2話目
2話目です
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2.就職
数日後、俺は城のような大きさをした豪邸の門の前に来ていた。最後に内ポケットから手鏡を取り出して身だしなみを確認する。
「髪型よし、ネクタイよし、表情よし。うん、できる執事っぽい!」
自信が出てきたところで門の横に控えている衛兵に話しかける。
「すみません、使用人募集の広告を見て来たのですが...」
そういうと衛兵は一瞬怪訝そうな表情をしたが、すぐに門を開けてくれた。そして「応接間まで案内いたします。」と言って豪華な部屋に案内してくれた。
「座ってお待ちください。」
見るからにフカフカそうなソファーを指し示してそういうと、衛兵は元来た道を戻っていった。
30分くらい待っただろうか...ソファーのやわらかさをピシッ背筋を伸ばした姿勢のまま尻だけで堪能していると、ドアが重々しい音をたてて開いた。
主人が来たのだと思いすぐに立ち上がる。「あ...あなたが使用人募集の広告を見て来た...」
ドアから出てきたのは意外なことにクリスティーだった。おっさんが出てくると思っていた俺はそのギャップも相まって初めてあった時同様、たっぷり五秒ほど見とれてしまっていた。彼女の訝しむような視線を受けて正気に戻った俺は手軽に自己紹介をした。
「申し訳ありません。私はオルティス・ラインハルトと言います。使用人を募集しておられるとのことで参りました。」
「...執事として働いた経験はありますか?」
もちろんあるわけが無いが、一応執事がやるであろう大抵の事はできるので「3年ほど」と答える。
こんな感じで彼女の質問に答えて、無事採用されることとなった。
かれこれ三十分ほど話していたが、彼女が俺が何者が気づくことは無かった。それもそうだろう。なんせ今の格好は前あった時とはまるで別物だ。髪は金髪だし、メガネもしてる、あとは骨格も少し変えた。人の顔を作り替えて変装させることを生業とする変装屋に頼んだのだ。極東人が西洋人になれるのだから大したものだ。
そんなわけで笹口恭平改めオルティス・ラインハルトは明日から住み込みでクリスティーの執事として働くことになったのであった。
俺は今まで貴族は全員豪勢な暮らしをしていると思っていた。でもどうやら違ったらしい。
少し想像していたことではあったが、アルトリア家は完全に没落してしまっていた。まず当主であるレオ・アルトリアはシュタイナーに暗殺され、いまはクリスティーが当主になっていた。しかし、クリスティーはこの無口、無表情だ。当主の器などでは到底なかったのだろう。今までレオの人徳にひかれ集まっていたほかの貴族達はアルトリア家を見限り、次々と離れていった。その結果使用人も給料を払える状況でないことを見兼ねて離れていったのだ。使用人募集の広告も、そレを見てきたと言った時の衛兵の反応も、それが原因だったのだろう。
もちろんその弊害は俺にも回ってきて、本来ならほかに担当の使用人がいるであろう仕事をかれこれ一週間こなしている。例えば俺は今本来は料理人が担当の朝食作りをしている。
今日はサニーレタスのシーザーサラダとスクランブルエッグ、オニオンクリームスープだ。どれも数ヶ月前の俺が知識として知っているだけだった代物だ。
朝食とティーセットを載せた...台車?を両手で押しながら主人であるクリスティーの元へ向かう。そろそろ起きていることだろう。
とはいえまだ朝の五時だ。本当に起きている保証はないので部屋に行く前にある場所による。メイドが洗濯をしているであろう洗濯室だ。ノックをすると「は〜い」と間延びしたメイド失格の声が聞こえるので「入りますよ」と若干の呆れを混ぜた声をかけて部屋に入る。
使用人が次々逃げたと言ってもまだ全員が逃げた訳では無い。まだ俺を含めて3人(少なすぎだろ...)残っているのだ。この髪を後ろで一本にまとめた女性...というか女の子はリデル。まだ齢15歳なのにも関わらずメイド長をやっている。まぁめいどがリデルしかいないだけなのだが...
「どうしましたか?オルティスさん?」
洗剤であろう泡を全身につけながら振り向いた彼女は、全くと言っていいほど仕事が出来なかった。掃除洗濯をすれば更にものを汚し、料理をすればとても口にはできないものが出来上がる。俺より勝るものといえばクリスティーへの忠誠心くらいのものだ。
「どうしたでは無いですよ、リデルさん...洗濯は私がやるので洗濯物だけ持ってきてください、と言ったはずでは?」
呆れを一ミリも隠さずにそういうと、彼女は年に似合わないよく育った胸を張ってこう言った。
「お嬢様の下着等を男に触らせるわけには行きませんので!」
「はぁ...まぁまだ入ったばかりで信用がないのはわかりますが守ろうとした結果がそれですか。」
俺は大きなため息をひとつつき、洗剤の付け過ぎで完全に生地のいたんだ下着を指さして言う。
「見ちゃダメです!欲情するでしょ!」
「...しないと言っているでしょう。」
「ひぇっ!ご、ごごごめんなさい!」
流石に少ししつこいなと思ったので殺意をちょろっと出して黙らせる。動物的な勘は鋭いのかすぐに危険を感じて黙ってくれた。
「分かってくれればいいのです。ところで本題なのですが、お嬢様の様子を見てきていただいてもいいですか?朝食が冷めてしまうのでなるべく早く。」
「は!それは大変です!今すぐ行ってきます!冷めたスクランブルエッグは美味しくないですから!」
「起きていらしたら私にお知らせください。」
「わかりました〜!」
はぁ、また仕事が増えてしまった...ただでさえ仕事は多いのに...そういえば言ってもいないのになんでスクランブルエッグとわかったのだろう?
そんなことを考えながらゆっくり主人の寝室に歩いていくと、すぐにリデルが向かいから走ってきた。
「お嬢様、お目覚めでしたよ〜!」
「ありがとうございました。」
「いえいえ、それでは私は櫛と髪どめを取ってきます!」
「わかりました。」
とはいえリデルも全く仕事が出来ない訳では無い。都合がいいことにお嬢様の着替えなどの俺にはできないことだけはできるのだ。
リデルに着替えや身支度の道具を持ってこさせるあいだに、朝食を主人の元へ運ぶ。大きな両開きのドアの前でノックをし、声を掛ける。
「お嬢様、朝食をお持ちいたしました。」
「後で食べるから置いておいて...」
いつも通り無感情でおとなしい声の返事が帰る。務め始めた頃は支持にはすべて従っていて、こんな時は扉の前に朝食を置いて去るはずなのだが、今は少し心配なことがあった。
「お嬢様、そう言って昨日も朝食を食べておられないではないですか。」
そう、彼女は昨日もほとんど何も口にしていないのだ。料理は確かにコックが作るより不味いかもしれないが、そこそこの味にはなっているはずだ。しかし彼女は「食欲がない」の一点張りで食べようとしないのだ。ここ一週間で口にしたのは間食のケーキだけだ。
「...食欲無いから...いい。」
一週間聞き続けているともう飽きてくる言い訳だ。
なぜそんなに食べたくないのか知りたいのだがいかんせん無表情だからよくわからない。本当に食欲がないだけなのか、それともほかに理由があるのか...
「なにかリクエストなどは?」
とりあえず何も食べないのも良くないので食べたいものを聞く。いつも好きなものであれば食べるのだ。食欲無いんじゃないのかよ...
「...甘い物。」
「かしこまりました。」
貴重なリクエストがいただけた。これで今日の朝食も俺の腹に入ることが確定したわけだ。
丁度リデルが部屋をノックして入ってきたので、入れ替わりに俺は出ていって厨房に戻る。甘い物か...何作ろう...
「さてと、何を作ろうか...」
一通りの調理器具を机に並べ、「甘い物」の具体例を考えていると一人の厨房に男が入ってきた。
「やぁオル君。何をしてるんだい?」
この男はルイスと言い、この屋敷に仕える使用人だ。具体的に何をしているのか聞いたことはないがおそらく掃除等だろう。掃除してないはずの部屋が綺麗になってたなどという話はざらにあることだ。
「どうもルイスさん。今お嬢様に持っていくスイーツを考えていたんですが、なにかいい案はないですかね?」
「うーん、最近は焼き菓子ばかりだったから...たまにはプリンアラモードなんてどうだい?」
「確かにそれはいいですね...そうしましょうか。」
このルイスという男は周りの人間をよく見ていて、意外と的確な判断を下せる。今のもそうだ。姫様と俺、両方を見ていないとできない芸当だ。
早速調理に取り掛かろうと卵を割ってボールに入れる。プリンアラモードはそこそこに得意な料理だ。手早くボウルの中身をかき混ぜていると、ルイスが急にこんなことを言い出した。
「ところでオル君、君やっぱりなにか隠してないかい?」
正直とても驚いた。外見は完全に変わっているはずだ。スラム育ち特有の動きをほぼ隠しきっていると言っていい。
「なぜそんなことを?」
俺は一旦心を落ち着かせてルイスからその疑いの出どころを探ろうと口を開いた。もしも観察によってならばこのルイスという男は危険すぎる。早急に処分せねばならない。
「なぜ?なぜと言われてもねぇ...勘としかいいようがないよ。日頃のオル君を見ててそう思ったんだ」
「勘...ですか」
勘...勘?これはどうするべきだ?正直そこまでの脅威じゃないと思うけど、バレる可能性がないとも言いきれない。
「ちょっとした秘密ですよ。大したことではないです」
「...そうかい、ならいいんだ」
結果、俺は茶化して誤魔化すことにした。こうした方が追求もされないし良いだろう。
肝心のルイスさんは俺の思った通り秘め事を追求するのは悪いと思ったのか悩むような仕草を見せたあとそれ以上追求してくるのをやめた。これでひと段落だろう。
「そうだ...ルイスさん、今日のお嬢様の予定を教えていただいてもいいですか?」
お嬢様の予定を把握、正しく時間を割り振って案内するのは本来はルイスさんの仕事だ。しかしルイスさんはすぐどこかにいなくなってしまうので俺がやっている。
「あぁ、この紙に書いてあるよ」
そういって紙を机に置き、厨房から出ていった。とても適当な仕事ぶりである。
「はぁ...」
俺は溜息をつき、今日の激務を思い浮かべながらプリン型に液体を流し込んでいくのだった。
またもやお嬢様の部屋の前、大きな両開きの扉を見据え、静かにノックをする。
「お嬢様、スイーツを持ってまいりました。」
「...入って」
お嬢様の声でそう返事が聞こえたので、扉を開けて部屋に入る。するとリデルの慌てた声が聞こえた。
「わ~!待った待った!ダメですよ!」
お嬢様は...着替え中だった。ちょうどあの長い白髪をとかし終わり、ドレスに着替えようとしているところだったのだろう。お嬢様は下着姿となっていた。
この時の最適解はすぐにUターンして部屋から出ることだったのだろう。しかしその時の俺に冷静な判断を下す力はなくただただお嬢様に魅入っていた。
「プリン...早く...」
「オルさん!早く出ていってくださよ!」
「あ...あぁ...」
曖昧な返事はするが俺の足は全く動こうとしない。俺の本能がこの景色を目に焼き付け用としているのだ。
太陽にあたって溶けてしまいそうな真っ白な肌。局部は淡いピンク色の下着が隠し、上には白く透けるレースのチュニックを着ている。窓から差し込む太陽の光も相まって、凄まじい神々しさだった。正直こんな美しいものを見たのは生まれて初めてだ。まぁいつも通り表情はないが...
その後はお嬢様が「早く...プリン」と椅子に座ったまま言い、リデルが「早く出ていってくださよ!」と俺の服を引っ張り、俺は曖昧な返事をし続けた。とうとうしびれを切らしたリデルが「いい加減にしろー!」と叫び、俺を外に蹴り出した。器用なことにプリンは蹴り出す前に回収済みだ。
いつもだったら足の一本や二本折っていただろうが、今は流石に慎む。
「はっ...俺はなんてことを!」
我に返った俺は自分のした事の重大さに気づく。扉をノックして話しかける。
「お嬢様、申し訳ありませんでした。どんな処分で設ける覚悟です。」
内心こんなくだらない理由で計画が頓挫して貯まるかと思っていたが、取り敢えず形式上こういっておく。
10分ほど返事がないまま時間が過ぎ、やがて扉が開いてムスッとした顔のリデルが出てきて「入ってどうぞ」とつぶやくように言った。
「お嬢様、誠に申し訳ありませんでいた。」
腰を90度曲げて深々と頭を下げる。もしもこれで処分が下されるということになれば一大事だ。ここは誠心誠意謝るしかないだろう。
「いえ、大丈夫...怒ってないから...怒ってるのはリデル。」
「そりゃそうですよ!お嬢様も少しは気にしてください!」
「でも服きてたし...」
「あれは服に入りません!あれは下着です!」
小学生同士のじゃれあいのようでとても可愛らしい。しかしこのふたりがこうして話しているところを見るとやはりクリスティーの無表情が目立つ。リデルの表情が人一倍豊かだからだろう。
「オルさんもなんかいってやってくださいよ!ってオンさんが今回の犯人だった!」
「あ...プリン...美味しかったよ...」
「光栄です。」
「無視するなー!」
俺は本来こんな子を思う質ではないのだが、この2人と話してると考えずにはいられない。
絶対にこの家を守る...と。
楽しかった