覚悟と責任
ーーー数時間前
リアムに置いて行かれながらも何とか目的の部屋までたどり着いた。
理事長と書かれたプレートがはめられたその扉はずっしりとそこに構えてあり、近付き難い。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、リアムは扉に近づきそして二度鳴らした。
扉の見た目の割には随分と軽い音が鳴った。
暫くして中からどうぞという声が聞こえた。
その言葉を合図に、彼は何の躊躇いも無く扉を開け、後に続けとばかりの視線を送ってから中に入った。
恐る恐る足を踏み入れる。
中は想像以上にシンプルで、奥に机と椅子があるだけだった。こちらに背を向けていた椅子がくるりと向きを変え、部屋の主人が姿を見せた。
女性だ。きつい印象を与える冷たい色をした目がこちらを射抜いた。漆黒の髪は結わずに肩にかけてある。威厳たっぷりにこっちを見つめてくる彼女は、赤い唇をゆっくりと開いた。
「おはようございます、リアム・フォーサイス様 。本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」
俺とは目も合わせないでリアムに言った。あの、俺もいます。
「おはようございます、理事長。単刀直入に言いますと、僕とこちらにいるグラン・ホークショー君でローレンツ魔法学校に入学したく、入学手続きをして頂こうと思いまして……」
「左様でございますか。そうですね。リアム様は良しとして、そちらのグラン君はあるのですか? 魔法を習得する上での覚悟や責任が」
入室してから一度もまともに俺を見なかった彼女が初めて俺と目を合わせた。
「覚悟と責任ですか……」
いざ聞かれると言葉が詰まる。
覚悟……責任……覚悟…………
頭の中でぐるぐるとその言葉が渦巻く。
「無いのでしたら、即刻! この敷地から出た方が身の為だと思います。学生とて、魔法使いは危険が付き物です。どういたしますか?」
きつくこちらを睨みつけながらハッキリとそう言った。
どうする……どうすればいい……
もともとリアムに誘われて来ただけで、覚悟など考えていなかったし、そもそも責任って何だ?
「……俺……俺、覚悟って言ってもそんなの考えたこと無いです。訳もわからずにリアムについて来ただけだし……だけど、リアムが俺には魔法の才能があるって言ったから、半信半疑にそれを信じてみようと思ったんです。初対面の人の言葉を信じる馬鹿だと思うかもしれませんが、何故かその時は信じれたんです。変ですよね……
あの、俺、死なない覚悟って言いますか。それだけはあります! それに、亡き両親の仕事を受け継ぎたいんです。すみません……まとまって無くて、何言ってるか分かんないっすよね」
今の胸中をとりあえず口に出した。
一度も目をそらさずに言えた自分を褒めたいような、何故か誇らしい気持ちが湧いてきた。
「死なない覚悟、それで充分です。責任はまたおいおい。とりあえずは入学試験を受けることを認めましょう。こちらに名前と血印をお願いします」
馬車でも言われたが、入学試験の言葉に引っかかりを覚えながらも紙に名前を書き、渡された針で指に傷をつけた。緊張で痛みなんて感じなかった。
傷口からぷくりと鮮やかな赤色の山が出来たのを確認して机の上の紙に押し当てた。指を離すとそれは一瞬輝いて、またただの紙に戻った。
隣の紙も一瞬輝いたから、リアムも終わったのだと分かった。
「理事長、一つお願いがあります。ここにいる僕はフォーサイス家のリアムではなく、どうか一人の生徒として接して貰えませんか」
「わかりました。 他の先生方にも後程伝えておきましょう。では、あなた方にはこれから入学試験を受けていただきます。無事入学できるよう健闘を祈りましょう」
「あの……その入学試験ってあの字の通りの入学試験ですよね?」
「お読みになって無いのですか? 先程、血印を押した紙は入学試験における怪我の一切の責任を我が校は負わないとする物で、てっきりそれを了承したものだと思ったのですが……詳しくは試験官か監督官に聞いてください。そろそろ時間ですので飛ばしますよ」
あたふたする俺は訳もわからず光に包まれた。最後に見たのは黙ってこっちを見つめる彼女の姿だった。
「え、ちょっ、えーーーー!!!」
果たして俺の渾身の叫びは彼女に届いたのだろうか。