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 翌朝、まだ早暁というべき時間帯にジャックとアイラは隣村までやって来ていた。

 暴漢やスリ、ひったくりの類は過疎地域と言えども人通りの多い時間帯を嫌うため、故意に遭遇しようとすれば、自然、朝早くか夜遅くになる。二人は朝に表れる方に期待していた。

 アイラはやや派手な旅装を身に纏い、ランプを持って一人で道の中心を進んで行き、その後ろを身を隠しながらジャックが追って行く。しかし、特に怪しい物音などはしなかったので、

(いくら何でもわざとらしすぎやしないだろうか。そもそも、異世界人はこの時間起きているのか?)

 という疑問がジャックの頭の中を()ぎる。今回、彼はらしくもなく異世界人の行動パターンについての事前調査が不完全だった。

 ただ、ここ最近で発生した女性が関わる事件に異世界人が遭遇する確率はほぼ百パーセントに近かったため、前者はともかく後者に関しては彼もあまり心配してはいない。

 すると、脇道から酔った数人の男が現れて

「一人旅の女か、これは所持金を強奪してやらなければ盗賊としては失礼に値するんじゃねぇのか?」

「ああ、荷物を奪って下さいってビラを配って歩いている様なもんだからな」

「きっと、盗賊の神の贈り物かなんかだろう」

「見た感じ盗賊初心者向けの相手だからな、もしかしたら初心を忘れるなって戒めのつもりかもしれねぇぞ」

 と、アイラを取り囲んで口々に言い始めた。話の内容から察するに彼らは盗賊であるらしい。

 ジャックはいつでも飛び出して行けるように準備をしつつ、周囲の様子を伺った。

 しかし、異世界人はなかなか現れない。

 アイラは剣や槍などの技術こそ持ってはいないが、なかなか逞しく、たまに野盗相手に熱湯を浴びせたり、懐に毒を塗ったナイフを常に携帯していたりするので、少しの間は襲われたとしても機転を利かせて戦う事ができるはずである。しかし、あまり長引くようなら危険になるだろう。

(仕方ない。今回は俺が連中を倒すか)

 そう考えて水魔法を準備していると、電撃が暗闇から飛来して盗賊のうち一人が倒れた。

 が、ジャックはまだ魔法を使っておらず、そもそも彼は電気を元々使えない。

「大人数で一人の女性を襲撃するなんて随分と勇敢な盗賊なんだね。貧弱な僕にはとても真似できないよ」

 暗闇からそういう声が跫音と共にアイラと盗賊の元へと近づいて来る。

 現れたのは昨日トムと決闘していた異世界人、大樹であった。

「何だ? てめぇはお呼びじゃねぇんだよ」

 と、盗賊達は大樹に襲いかかる。

 すると彼は魔法で膝の高さ程度の流水を発生させて盗賊達を転倒させ、風で起き上がる事を阻害して戦意を低下させた。

(改めて見るが、無詠唱で魔法を使うとはなかなかやるな)

 隠れているジャックはそう思いながら観察を継続する。実際、異世界人の魔法はこの二百年間で他国でも何度か確認されているが、無詠唱で使えるというケースはその中でもかなり珍しい才能だろう。

 その後、しばらくの間魔法を受け続けて盗賊達はあらかたバテ切ってしまっていたが、それでも内二人は起き上がって斧を構えた。

 その二人に向けて大樹は、

「戦うって言うなら止めはしないけど、これ以上やるんなら切り札を使わせて貰うよ」

 と言うと、

 〈雷と 水と風とが 入り混じる 嵐の(やじり) 敵を貫く〉

 と、呪文を唱え、やや離れた場所にある廃屋へと風を纏った青白い魔法を放った。

 廃屋は轟音と共に粉々に砕け散る。

 今の魔法が嵐属性の魔法であるらしく、彼が他に使える風魔法などとは違って桁外れに威力がある分詠唱を要するらしい。

(四種の魔法が使える上に、内一種は威嚇射撃であの威力とはなかなかの奴だが、それでもおそらく俺の方が魔力に関しては上だな。魔法の多彩さは劣っているが)

 ジャックはそう分析した。

 しかし、冷静に分析していた彼とは違い、盗賊達は今の一撃で完全に戦意を喪失してしまったため、散り散りに逃げてしまった。

「大丈夫かい?」

 と言って、大樹はアイラに手を差し伸べる。

「ええ、すみません。ありがとうございました」

 その手を取るとアイラは急激に頭が痛くなった。さらに心臓の律動が徐々に早くなり、腹の底から何やら今まで感じた事のない暖かい感情が湧き上がって来る。

(これはいけないな…)

 必死に正気を保ちながら大樹の次の言葉を待つ。結果、

「僕は五十嵐大樹と言います。良かったら僕が近くの宿まで送って行きますよ」

 という彼女にとっては最高のトスとなる文言が来た。

「私はアイラ・サークリスと言って見ての通り旅人をしております。心遣いは嬉しいのですが、お金は後から来る仲間が持っているので宿には行っても意味がありません。僭越(せんえつ)ながら貴方の家で仲間を待たせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 大樹は特に図々しいとは思わず、

「分かりました、どうぞ付いて来てください」

 と言って彼は先導して案内する。

 アイラは一瞬、ジャックが隠れている方を向きウインクをすると、そのまま大樹の後に続いた。


 数時間後、ジャックは大樹の家から一時的に出て来たアイラと合流した。

 彼女はいつの間にか地味な旅装に着替えている。

 彼女が出て来たのは大樹との話の流れで、ジャックの事も説明しておりその口車を合わせる必要があったためである。

 ただ、彼女は今後ジャックの味方となる予定の大樹に対して、いくつか隠し事はしたが嘘はついておらず、口裏を合わせる内容も多くはない。なので、

「彼に言っていない事を纏めると、ジャックが魔王の末裔である事と、彼を喧嘩の仲間に引き込もうとしている事、隣の村出身って事くらいかな。それから、私は一応旅人を名乗っておいたけど、旅の目的なんかも話していないよ」

 と言っていない事について述べた。

「そうか、奴に関して追加で分かった情報はあるか?」

「彼自身は気づいていないみたいだけど、魅了の能力は確実に持っているよ。あと、さっきの魔法についても少し教えてくれた。やっぱりさっきのが嵐の魔法で、あれで五パーセントくらいの力しか出していないらしいよ。あの程度の魔法ならあと数百発は撃てるって」

「分かった、一時間後には奴の家に『お前を探している旅人の噂』を届けられるようにする。それまで何とかボロを出さないようにしてくれ」

「分かった。怪しまれるといけないからもう行くね」

 とアイラは再び大樹の家へと向かって行く。

 その後、ジャックも旅装した状態で村の家々を訪ね歩いて、

「この村に俺と似た格好をした旅人が来ていないか?」

 と、聞いて回った。

 幸いこの村には彼の知り合いや喧嘩相手はいないので、素性がバレる事もないまま旅人の噂は拡まり、すぐにそれは大樹の家まで到達した。

 すると、すぐに大樹自身が迎えに来て、ジャックは彼の家へと案内された。

 能力を駆使すれば一財産築く事も難しくない筈だが、外観は飾り気のない土壁、内部は一室しかない上に、必要最低限の家財道具のみしかないという意外と質素な家である。

 その部屋の中央にある卓を囲んでいる椅子の一つに、アイラが座っていたのでジャックはその隣に座り、大樹は彼と向かい合う様に座った。

 お互い軽く挨拶をすると、

「ところで、二人は何処へ向かっているのですか?」

 と、大樹が尋ねる。

(さて、ここからだ)

 大樹をうまく乗せるために、既に起動していたジャックの中の悪がここに来て初めて鼓動を始める。

 彼は深刻そうな顔をすると、

「実は、俺の住んでいる田舎は人口の減少、特に俺と同世代くらいの働き盛りの者の流失が著しいんだ。この現象は俺の地元だけではなくこの国の都市部以外の各地で起きているらしい。このままでは、国境付近の村で他国に目を光らせる者がいなくなって、蛮族の侵入を許してしまい多くの人間が危険に晒される事になるだろう。だから、俺は今現在の王を倒すために旅をしている」

 と、言った。

 嘘はついていない。

 が、王を倒しても問題は改善しないだろうという事は隠している。

 実際、国王レックス・ノスアーティクルはこの件について無関心ではなく、むしろ積極的に情報収集をして対策も考えているが、焼け石に水という状況だった。

 アイラもそれを理解しているが、特にそれを指摘せずに聞いている。

 ちなみに、彼女はこの場で初めて彼が王を倒そうと考えているという事を知ったが、表情は全く変えなかった。それどころかその場で、

「そういえば、この村も見た所空き家が多い見たいですね。タイジュさんの威嚇射撃も廃屋に向けてでしたし」

 と、彼をフォローするような事を言ってのけた。

 それを聞いた大樹も人口の減少は感じているらしく、

「僕がこの世界に来た二年ほど前にはもう少し人が多かったと思うんですけど、確かに減っているかもしれないですね」

 と理解のあるような返しをした。こういった返しをする者は大抵の場合、ゴリ押しで承諾させる事ができると考えているジャックは

「それならば、俺に協力してくれないか? 共に王を倒そう」

 と畳み掛ける様に言った。しかし、

「でも、無用な犠牲を僕は出したくないんですけど。それに、この村の仲間にも危険が及ぶかもしれないなら尚更離れるわけにはいかないでしょう」

 というどうにも煮え切らない反応が返って来た。ただ、これもジャックの予想通りであり当然返しも考えてある。相手は嫌とははっきり言っていないので通用するだろう。

「ここで立ち上がらなければお前がこの村で出会った者達にも危険が及ぶかもしれない。実際に俺はこの国を旅している途中、他国からの侵入者に滅ぼされた村や、住人がほぼ他国の人間になってしまっている村をいくつも見て来ている。この村もいずれはそうなるかもしれないぞ」

 隣の村から出てきただけなので、旅をしているというのは嘘であるが、あとはほぼ本当の話なので信憑性は充分であろう。

 実際にこの一言は効いたらしく、大樹は考え込んでしまった。

「何ならついて来てくれるだけでいい。仲間が心配なら同行させてくれて構わんぞ」

 ジャックはさらに重ねて言った。

 彼は大樹が先程、嵐の魔法を使った際に見せた絶対の自信があるような表情と発言を見逃していない。当然、それを使って仲間を守る事についても自信があるはずである。そのため、目の前にいる男の自信を利用してやろうと考えた。

 ついでに言えば、『ついて来てくれるだけでいい』などと言ってはいるが当然それだけで終わらせるはずはなく、そのついて来た仲間をできるだけ自然に危険に晒して戦わざるを得ない状況を作っていくつもりである。

 しかし、まだ大樹は(なび)かない。

 ただ、

「僕は…どうすれば…」

 と、言葉に詰まっているところを見ると、もう一息であろう。

 ジャックはトドメを刺すように、

「迷っているのであれば、村の人間に聞いてみてくれ」

 と言った。

 これに関しては、村の人間が快く大樹を送り出してくれればそれでよし、仮に彼を引き止めたとしても村に強大な魔法使いを置いておく危険性を流布してここから追い出すように仕組んでしまえばいいのでジャックとしてはどういった答えが返って来ても問題ない。

 大樹は言われるがまま村に聞きに行くと、村の人間は快く送り出してくれるとの事であった。彼もジャックではなく、村の人間に言われた事で決心がついたらしく準備を始めた。

 ジャックとアイラは酒場で彼の準備が終わるのを待つ。

 その間ジャックは、

(他人の意見で身の振り方を決めるとは結局のところ使われる側の人間に過ぎないな。恐怖を植えつけつつ、たまに優しさを与えるという方法で洗脳すればいいテロリストになるかもしれないが、将の器ではない。悪い奴ではないんだろうが大した男ではないな)

 という散々な評価を大樹へと下していた。ただ、一応異性を引きつける特性については何かしら使い道はありそうだという評価もしている。

 これらは声に出しているわけではないので誰にも聞こえていないが、アイラだけは彼の考えに何となく気づいている。

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