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劇団が次の国を目指して旅に出るまでの期間で、富裕層の約四割がインスラの上階層に移動した。さらに、インスラは集団が根城にする施設であるという性質上、移動した富裕層の中でも序列のようなものが出来始めている。そこでは、比較的気が弱く優しい富豪は強力な富豪に利用される傾向にあり、それに耐えかねた前者が再びドムスへと戻るという現象も増えているので、インスラ上層階を利用している人間はご丁寧にもヘイトを集めやすい人物が多かった。
ここ最近は偶然にも火災が少なく、危機感が無くなる期間があったとはいえ流石にここまで都合よく事が進むのは異常だろう。
これには、それを利用しているジャックも
(アイラのように耐性を持ってしまった者には効かないようだが、それにしても魅了という特性は嵐の魔法などよりも数段恐ろしいな)
と、思わざるを得ない。
しかし、不気味とはいえ、反乱を起こすにはこれ以上ない好機であろう。
何より、ここ数ヶ月でアドリアーナがあまりにも流され易い大樹に呆れ始めたからか、彼女に対する魅了の効果が弱まっているようで、結果ジャックに向けられていた監視の目が緩んでいる。
この日も、ジャックが
「少し出かけてくる」
と一人でドムスから出ても、彼女は大樹とともに普通に送り出してくれた。
ジャックが向かう先はサリスにいるイズチのところである。
サカノ国の族長同士の会合でジャックに協力するという結論が出たらしいので、彼は早速それを有効活用するつもりだった。アトモ・フィリオの中にもサカノ国の遊牧民は潜入しているため、イズチに事情を説明して遊牧民達に放火を手伝って貰おうという算段である。
サリスに到着すると、そこでは相変わらず騎士団が巡回していた。
彼等はなかなかに優秀で、既にこの町で違法に武器の製造と密輸をしている団体の三割を潰していたが、どこの代表を尋問してもアトモ・フィリオに武器を運んでいた形跡は発見出来ていなかった。
その騎士団の内の一人が彼の目の前を歩いている。
団員だという事を悟られないように平民の服装をしているが、ベルトから下げている短剣はかなりの逸品であり、身のこなしも常人とは違うため、分かる人間には判断が可能である。
(こいつらもつくづく運が無いな。もう少し人数が多ければ俺の存在を突き止めて捕縛出来たものを)
と思いながら、ジャックはその横を通り過ぎて行った。
しばらく、道なりに進んでから横に伸びている隘路へと入り、その先に進むと古びた宿屋に到着した。ここはサカノ国の遊牧民とコンタクトを取る事ができる施設の内の一つである。
そこの扉を開けて中に入ると、イズチがそこにいた。
「まだ、捕まっていなかったようだな。お互いになかなかしぶとい」
とジャックは彼に話しかける。
「潜入調査は遊牧民にとっては弓や馬術、チーズ作りと大して変わらない伝統の技術だからな。騎士団がいくら凄いとはいえ、そう簡単に捕まりはしないさ。ただ、酒場と羊肉料理店の方は連中の調査が入ってマークされているから、俺たちが自由に使える場所はここを含めてあと三箇所だけになっちまった。ここよりはアトモ・フィリオの方がまだ警戒が緩いという情報があるからそっちへと移動しようかと考えている」
「それならちょうどいい。アトモ・フィリオにいるお前の仲間に伝えて貰いたい事がある」
そう言ってジャックは持参した地図を広げた。
その地図はアイラがアトモ・フィリオを歩き回って脳内にその構造を記憶し、その記憶を基にして彼女が作成したものであり、放火すべきインスラがある箇所にマークがされている。
「お前の仲間には、このマークがされている建物に火を放って欲しい」
ジャックは単刀直入にそう告げた。
しかし、サリス程の人数では無いにせよ、アトモ・フィリオには騎士団とその長であるヒースコートがいるため不安に思った彼は、
「偵察だけならまだしも流石に放火はどうだろうな。港から武器が入ってこないように向こうにも騎士団を残しているというし、そもそも、インスラへと移動した富豪は相変わらず軍をボディーガードにしているんだろ」
と言った。
「金を貰ってはいるが、軍の連中は夜はさっさと寝たり遊びに行ったりして機能していない。それに、騎士団は絶対数が少なすぎて同時多発的に問題を起こされたら対応しきれないという弱点がある。ヒースコートも富豪が移動した事を疑問に思って、そのうちサリスの人員を呼び戻すだろうからやるなら今しかない」
そうジャックは説得し、重ねて
「お前らの先祖が騎士団の先祖をことごとく減らしたから現在連中は人手不足になっているという説を武器商人をしている時に聞いた事がある。先祖の努力を実らせるチャンスだとは思わないか?」
と、言った。
騎士団の先祖が勇敢に戦ったという話はラヴィスヴィーパ王国以外の国にはまだ結構残っており、ジャックもそれを耳にした事があったのである。ただ、サカノ国の先祖が騎士団の先祖を減らしたという話は、勇敢に戦ったならその分死人も多かったんだろうというジャック独自の解釈である。
しかし、サカノ国の人間は『先祖』とか『伝統』という言葉に心を動かされる者が多いため、この言葉はイズチの心を奮い立たせた。
その心意気は発言にも現れ、
「分かった、俺は仲間に今の作戦を伝えよう。ところで、火をつけるという事はサカノにも襲撃の準備をするように伝えておいた方がいいか?」
と、先程とは打って変わりかなり前向きになっている。
「ああ、できれば俺の代理としてサヴルムにも伝えて欲しい。俺が向こうの大臣から貰った書簡があるからそれを持っていけば話を聞いて貰えるだろう」
ジャックはそう言って書簡を渡すと、
「族長から似たような物を預かっているが、それじゃあダメなのか? 見たところそれと同じ物だろう?」
と言ってイズチは、ジャックが以前書簡を模写した紙を出した。
(こいつ、俺の偽造を本物だと思っているのか?)
とジャックは少し心配になりながら、
「それは、族長同士の会合があるというから、バッシブ族長に資料として渡した物だ。それを渡した方が他の族長を説得しやすかろうと思ってな」
と説明した。
が、バッシブが彼にその紙を持たせた意図が分からない。
ただ、意味もなく持たせた訳では無いはずなので
「とりあえず、それをこっちに渡して貰えるか?」
と、言ってジャックはその紙を受け取った。
その後、イズチは旅芸人のような服装に着替えると、
「俺は早速、行動を開始する。しばらく会えないだろうが、全部終わったらまたサカノに来てくれよな」
と言って出発して行った。
ジャックはイズチと別れた後もしばらくは宿から離れず、彼から受け取った紙を見ていた。
その紙はサヴルム王国で貰った書簡の内容が書き写してある何の変哲も無い紙である。
(温めれば何か文字が浮かんで来たりするだろうか?)
何となくそう思い、蝋燭に近づけて焦げない程度に炙ってみた。
しかし、特に変化はない。
それなら濡らしてみてはどうかと考えて、魔法で水を出して紙を浸してみると、白紙部分に薄っすらと文字が浮かび上がった。
書かれていた内容はサカノ国で協力する事ができる部族一覧と、その頭数についてである。
そこに示されている四千三百騎という人数はそれだけで騎士団の二倍以上という人数であった。
(ラヴィスヴィーパ軍は機能していないから実質騎士団が向こうの全戦力だ。かつて世界最強の国と謳われた国の戦力をこうもあっさりと上回る事ができるとはな)
そう、憐れみのような感情を抱きながらジャックはアトモ・フィリオへと戻って行った。




