗いの水であった。

 周りを気にせず描き続けていると、

「そこの絵描き、少しいいか」

 と、ジャックは突然サヴルム語で話しかけられた。

 声のした方を向いて見ると、初老の男がそこにいた。

 周囲に兵士を連れているため、城の人間である事は間違いないだろう。

「何か?」

 ジャックはすっとぼけた様な顔をしながら答えた。彼は、武器商人をしていた頃にサヴルム語はマスターしているため問題無く会話できる。

「私と共に来てくれないだろうか。会わせたい方がいる」

 彼は、

「分かりました」

 とは簡単には言わずに、

「素性の知れぬ者について行こうとは思わんがね」

 と、やや高圧的な態度を取った。

「申し遅れた。私はサヴルム王国騎士団長バルミロ・マルチェントという者だ。そなたに城へ来て頂きたい」

 と、そのバルミロという騎士団長は言った。

 しかし、ここで掌を返した様にホイホイとついて行ってしまえば欲に目が眩んだ間抜けか、権力に尻尾を振る愚か者と見做されて軽く見られ、精々大臣程度としか面会が許されないであろう。頼まれて仕方なくついて行くという体裁を整える必要がある。

「俺は今絵を描いている。邪魔をすると言うのであれば、たとえ騎士団長殿と言えども容赦はせんぞ」

 と言って、ジャックは空中に人の丈程はあろうかという程の大きさの水の球を発生させた。

 すると、バルミロはその水を自在に操る事ができる能力を喉から手が出るほど欲しくなり、

「頼む。貴殿に王に会って貰わねばこの国の水がもう持たぬ」

 と言った。

「いいだろう。が、そこにいる俺の妹も同行させてよろしいか? ここに置いて行く訳にはいかんのでな」

「分かった。手厚く持て成そう」

 その後、ジャックとアドリアーナはバルミロに連れられて城の中へと案内された。アドリアーナも簡単な単語程度ならサヴルム語は理解できるため勝手に妹扱いされた事に気付いており、移動中ジャックに

「誰があなたの妹なんだよ」

 と機嫌が悪そうな声で耳打ちしたが、彼は

「悪かったな」

 と、苦笑しながら返した。


 ジャックは謁見の間に赴く前に、バルミロに

「アドリアーナを頼みましたぞ」

 と言って彼女の監視から逃れた。

 無論彼女も彼に同行する事を希望したが、この日初めて彼等に会うバルミロには、この少女がまだ年端もいかない子供にしか見えなかったため、

「兄上を困らせる物ではありませんぞ」

 と言って食堂へと連れて行ってしまった。

 これには彼女もどうすることもできず、

(駄目だ、駄々をこねる子供としか見られていない。これでも十五なのに)

 と、歯嚙みせざるを得なかった。

 一方、ジャックは予想外の幸運が舞い込んだ事を意外に思っていた。

 彼も一応バルミロに言ってはみたが、こうも上手くいくとは思っていなかったのである。

 彼が当初考えていた事は、今回の登城で兵士の顔をある程度覚えて、後日その兵士に賄賂を渡す事で、自分が王に謁見する際にアドリアーナを別室へと連れて行って貰う事を考えていた。

 しかし、今回の事で予定を前倒しにできる。

(何事も最後は運のようだな。俺は魔王の子孫だから運はあまり良くなさそうだとなんとなく思っていたが、あの小娘よりは良かったようだ)

 そんな事を思いつつ、バルミロから指示を受けた兵士に連れられて謁見の間へと足を踏み入れる。

 初めて見るサヴルム王国国王は枯れ果てた湖からは想像出来ない程、生命力に満ちているような顔貌をしていた。眼光は鋭く、蓄えられた髭は黒々としており、老齢に差し掛かっているであろうにもかかわらず筋骨隆々な肉体を持っている。

 その王に向けて兵士が、

「国王、水を操る魔法使い殿を連れて参りました。バルミロ様曰く、彼の魔法はアトモ・フィリオの風の神に匹敵し得るやもしれないとの事です」

 と言った。

 風の神というのは二百年前に海の向こうの大陸からアトモ・フィリオへと移り住んで来たと云われている神であり、魔法によって他国にあるダライという城郭都市を半壊させたという伝説が残っている。そのダライという都市は異大陸では無敵を誇っていた国にあったので、実は風の神ではなく戦神なのではないかとか、女神だと云われているが実は男なのではないか等の説があったが、言い伝えは資料に基づいた物ではなく口伝によるものであり、ダライにも破壊された痕跡は現在残っていないので正確な事はよくわかっていない。

 王はジャックがそれほどの魔法を使えるかもしれないと知っても特に表情を変える事なく、

「この国の国王をしているアルムルクと申す。早速で申し訳ないのだが、そなたの魔法であの湖を水で満たす事は可能だろうか?」

 と尋ねた。

 ジャックは珍しく、

「かなり大きな湖なので三日はかかると思いますが、おそらく問題ないと思います。しかし、代わりと言っては何ですが僭越ながら私の頼みを聞いていただけますか。王にとっても悪い話ではないと思いますので」

 と丁寧に返す。

 しかし、彼を案内して来た兵士は彼の返答があまり気に入らなかったらしく、不機嫌そうな顔をしている。

 それを王が、

「何という顔をしているのだマーク」

 と咎めつつ、

「魔法使い殿、この国はあまり裕福ではないが、水を出してくれればできる限りの恩は返す。恩を返すと私が言ったという事を書面に書いてそなたに渡してもいい。この国を枯渇から救ってくれないだろうか」

 と、言った。どんどん声から覇気が失われていくところをみると、アルムルクは見た目に反して存外疲れ切っているのかもしれない。

「それならば、この後早速取り掛かりましょう。その代わり、不躾ながら今この場で私の頼みというものを申し上げてもよろしいでしょうか」

「構わない、申してみよ」

 と、アルムルクは答えざるを得ない。

 しかし、

「はい、私は近々ラヴィスヴィーパ王国で反乱を起こす事を考えておりまして、その協力を得たいと考えております。今のところ準備はまだアトモ・フィリオの治安を悪化させて、外から攻めやすい状況を作っている途中ですが、数ヶ月後には全て完了する予定です。協力の末、勝利する事が出来れば貴国に物資が流れやすいようにする事も可能だと思いますが如何でしょうか」

 と、ジャックは勝算があるのか無いのかをやや暈して言ったため、アルムルクは承諾すべきか否か一瞬判断しかねた。

(損得関係無い関係を築く事ができるかどうかを確認しようとしているだけなのか? それとも勝算が無いという事を意図的に隠さなければならない程追い詰められているのか?)

 と彼は悩んだが、サヴルム王国はこのまま何も変わらなければ滅び行く国である事は明々白々なので、物資が流れやすくなるという一言には魅力を感じた事も事実である。さらに、風の噂でラヴィスヴィーパ国王レックス・ノスアーティクルは稀代の無能であると聞き及んでいるためそこまで分が悪い賭けではないのかもしれない。

 そのため、

「分かった、要請があれば兵をそちらへ送る事ができるようにしておこう」

 と言って、その旨を大臣に紙に書かせ、それをジャックに渡した。

 ジャックは出来ればアルムルクの直筆の書面の方が良かったが、これでも充分な効力はあるはずなので、

「感謝いたします。それと、この事は是非、私と王と大臣とマーク殿だけの秘密でお願いします」

 と言ってそこを退出した。

 謁見の間から退出し、一階へと降りるとアドリアーナとバルミロがいた。

「それで、湖を復活させて頂けるのか?」

 と、早速バルミロが彼に尋ねてくる。

「ああ、早速今から行く」

 と彼が答えるとバルミロの声色が急に明るくなり

「そうか、では私も同行しよう」

 と言って二人より足早に湖へと向かって行く。

 それを追うようにジャックと、アドリアーナは歩いて行く。

 道中、彼女は彼に

「王様と変な約束していないでしょうね」

 と聞いた。

「世間話をしただけだ。それと、見てわかると思うが褒美も貰っていない」

 そう言ったが、懐に隠してある書簡が褒美と言えば褒美だろう。

 その後、湖に到着すると以前魔物との戦闘で見せた、山以上に大きな水の塊を出して枯渇した湖の中へとそれを入れる。

 その後、二日使って湖を水で満たした後、ジャックとアドリアーナはサリスへと戻って行った。

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