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 ラヴィスヴィーパ王国の片田舎、既に四割近くの家屋が廃墟と化している村にある一軒の屋敷の屋根の上で、男が一人吹き付けるそよ風を浴びていた。ただ、それは爽やかなものではなく、乾燥地帯にあるこの地域には珍しい湿気を帯びた生暖かいものである。本来なら沼地や熱帯雨林等で吹くべきものだろう。

 常人にとって不愉快に感じるであろうその風は、彼にとっては妙に心地いいものだった。

「先祖がいたという魔界もこんな風が吹いていたのだろうか…」

 と男が呟いた。

 彼はこの村で湿気を帯びた風を浴びるのは初めてだったが、なんとなく懐かしく感じていたのである。

 それもそのはずであった。

 男は約二百年前に復活して一年で世界を席巻するものの、海の向こうにあるカストゥルム国の女王とその数人の仲間に滅ぼされて消滅した魔王の血を引いており、魔王が生まれた魔界には今吹いている風と似たような風が吹いているのである。

 特に彼は魔王からの隔世遺伝があるらしく、莫大な量の水を発生させ、且つ操る事ができる魔法を生来使用する事が出来た。それだけでなく、彼は剣、槍、銃、弓、馬、戦車、船の扱いやそれらの運用に長けており、鍛治、築城、造船、武器の販売ルートなどの知識もあり、絵画や歌、琵琶、作劇等も達人級という村では最も秀でた才覚を持っている。

 ふと、遠くで銃声が鳴り響いた。銃声は一発だけでなく規則的に何度も発射されている。

 男はこの音を聞いて再び心地よさを感じる。

 この風と銃声をこの男、ジャック・デウマルムが味わったという事が後に、ラヴィスヴィーパ王国国王、レックス・ノスアーティクルの不幸に繋がる事になるとはこの時点では誰も気づいていない。

「魔王の血が争乱を求めているのかもしれんな」

 とジャックはそう呟いて、屋根から降りた。

 すると、彼は

「今日も暇そうだね」

 と降りたところにいた女性に声をかけられる。

 彼女はアイラ・サークリスといい、ジャックとは子供の頃からの付き合いである。彼女は彼と違って戦闘力は持ち合わせていないが、調査全般が得意だったので、彼が近くの村の不良と喧嘩をする際にはよく偵察を頼んでいる。彼女も彼女で彼に振り回される事は嫌ではなく、むしろ、頻繁に騒動を起こす彼に協力する事は退屈凌ぎにはもってこいなので、率先して協力している。

 今回も銃声についての情報を持ってきており、

「あれは、トムが銃の練習を始めた音だよ。この前、隣村で異世界人にボコボコにされたから今度は銃を使って戦おうって魂胆らしいよ」

 と、ジャックに報告した。

「なるほど、異世界人か。ちょうどそいつに興味が湧いてきたところだ。トムが隣町に向かったらもう一度声をかけてくれ。喧嘩を観察しに行くぞ」

「ジャックが他人に興味を持つなんて珍しい事もあるんだね」

「今度の喧嘩に使えるか見ておきたくてな」

 ジャックはそう言ったが、彼は小規模な喧嘩などには既に興味がない。

 かつて船の国と呼ばれていた二百年前の頃は栄華を極め、大陸の七割近くを領土としていたこともあるこの国は、当時より技術、国土、治安とありとあらゆる面で半分以下に後退している。ジャックがいるこの村も人口が都市に吸収されて空き家が村全体の三割を超えた時期から急激に治安が悪くなり始めており、それらを正す事を建前にして王国に喧嘩を売るつもりである。

 ただ、彼は何となく王国を滅ぼしたくなっただけであり、王国を倒して国を再度強くしたいなどという理想は持ち合わせていない。

 滅ぼすとなれば絶対に負ける訳にはいかず、そのためには自分に協力してくれる者を募る事が重要になってくるため、協力者となり得る人物を調べておきたかった。

 異世界人は雷、水、風とそれらを合わせた嵐の魔法を使う事ができる上に、周りからの信頼も厚いという噂を聞いており、それが本当なら味方に引き込めば中々の戦力になるだろう。

 彼は自分の家へと戻り、老爺へと変装をしながらアイラの報告を待つ。

 しばらくして規則的に鳴っていた銃声が鳴り止み、その後すぐアイラがジャックの家へとやってきた。見ると彼女は男装をしている。

「動いたか?」

 と彼は尋ねると、彼女は頷いた。

「よし、行くぞ」

 と、言って剣を携えて彼は家を出て行き、彼女もそれに続いた。


 彼等が隣の村にたどり着くと、村の入り口付近の広場で既にトムとラヴィスヴィーパ王国では見慣れない服装をした男が睨み合っていた。この変わった服装の男が異世界人であるらしい。

 二人の周囲は野次馬が取り囲んでいた為、ジャックとアイラは近くの家の主人に金を払って二階の窓からその様子を見る事にした。

 二階にたどり着き、広場の様子を見るが、二人はまだ睨み合ったまま口論を続けている。

 口論の内容はトムが異世界人に自分と戦うように挑発するも、異世界人の方はそれを受け流す形で答えているらしい。

(決闘まではもう少しかかりそうだな…)

 とジャックが思っていると、

「てめぇが勝負しないってんなら、てめぇの後ろにいるその女をこちらに引き渡せ。元々、そいつを口説いている最中にてめぇが乱入して来たんだからそれでプラスマイナスゼロだろ」

 と、トムが言ったところで異世界人の目つきが変わった。

 そして、相手の挑発を受け流すような発言を止め、

「いいだろう、受けてやる。あんたが銃に手をかけたら決闘スタートだ」

 と言った。

 それを聞くと同時にトムはホルスターから拳銃を抜き、異世界人へと全弾発砲する。

 が、銃弾は彼には到達しなかった。トムが拳銃に手をかけたのとほぼ同時に、砂礫が混ざった水の壁が異世界人の目の前に突如発生し、それが飛来する銃弾から彼を守ったのである。

 これが話に聞く水の魔法であろう事は周りにいた誰もがわかった。

 異世界人はその水の壁を消すと同時に、トムへ向けて電撃を放ち、彼を気絶させた。

 決闘の勝敗は一分も経たないうちに決してしまったのである。

「その人の事はお任せします。敵に助けられたとなると彼も傷つくと思いますので」

 と周りにいた野次馬へと言って彼は引き上げて行く。その際、二人の周りを取り囲んでいた女性の野次馬の内、半数程が彼に引きつけられる様について行った。

「…何だあれは?」

 ジャックは異世界人の魔法よりも、むしろその人を引きつける磁石の様な能力に困惑していたが、

「ボーっとしないでよ。早速、手分けして彼の調査を始めるよ」

 と、アイラが言った事で我に返り、二人は異世界人の調査を始めた。


 アイラは異世界人の取り巻きの女の尾行と町での聞き込みを、ジャックは酒場での盗み聞きを中心に異世界人の情報を収集し、それが終わると一旦自分達の村へと戻り、その日の夜に集めた情報を突合した。

 異世界人について判明した事は、本名は五十嵐大樹(いがらしたいじゅ)だが嵐の魔法を使うという事で操嵐師と呼ばれている事と、隣村の住民を暴漢や山賊、他国の偵察兵などから頻繁に守っているという事であった。

 特に後者について統計を取ってみると甚だ異常であり、彼はここに来て十六人の人間を助けているとの事であったが、助けた相手は全員女であるという。

 当然、ジャックは

「どういう事だ? 確かに女も襲撃される事は多いだろうが、物品を輸送中の隊商や少年兵に向いていそうな男児なんかも頻繁に襲撃を受けると聞くぞ。ひょっとして助ける人間を選んでいるというのか?」

 と、疑問を口にした。

「いや、全部が全部たまたま近くにいてそれを助けたってパターンらしいよ。それと、私が聞き込み調査をして思った事なんだけど、異世界人の話を聞いていく度にどんどん会ったこともない彼の事を好きになっていくんだよね。昼間に彼について行った女の子達もそういう何かしらの特性にやられたのかもしれないよ」

 と、アイラは答える。

 ジャックはこの話を聞くまではアイラに男受けしそうな格好をさせて暴漢を釣り、その暴漢を餌に大樹を釣って間接的に繋がりを作るという事を考えていたが、大樹のその特性によって彼女が寝返る可能性を考えると、この作戦は是としない方がいいのかもしれないと思い直した。

 そこで彼は、

「そういう事ならお前は明日は情報収集には行かない方がいいな。明日は休んでいてくれ。今日はすまなかったな」

 と、言ったが、

「私なんかに気を使っていいの? 魔王の末裔。確かに恐怖を感じないでもないけれど、あの程度じゃあ私は絶対に籠絡できないよ。そんな事より、あなたと彼を引き合わせるいい方法を思いついたんだけど明日試してみない?」

 という答えが彼女から帰ってきた。彼女が考えていた方法というものは奇しくも、彼が当初考えていたものと同じである。

 改めてジャックが

「奴の術中に嵌らないだろうな」

 とアイラに念を押して聞くと、

「絶対、大丈夫」

 との事だったので、翌日それを決行する事に決め、その日は解散した。

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