13
ドムスが立ち並んでいる高級住宅街にも劇場はある。
ただ、ここ三十年は使われた形跡が無く、ところどころ客席が崩れていたり、雑草が生えたりしていた。
しかし、蒸気を使ったサウナや温水プール等と違って、掃除をすれば現在も一応使う事は出来る代物である。
ジャック達は劇団員と共に舞台の点検や、客席の清掃、案内の看板などをして客を呼び込む準備をした。
ただ、あまり時間が無かったので、それらは必要最低限で終わらせている。
その為、崩れた客席は補修していなかったり、看板が質素だったり、舞台に生えている分の雑草は刈り終わっていなかったりしたが、それでもだいぶマシにはなっただろう。
その成果もあってか、開演予定の二時間前であるにも関わらず、そこそこ客入りは良かった。しかし、満席とはいかない。
(出来る限り多くの人間を引きつける必要がある。これでは足りないな)
ジャックがそう思っていると、アイラが戻って来た。
「ドムスにいないから探したよ。それで、これは何をやろうとしているの?」
彼女は彼に尋ねた。
今回ばかりは彼女にもジャックの心意が分からない。
しかし、彼は
「見ての通り劇だよ。ちょうど良かった、ひと周りして来て客を呼んできてくれないか?」
とだけ言った。
何をやろうとしているのかははっきりしなかったものの、劇を印象操作に使うのではないかという事はなんとなく思い浮かんだため、アイラは彼に言われた通り客を集めてきた。
彼女の尽力によって三十分前には客席を満席にする事が出来たので、ジャックは最後の仕上げに、
「タイジュの魔法を舞台装置として使ってみてはどうだろうか?」
と、劇が始まる直前に団長と大樹に言ってみた。
これが通れば、彼の考えている結末に大幅に近づく事になる。
結果は、どちらも承諾してくれた。
そんな、思惑が裏で動いているとは知らずに劇は開演し、滞りなく進む。
劇の内容もなかなかの物だったが、それ以上に魔法を使って場面を盛り上げるという目新しさが客の心を掴んだ。
度々聞こえる客席からの感想も、内容云々より、水飛沫や強風に対するものが多い。
演目が終了すると、客達は満足して帰って行った。
終了後、
「お礼としてみせるはずだったのですが、すっかり趣旨が変わってしまいましたね。ですが、今回は今までで一番お客様も楽しんでいたように思います。本当にありがとうございました」
と、団長がジャックと大樹のところに挨拶に来た。
「また見せてくださいね」
と大樹は無難に返す。
対してジャックは
「いや、確かに手伝いはしたが、見せて貰った事には変わりない。おかげで俺も自身の作劇のための良いインスピレーションを受ける事が出来た」
と、言った。
彼も実際作劇はかじっているが、ここで言う『作劇』はそれとは多少ニュアンスが異なり、彼は奴隷達が暴動を起こすまでのシナリオを脳内で組み立てていたのである。
無論、彼以外のこの場にいるものはその事については知る由もない。
後日、再び劇団の団長が彼等のドムスを尋ねて来た。
この日もアイラと、大樹、ベラは外に出ており、ジャックとアドリアーナは二人で留守番をしていた。
「何の用かな?」
と、ジャックは団長に尋ねる。ただ、すっとぼけて尋ねてはいるが、彼には大樹に魔法で演出をさせた時点で、団長の再来訪が予想できていた。
「はい、実はまた大樹さんに魔法を頼みたいと思いまして、それでお訪ねさせていただきました」
「理由を聞かせて貰えるか?」
「以前、皆さんの協力を得て行った公演は大盛況だったのですが、あの公演を行った事によって魔法が無いとお客様も物足りなくなってしまったらしいのです。ですので、どうかこの国を離れるまでの数ヶ月の間だけ継続的に協力を得る事は出来ないでしょうか?」
その言葉を聞いてジャックは少しだけ目の色を変えた。
(来たな…)
ここからは交渉である。
「それは別に構わないが、代わりと言っては何だが是非俺の作った戯曲を演じてはくれないか? 現在の自分の作劇の実力を確認したいんだ。できればタイジュを主役に据え置いたものがやりたい。魔法の演出の協力だけでそこまでやらせるのは流石に釣り合わないと言うのであれば琵琶の演奏と歌もつけよう。それでどうかな?」
ジャックはそう言った。
無論、裏がある。
彼は富裕層の間でインスラの上階層を流行させる事を狙っていた。
インスラというものは基本的に上階層は火災が発生した際に迅速に逃げることができない等の理由で値が安く、階が下に下がっていく毎に価値が上がっていく。
当然、富裕層が投機や居住に使う部屋は低階層が多い。
彼はインスラの上階層から見える景色を全面的に押した戯曲を作る事により、宣伝効果で階の価値を反転させて、奴隷達から恨みを買っている富裕層をそこへ追いやり、最終的にはそれを焼き殺して騒動の狼煙にする事を考えていた。
本来であれば、そんなものを書いたところでそう簡単に物の価値が変わる訳では無い。
しかし、彼には大樹の『魅了』という秘策があった。
『魅了』は女性にしか効力を発揮しないが、男は女に引き寄せられるというケースが大半なので、女性をそこへ誘導できれば金持ちの男もそこへと引き寄せられ、勝手に上階層の価値を高めてくれるであろうという目論みである。
が、何か胸騒ぎを覚えたのか、奥の部屋に居たアドリアーナがすっ飛んで来て
「タイジュが居ないのに勝手に話を進めないでよ」
と、ジャックに怒鳴った。
しかし、言うべきことは全て言ってしまったのでもう遅い。
団長は魔法だけでなく、琵琶の演奏がついてくる事に魅力を感じ始めてしまっていた。
さらに、ここ最近は戯曲をローテーションして使っていたので新作を演じてみるのも面白いかもしれないとも思ってしまっている。
しかし、大樹の意思が分からないからか、なかなか首を縦には降らなかった。
そこでジャックはアドリアーナの制止をガン無視し、
「タイジュは頼まれた事は基本的に断らない。おそらく、ここで決めてしまっても何か言うかもしれないが、何だかんだでやるだろう」
と団長を後押しした。
彼女は安心したような表情を浮かべると、
「でしたらお願いいたします。あとで、タイジュさんにも言っておいてください」
と言ってドムスを後にした。
「まぁ、そんなに心配するな。戯曲を作る能力を落とさない為に申し出ただけだ」
と傍にいたアドリアーナにジャックは言うが、彼女は怒る訳でも訝しむ訳でもなく、不安そうな表情をしていた。
その後、帰って来た大樹に主演の話を伝えると、彼は快く引き受けてくれた。
公演までの間にジャックは戯曲の執筆に入るが、必ず入れなければならない要素を全部含んだ台本を作るというのは存外難しく少し苦戦した。しかし、そのインスラの高階層に住む富豪の男性が窓から偶然見えた町娘に恋をし、最終的に身分の差を越えて結婚する話は団長からはなんとか高評価を得ることが出来た。ただ、重要なのは大樹が主役をやるという事と台本に高階層を宣伝する内容が含まれているかであり、出来栄え自体はどうでもよかった。
それが公開されると、ジャックの目論み通り高級なインスラの上階層の価値は鰻上りに上がり、かなりの人数がドムスやインスラの低階層からそちらへと移動した。
これはジャックの当初の想像を超えた成果だったので、
(こんなバカバカしい作戦でも存外上手くいくものだな)
と、当の本人も驚いていた。




