始まりの朝
これより視点変わります。
この日、グラン・ホークショーは朝の占いを信じたことを非常に後悔していた。
「くっそ! なんでお前らがこんなとこにいるんだよ!」
目の前には腹を空かせたジャーマウルフが六匹。
滅多に山から降りて来ないが、食べ物にありつけなかったのだろうか。
絶好調という言葉を信じて無防備に麓まで来たのが運のつきだった。
「もう絶対に朝の占いなんか信じねぇ! どうすんだよこの状況……一匹ならまだしも六匹とか逃げ切れねぇよ! 俺今日死ぬのかよ!?」
天に向かって叫ぶも状況は何も解決しない。
その時、一際体の大きいジャーマウルフが動きを見せた。逞しい四肢をのそりと動かし、探るようにじっとこちらを見つめる。
その個体がボスだと直感的にわかったが、鋭い双眸に睨まれ悲しいことに一歩も動けない。
一方でジャーマウルフたちは目の前の人間が武器も持たない弱い種族だとわかると互いに仲間に合図を出した。
こちらを威嚇し唸り声をあげるジャーマウルフにもはや為す術も無い。
せめてもの抵抗に近くにあった石を投げたが、火に油を注ぐだけだった。
ボスウルフの口の端から煙が見えた。
ブレスが来る! 心の中で死を覚悟した。
絶望的な状況の中、脳裏に家族の顔がチラつく。
ボスウルフの頬が次第に膨らみ、そしてブレスが勢いよく放たれた。
あまりの恐怖に目を閉じたが身を焦がすその熱は一向にやってこない。
むしろ肌寒さを感じて恐る恐る目を開けると、驚く事に目の前には氷の壁があった。ジャーマウルフたちもいきなり現れたそれに戸惑いを見せた。
「す、すげぇ……これ俺の力か?」
自分で出したのかと思ったが、どうやら違うようだ。
突如目の前の氷壁から矢の形をした氷が放たれた。
驚きで動けなかったボスウルフは抵抗することも叶わず呆気なくその一生を終えた。
ボスがいる時のジャーマウルフの群れの結束力は強いがそれを失った今は砂の塔のように脆く、そして崩れやすい。
一匹が逃げ出すと後のジャーマウルフもそれに続いて散り散りに山へと消えていった。
「助かっ……たのか?」
やっぱり朝の占いは当たっていたのかもしれない。
誰が助けてくれたのかあたりを見渡したが、人っ子一人いない。
「えぇと……助けてくれた誰かさん! ありがとうございました! 命助けてくれたお礼になんか奢ります。えっと、まだ近くにいますか?」
「そんな大声出さなくても十分聞こえる」
どこからか男の声が聞こえた。
もう一度あたりを見渡したがやはり誰もいない。
幻聴だろうか……そう思ったその時、後ろでパキリと枝が折れる音がした。
急いで振り返ると一人のエルフが立っていた。
秀麗という言葉は彼のためにあるのでは無いかと思う程にその言葉は当てはまっている。
腰まである白銀の長髪がなびく姿はなんとも幻想的だ。髪と同じ色をした目に、スッと通った鼻筋。肌は上質な陶磁器のように白い。立っている姿に、まるで絵の中に引きずり込まれたかのような錯覚を起こされる。
中毒性のある美しさに目が離せなかった。
だが、男だ。
俺が惚けてる間にも彼はこちらに向かって歩いてくる。距離はそう長くはないがやたらと時間を長く感じた。
俺の目の前で止まると右手を差し出した。
「リアム・フォーサイスだ。よろしく」
とニコリとも笑わずに静かに言った。
「へっ?」
「へっ? ではない。俺の名だ。お前、名はなんだ?」
「えぇと……グラン。グラン・ホークショーです。お兄さんが俺を助けてくれたんですか?」
「そうか、名はグランか。お前には俺とパーティを組んでもらう」
予想していなかった返事に言葉を失った。ていうか、質問!! 俺の質問!
「あの…… リアムさん「リアムでよい。敬語も無しだ」あっ、はい。パーティって、あのパーティでっ、だよね?」
敬語は無しだと言う割に彼、リアムの言葉遣いは結構かたい。
「お前、パーティも知らないのか? 簡単に言うと俺と一緒にギルドに加入してクエストをこなして欲しい。クエストってのは魔獣の討伐やその他の依頼だ。基本は主に魔獣系の討伐だがな」
要するに俺と一緒に冒険者になりたいって訳か。なるほど、分からん。
いや、そもそもそういう意味で訊いた訳じゃないよ!? 何で俺と組もうとしたのか的な意味を含んだ確認だったんだけど……
「でも、俺魔法使えないでっ、よ。魔法使えないとクエストって受けられないだろ?」
「その心配は無い。魔法に関しては、お前には素晴らしい才能がある。それは保証しよう」
どこでそう思ったんだよ。
これは新手の詐欺なのではないかと彼に疑いの目を向けた。
「先ほど、木の上から囲まれてるお前を見てたが、まさか無詠唱で魔法を発動させるとはな。実に素晴らしい」
「そんなまさか……あれはリアムがやったんじゃないの?」
無詠唱魔法。
もともと魔法は呪文を詠唱しなければ発動できない。しかし、一部の術者は詠唱せずとも発動させることが可能だ。ただ、それにはかなりの年月が必要らしいが、詳細は俺には分からん。
「だからさっき言っただろ。俺は木の上で見てただけだとな。まあ、最後の攻撃は俺だ。お前に攻撃する気配が全く無かったからな。あのままでは氷壁を突破されて食い殺されていただろう」
あれ? リアムさん、ちょっとくだけた?
「や、でもやっぱ俺じゃ無いよ。俺魔法なんて習ったこと無いし、俺の姉ちゃんもちょっとしか魔法使えないから 」
「命を守るために無意識に発動させたのだろう。よくある事だ。お前の両親はどうだ?」
両親って言葉に体がびくっと震えた。
「両親か……うちは俺が産まれて間もなく他界したよ。ドラゴン討伐で亡くなったらしい……ったく、二人して産まれて間もない赤子を残してドラゴン討伐なんて危険なクエスト受けるんじゃねぇって話だよな」
ここまで育ててくれた姉ちゃんに不満は無いが、欲をいうとやはり両親は恋しい。不思議な事に、家には絵の一枚すら無いから顔なんて勿論知らない。
「そうか……それはすまないことを聞いてしまったな……だが、お前に魔法の才能があるのは確かだ。パーティを組むかどうかは無理強いはしないよ。俺と組む決心が出来たらここに来い」
そう言って住所が書かれた紙を渡された。
「また会えることを期待してるよ、偉大なるグラン……ホークショー……」
リアムは名残惜しそうに手を振ると何か呟き、刹那巻き起った暴風に包まれた。
そして、それが止む頃には彼の姿は跡形もなく消えており、またあたりに静けさが戻った。
「魔法の才能か……てか、偉大なるグラン・ホークショーって何だよ。俺、偉大じゃねぇし!!」