5
ジャックは早速、自分の魔力をドラゴンの体内へと侵入させるべく目や鼻、口などの粘膜と思われる部分を狙って、水魔法を放った。
それはさながら地面から上空へと向かって昇っていく雨のように、無数にドラゴンへと向かっていく。これらの内の一発が、口の中にでも入ればドラゴンの体内の水分にもジャックの魔力を徐々に浸透させる事ができるようになり、勝利を収める事ができる。
一応、水滴一粒一粒が小さいため、相手の体に魔力を浸透させ切るまでにかなりの時間を要するという短所もあるが、確実に勝つ為の布石を打つ事ができるというメリットは大きいだろう。
しかし、一発一発が小さいため、翼をはためかせて吹き飛ばされた。
(流石にそう上手くはいかんか)
仕方なく戦法を変更し、ドラゴンの体躯よりやや大きいであろう水の球を発生させ、それを相手目掛けて飛ばした。
ドラゴンはこれも熱線で迎撃し、相殺した。
が、ジャックは直前に球を二つに分離させており、蒸発させられたダミーの後ろに隠していた本命の方の球をドラゴンへと再度向かわせる。
しかし、
「なかなかやる。が、甘い」
と、ドラゴンはそれも火炎放射で蒸発させてしまった。
「サービス期間は終わりだ。今度はこちらからいくぞ」
ドラゴンはそう言うと、熱線、火炎放射、爪、尻尾等を使ってジャックへと攻撃を開始した。
熱線と火炎放射は水魔法で相殺が可能だが、爪と尻尾まではそうはいかない。
それらも一応、水で壁を作る事によって衝撃を和らげる事は出来たが、完全に消す事は出来ない為、ジャックは剣を使って受け流した。
ただ、尻尾による攻撃だけは水でも剣でも防ぎ切れない程の攻撃力があった為、着実にダメージは蓄積されて行く。終いには、尻尾の薙ぎ払いをもろに受けて、建物の壁に叩きつけられた。
「ジャック!」
隠れている二人が声を挙げるが、彼は
「大丈夫だ、気にするな」
と、冷静に返しながら再び立ち上がる。しかし、かなり酷い流血をしているため、傍から見たらどう考えても大丈夫ではない。
すると、案の定
「どこが大丈夫なんだよ」
と、火炎を吐きながらドラゴンは彼に急接近してきた。
彼は先程よりはやや厚めに水の壁を展開し、それを防ぐ。
厚めに出していた為か水の壁は蒸発しきらないが、次に来るであろう爪の攻撃を防ぐほどの厚みは無くなっている。
その程度の事は分かっているジャックはその展開していた水を細く、凄まじく勢いのある水流として接近してくるドラゴンの方へと放った。
ドラゴンは回避行動を取ろうとするが、水流のスピードが速すぎて回避仕切れず腕を貫かれる。
ジャックはすぐさま、貫いた箇所から自分の魔力を敵の体内の水分へと浸透させて行くが、その感覚にドラゴンは気づいたのか、自ら腕を切り落としてしまった。
「驚いたな。体内の水を俺に掴まれて行く感覚に気づいたのか」
「驚いたのは俺の方だ。が、今の技は見切った。もう効かんぞ」
「どうかな? 俺が使える技の中では最も速い内の一つだから、相当躱しにくいはずだがね」
ジャックは再度、水の壁を発生させつつ水流の矢を放つがドラゴンは本当にその技の対策を思いついていたらしく、動き回りつつ炎でそれらを蒸発させた。
水流の矢はまっすぐにしか飛ばす事が出来ないので、確かに動いてさえいればあまり当たる事はない。
「これも躱したか、それならばこれはどうだ?」
ジャックはそう言うと、今度は大量の水をドラゴンへと向けて噴射した。
が、彼と同程度かそれ以上の魔力を持っているドラゴンにとってそれを相殺する事など容易く、熱線で押し返してきた。
炎に対して水なので相性自体は悪くないはずである。
しかし、相手の火力が強すぎるのか、ジャックの魔力の減りが早いのかは分からないが、彼の水魔法は徐々に力負けし始める。
純粋な魔法の威力では勝てないと踏んだジャックは早々に鍔迫り合いを止めると、地面へと水を噴射し、その勢いを利用して、迫合いに勝って彼へと接近してくる熱線から逃れた。
ただ、彼はその後は次の手を打たず、そのままそこで佇立した。
「どうした、もう打つ手が無くなって諦めたのか?」
ドラゴンはそうジャックへと尋ねる。
声色から察するに既に勝った気でいるらしい。
しかし、隠れているアドリアーナとベラには彼が負けるとはどういう訳か思えなかった。
そもそも彼はまだかなり余裕があるような表情をしているため、とても追い詰められたようには見えない。
「死ぬ前に一つ聞いていいか?」
と、その表情のままジャックは逆にドラゴンへと聞き返す。
「まぁ、聞くだけ聞いてやろう」
「お前は炎を口から出す前には必ず周囲の空気を吸い込んでいるな。それに関する事なんだが…」
ここで彼は少し溜め、
「蒸発させた俺の魔法を自分が今までどれくらい吸い込んでいたか分かるか?」
と言った。
次の瞬間からドラゴンは急に翼を動かす事ができなくなり地面へと落下する。
さらにジャックは、
「『死ぬ前』と言ったがどちらが死ぬか言うのを失念していた。あれはお前の事を言ったんだ。言葉足らずの詫びに何が起こったか説明してやろう」
と前置きをすると、
「少量の魔力を徐々に浸透させていてはお前に気づかれて対策されてしまうのでな。充分な魔力がお前の体内へと入るまでわざと俺の技を蒸発させていたんだ。お前が蒸発していた水魔法を呼吸によって取り入れた事で、俺の魔力はさっき消しとばされた水の球を発生させる事が出来るくらいにはお前の中へと侵入している。それだけあれば一気に体内の隅々まで毒のように侵食させて体の自由を奪う事ができる」
と言った。
彼が発言している最中もドラゴンは必死に体を起こそうとするが、既に操られている為か立つ事は出来ない。
「さっき切った腕があれば立てるかな?」
と言ってジャックはドラゴンの腕の切り口から、水で出来た腕を生やしてやった。
その挑発によってドラゴンは怒りを目に浮かべ、ジャックを焼き殺そうと炎を吐こうとする。
が、彼は炎を生み出す器官を既に探り当てて水魔法で塞いでいたため、ドラゴンは逆に自分の炎によって爆散してしまった。
その、燃え盛るドラゴンの死骸を背にジャックは隠れている二人のところへと向かい、
「大丈夫だったか?」
と声をかけた。
ベラはドラゴンへの恐怖に怯えて他の事を考える余裕がなかったからか、泣き噦りながらジャックヘ飛び込んできたが、アドリアーナは彼が行った挑発の趣味の悪さにドン引きしていた。
「なんて顔しているんだ、助かったから問題ないだろう…」
呆れたような目を向けてくる彼女に対してそう言うが、彼女は特に返事をしない。
その代わりにベラが、
「何でこの前の大きい水の塊を使わなかったの? あれならすぐに勝てたんじゃないの?」
と、質問してきた。
「あの竜は、俺と同じかそれ以上に魔力があったからあれを出しても対策を取られていたさ。あれを使った場合、俺は水を出して落下させるだけで殆どの魔力を使い切ってしまうから、蒸発させられても今回のように相手を操る事は出来ない。正直、今の戦いも向こうが俺を舐めてかかって来なければ下手したら負けていたかもな」
とジャックが説明すると、彼女は身ぶるいした。
『下手したら負けていた』という一言が効いたらしい。
「ともあれ、食料は確保できた。しかもご丁寧に既に焼いてある状態だしな」
冗談のつもりでジャックはそう言ったが、
「えっ、これ食べるの?」
とアドリアーナは少し本気にしてしまった。
目の前で焼け死んでいるドラゴンは本来なら中規模の都市を一体で壊滅させる事ができるほどの力を持っているはずである。
それを一人で倒してしまった目の前の男が、彼女には悪鬼にしか見えなかったため、どうしても竜を食らうくらいの事はするように思ってしまう。
大樹もジャックに匹敵するくらいの力を持っているが、彼とは明らかに纏っている雰囲気が違っていた。
数十分後、アイラが川魚と山菜を持って廃村へと戻り、その後、大樹が周囲に山賊や魔物はいなかったという報告を持って戻って来た。
彼は村でドラゴンの死骸を確認し、
「僕の目は節穴だったのかもしれない」
と気を落としていたが、
「まぁ、確かに村の中は周囲ではないし、何より全員無事なんだからそう気を落とすな」
と、ジャックは彼を励ました。
その行為は、より良い関係を築いて損はないだろうという思惑からのものだったが、当然、アドリアーナからの疑惑の目を和らげるためという裏の事情も含んでいる。