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大樹達がヒースコートと戦っている頃には既にジャックは天守へと侵入していた。
アイラから渡された地図を頼りに、まずは武器が置いてある部屋へと赴いて槍を入手し、折れてしまった剣を新しい物へと取り替えると、そのまま王がいるであろう玉座へと向かって行った。
城内では、怪我のためヒースコートと共に出撃できなかった騎士達が見回りを行なっており、ジャックはそれに何度か出くわして攻撃を受けたが、その度に槍で突き殺したり、粘膜から水魔法を侵入させて相手の体内の水分に自分の魔力を行き渡らせた後、相手の水分を強制的に根こそぎ体外に排出してしまうという方法で倒して行った。
その敵の体の水分で作った水の球を傍らに携えながら、徐々に玉座の間へと近づいて行く。
そこの扉を蹴破り中に入ると、国王レックス・ノスアーティクルが玉座に腰を掛けていた。
「とうとうここまで来たのか」
そうレックスはジャックへと話しかける。
彼の年齢はジャックよりも少し年上くらいであり、まだ充分若いはずだったが、目に生気は無く声は力を失っていた。
(哀れだな…)
そう思いつつ、
「ああ、その場所を黙って渡せ、お前より王に適任な奴を連れて来た。そいつが持つ他者を洗脳する能力を使えばお前の善政よりは上手く国民を動かす事が可能なはずだ。大人しく玉座を明け渡せば、お前の命だけは助けてやろう」
とジャックは返す。
相手に魅力的な条件を出して命乞いをさせ、条件を呑んだとしても殺すというのはデウマルム家の伝統ではあったが、ジャックはこの時それを忘れており、大人しく退くのであれば本当にレックスを死んだ事にして国外に逃してやろうと考えていた。それは、紛争の火種を残しておけば武器の売買などで後々儲かるかもしれないなどという黒い目論見によるものではなく、完全に情けをかけた結果である。
「いや、心遣いは嬉しいが戦うさ。ノスアーティクル家の方針がもうこの国に合わなくなって来ているのは私も重々承知している。ならば、私の死を新しい国の幕開けの合図にするのもまたいいかもしれない。ただ、私も全力で戦う。倒されるべき魔王は強い方が大衆の印象に残るだろう。大衆の憎しみを私へ向ければ、自然と次の国主への信頼は高くなるはずだ」
レックスはそう言うと傍らに立てかけてあった剣を引き抜いた。彼の家系が強力な火の魔法を使うということは百四十年程前から国民に知られているため、熱線で城の壁でも突き破れば確かに本気で戦っているということはまだアトモ・フィリオにいる人間や、そこから脱出している人間には伝わるだろう。
「馬鹿を言え、善良な王を片付けようと言うのだから魔王は俺、ジャック・デウマルムだろ」
ジャックも傍に浮かせてある水の球からいつでも攻撃を繰り出せるように準備をする。
「デウマルムか、本当にかつての魔王の一族だな。ならば、その旧魔王をこの新魔王が倒してくれよう」
と言って、先に攻撃を仕掛けたのはレックスだった。
彼は無詠唱で巨大な火の玉を発生させてそれをジャック目掛けて放って来たのである。
ジャックは傍に浮かせていた水の球をそれにぶつけて相殺しようと試みるが、事前に結構な魔力を消費しているからか、力負けしてそれは蒸発させられてしまった。
止むを得ず、横に飛んで火の玉を回避する。
(強いな…)
ジャックは滅多に他人を高評価しないが、この時は心からそう思った。
しかし、今回の場合はジンクスの問題もあるかもしれない。
ノスアーティクル家では代々、魔王を滅ぼした女王が治めていたカストゥルム国の魔法使いの家系から妃を貰う事と、その女王の仲間にいた最強の剣士の出身地であるエクヲアウルム共和国の剣術を何かしら学ぶ事が伝統となっている。
つまり、対魔王に長じた家系と言えた。
特に魔力については数代に渡って積み重ねられてきているため、莫大なものを持っており、それは、凄まじい魔力を持って移転して来る異世界人にも引けを取らない程のものである。
(何時ぞやのドラゴンみたく、魔力を混ぜた水蒸気を吸わせるという作戦は使えないな。向こうは近づいて来ないし、俺も下手に近寄れないから届かん)
そう考えると、ジャックは水蒸気と混ざって空気中に漂っている自分の魔力を解き、代わりに鉄すら切断する程の勢いで水を噴射した。
が、少し外した。
レックスは炎の光と熱を操作して陽炎の見せ方を変える事ができ、それがジャックに位置を誤認させたためである。
それからも同じ技を数発放つが、一度見た技がレックスに通じる事はなく炎の壁によって阻まれた。
その炎の壁から火炎が放射されたのでジャックも水の壁を作ってそれを防ぐ。
(小技しか使って来ないところをみると、かなり消耗しているらしいな。力押しで勝てるかもしれん)
そう考えたレックスは、
「小技が好きなのか? それとも消耗しているのか? まあいい、どちらにしろこれで分かる事だ」
と言うと、直後にジャックに向けて巨大な熱線を放った。
(これは本気で返さざるを得ない)
ジャックは咄嗟にそう思うと、自分が使用可能な水をほぼ使い切る勢いで放出し熱線とぶつける。
しかし、やはり威力が足りず徐々に押し返され始めた。
「魔法で俺が負けるのか…」
ジャックは少し焦り始めたが、まだ、負けたわけではない。
熱線の相殺に使っている水を一部地面へ向けて放出する事に回し、床をくり抜き始める。
しかし、その事によってやや熱線の勢いが増した。
(間に合うか?)
数秒後、熱線は天守の壁を貫き、遠くにある山を破壊して消えて行った。
レックスは上がった息を整えながら、周囲の状況を確認した。
熱線のせいで壁はもちろん、天井や床にも穴が空いているところがある。が、彼は下の階にまだ使用人や怪我をした騎士団のメンバーがいるかもしれないという事を忘れておらず、天守が崩れないように配慮して撃っているため、倒壊する心配はないだろう。
ジャックは玉座の間からは消えているが死んでいるかはわからない。
(あれ程の男だから生きていても不思議ではなさそうだ。だとしたら、下の階に逃げたのかもしれんな)
その場合、玉座の近くにいた場合狙い撃ちにされる可能性があるので一旦そこから離れた。
が、彼は玉座だけでは無く、彼がいる階ごと下に落とされた。
柱を切断されたらしい。
レックスは支えを失って上から落下してくる天井を熱線で破壊して、生き埋めになる事は防ぐも、自身は玉座の間ごと一つ下の階に落ちて、背中を強打した。
痛みに耐えつつ立ち上がると、ジャックはそこにおり、
「よく、建物が倒壊しないもんだな。俺は天守全体を崩しての相打ちってのを目論んで、柱を切断したんだが、これではあてが外れた。が、それでもワンフロア落下した衝撃だけあって相当なダメージが建物にはあったようだが」
と、レックスに言った。彼の話し方からはまだ余裕を感じるが、流石に疲弊しているのか少々息を切らしており、所々出血もしている。
「何にせよジャック、君の負けだ。私はまだもう一発くらいは熱線が放てるが、市街で戦って来た君はもう魔力がないはずだ。君を倒したとしても私は君の仲間にやられるだろうが、もう少し悪の王でいさせてもらうよ」
レックスはそう言い、ジャックに向けて熱線を放とうとするが、
「確かに、柱を切断する際に使った水流のカッターと落ちてくる天井から身を守る際に使った魔法で俺の魔力は尽きたが、まだお前が勝ったかどうかはわからんぞ。この階から熱線を放った場合、お前の魔法は町にあるインスラを数棟破壊するだろう。人がまだ住んでいるかもしれないが、本当に撃つのか? 王様」
と、ジャックは悪どい微笑を浮かべながら言った。
ただ、余裕ぶってはいるものの、この時彼は内心生きた心地がしなかった。
レックスは最後の役目として、新しい時代の糧としてもらうべく多大な悪名を残そうとしている。善政を敷いている平時ならともかく、今は民衆など気にせずに魔法を放つ可能性が高いだろう。実際、レックスはこの階から熱線を放った場合いくつかのインスラに直撃する事を心得ており、それを承知で今まさに放とうとしているので、かなり分が悪い賭けだった。
(知ったことかなどと言われて撃たれてしまえば俺はそれまでだがどうだ…)
緊張を顔には出さないが、次第に心臓の鼓動が早くなっていく。
結果的にレックスは熱線を放たなかった。
それどころか彼は、下の階に残っているかもしれない使用人達の身を案じて、天守を崩壊させる恐れがある炎の魔法をこの戦いにおいて一切使わない事に決めた。
(ダメだ、熱線の威力を見せて民衆を脅す事は出来ても流石に直接は手が出せん。それにしてもこの男、よくここまで注意深く本当の私を調べ上げたものだ。巷で私は民衆を大切にしない愚物やら、稀代の無能と呼ばれていて情報が入手し難くなっているというのに)
レックスは唸ったが、有利ではなくなってしまったため感心している場合ではない。
他に手がないので仕方なく剣を八相に構え、ジャックへと向かって行く。
ジャックは槍をレックスの頭目掛けて振り下ろすが、彼は体捌きでそれを躱し、その後に繰り出された横薙ぎも剣で受け止めつつ、そのまま柄に沿って刃を滑らせながらさらに前進した。
ここまで入られてしまっては槍は役に立たないのでジャックはそれを即座に捨てて、相手の袈裟斬りを体勢を低くして躱すと、そのまま脛目掛けて居合斬りを放つ。
が、レックスは即座にジャックの顎を蹴り上げてそれを不発に終わらせた。
彼はさらに追撃を加えようとするも、何とも言えない身の危険を感じたため、そうはせずに一度退いて体勢を立て直した。
ジャックも蹴られた衝撃で一瞬ふらつくが、すぐに体勢を立て直し、剣を正眼に構える。
ただ、彼の剣線は蹴りによるダメージのためか徐々に下がって来ており、目もどこか虚ろだった。レックスはそれを見逃していない。
が、わざと誘い込もうとしている可能性もあるので突撃すべきか少し考えた。
ジャックの剣腕は彼よりもやや劣るが、魔法の応用力やなかなかに機転が利く様を見るに、殺し合いにおいてはその限りではなさそうなのでどうしても慎重にならざるを得ない。
悩んだ末、
(あまり時間をかけて回復される前にここで終わりにしてやる)
と、心に決めると、再び突撃をかける。
すると、ジャックは目に光を取り戻し、城の細かい瓦礫をレックス目掛けて蹴り飛ばした。
それを受けた彼は、怯んで一瞬動きを止める。
その隙にジャックは先程捨てた槍を拾い上げ、レックス目掛けてそれを投げつけた。
彼はそれを回避したが、先程の瓦礫で怯んでいたこともあって、かなりギリギリのタイミングでの回避になってしまいバランスを崩す。
そこへジャックは剣を振り下ろして彼の腕を斬り飛ばし、さらに胸に突きを放った。
「全力の魔法が力負けした時は俺も死ぬかと思ったが、こんな手に引っかかるとは結局善人だな。やはり、あんたは魔王にはなれないよ」
倒れて行く彼に向けてジャックはそう呟いた。
「最期に言い遺す事はないか? 聞くだけ聞いてやる」
床で仰向けになったレックスにジャックはさらにそう問いかける。
「出来ればでいいんだが…王ではなく…大衆に国を動かさせてやって欲しい。王のやり方では合わなかったが…それならば…大衆の考えが…反映されるはずだ」
「いいだろう、気が向いたらやってやる」
そう聞くとレックスは、
「ふふっ…君も…魔王には向いていないな…いや…私も君もやっぱりどちらも魔王かもしれないな」
と言って事切れた。
レックスの胸部に突き刺さったままの剣を引き抜き鞘に納めると、ジャックは大樹達に王を倒した事を伝えに行った。




