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その数日後にはサリスへと到着した。
ここは、アトモ・フィリオに到着した交易品を陸路に乗せて大陸中へと行き渡らせる事を主目的として約三百年前に置かれた都市であり、自然、この町からは大陸の各地へと道路が伸びている。
この国で蒸気船が開発不能になってからは船による貿易が少なくなり、この都市も人口をアトモ・フィリオに吸われて廃れ始めているが、それでもポテンシャルは国内でも高い都市であろう。
ジャックは以前ここに住んでいた際に武具の生産と卸売を行なっており、その際に作った企業がまだ稼働しているため、一行はまずそこへと向かった。
アイラは以前そこを見た事があったため何の感想も浮かばなかったが、ベラとアドリアーナはその建物の大きさに驚いた。インスラと呼ばれるアパートを改造して一棟丸々と使っていたため無理もないだろう。
ただ、大樹は元いた世界で高層建築を飽きる程見ていたため、アイラと同じく特に何も感じなかった。
そのインスラの中へと一行が入ると、
「ジャックじゃないか。久しぶりだな、何年振りだ?」
と、一人の奴隷が気づいて彼に近寄ってきた。
その他、周りにいた奴隷達も徐々に彼の方へと集まってくる。
「久しぶりだな、みんな変わりなくて何よりだ。ところで、ルドルフォと話がしたいんだがいるか?」
ジャックがそう言うと、
「ここにいるよ。久しぶりだね、ジャック」
と、少し小柄な男が彼の前へと出てきた。
彼、ルドルフォ・コロナーロはジャックが村に戻って以降、この工場の指揮を執っている人物である。
その後、ルドルフォ以外の工場にいた人間にジャックは持ってきていた金を渡し、飲食店へと行かせて、ルドルフォと二人きりで話す事が出来る場を整えた。
アイラ、大樹、アドリアーナ、ベラにも二人で話したいと言って席を外して貰っている。三人に席を外させたのは、これから聞かれては困る話をするためだったが、アイラにも席を外させた理由は、自分が良からぬ事を企んでいると三人に怪しまれないようにするための配慮である。
アドリアーナには例の如く怪しまれたが、
「久しぶりに会ったから本当に軽く話をするだけだ。十五分くらいしたら俺もルドルフォと共に食事を取りにそちらへと向かう。タイジュ、アドリアーナとベラを頼む」
と言って、大樹を使って無理矢理引き離した。
しかし、彼女はジャックがアイラにも席を外させた意図を読んでいるらしく、大樹に連れられて退出はしたものの納得した顔はしていない。
「あまり君に懐いてはいないみたいだね…」
「ああ、あれは河豚の毒だ」
そういったやりとりの後、二人は応接室へと移動した。
「さて、単刀直入に言うとアトモ・フィリオの奴隷達に武器をばら撒いて貰いたい。無論、ばら撒く武器は粗悪品で構わない」
移動するなりジャックはルドルフォにそう言った。
「君も変な事を考える癖は治っていないようだね。それで、何故そんな事を?」
ルドルフォもジャックが魔王の末裔である事は知っているため、何となく察しがついていたが、とりあえず尋ねてみた。
「現国王を倒したくなったんだ。奴には特に悪い印象はなく、むしろ、民度の低いアトモ・フィリオの民衆の手綱を上手く操作していると思っているが、奴より適任な者を見つけた」
「さっき君と一緒にいた男か。君の言葉を借りるなら、河豚に該当するのが彼なんだろ?」
「ああ、奴には魔法以外に大した事は出来ないが、カリスマ性だけは化物じみている。最早、他者を洗脳して自分の周囲に集めていると誤解されても不思議ではない程だ。そのカリスマ性を利用すれば、国王が行なっている政では中々動かない民衆も簡単に動かす事ができるだろう」
「君はラヴィスヴィーパを乗っ取るつもりなのか?」
ルドルフォは少し気持ちを高揚させ始めていた。
身内が出世すれば自身の工場の規模拡大の足掛かりになる上に、新体制が樹立した直後は治安が不安定になりがちなので武具の需要も増えるはずである。
「少し前まではただ何となく王を倒したいと思っていただけだったが、国を乗っ取るってのもいいかもしれないな。とりわけ、この国の没落っぷりは他国よりも数段上だから、盛り立てて行くのも楽しいかもしれない」
ジャックは方便を混ぜつつ言った。彼は新しく王になる気などさらさらない。
ただ、全部が全部ルドルフォをその気にさせるためだけの発言ではなく、国を乗っ取って裏で操る事に少し興味が湧いた事は事実だったが、飽きたら国を捨てるつもりでもあった。
「分かった、そういう事なら君に協力しよう。しかし、奴隷の中には主人から人材として扱われている者もいるが、そういう連中は向こうに内通するのではないか? それと、そうでない主人達も奴隷が武器を持ち始めたらそれを取り上げようとするだろう」
「だから、奴隷の中でも優遇されている者達は対象外だ。お前達とアイラで評判の悪い主人の調査をして、そこで雇われている奴隷に武器を流してくれ。アトモ・フィリオにも莫大な数の空き家があるから武器はそこに隠すように言っておけば大丈夫だろう」
「それにしても、本当に武器を配っただけで仲間に引き込む事ができるのか?」
「いや、これは仲間に引き込む事が目的ではなく、奴隷の意識を変える事が主な目的だ。通常奴隷は武器を持っていないから、絶望した場合殺人のエネルギーが内側に向かいがちになる。それを武器を持たせる事によって外側へと向かいやすくして、何かきっかけがあれば一気に治安が悪くなるような土壌を作る。治安が悪くなれば、王城にいる騎士団もそちらにも対応せざるを得なくなるから、そこを一気に外から攻め落とすというのが一連の流れになる。この国が最強の国と云われていたのは遠い昔だから、こんな簡単な作戦でも勝つ事は可能だろう」
『殺人のエネルギー』についての話はやや確実性に欠ける気がしないでもなかったが、ジャックの言葉には力があり、何故か失敗する気がしなかったので、ルドルフォは
「君が勝てると言ったら本当に勝てる気がするな。もしも、本当に王になった時はこの工場の事もよろしく頼むよ」
と言った。
二人は話がまとまると、工場から大樹達や工場で仕事をしている奴隷達がいる飲食店へと向かって行った。
道中、二人はお互いに悪代官と悪徳商人のような顔をしている事に気づき、指摘しあったので、飲食店にはいつもの表情で入店している。