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むかしむかしネコの国のネコ王様は

作者: 成浅 理季

ここはネコの国。

通称キャットワールド...ってまんまですね。


まあ、それは置いておいて。


その国を治めております現・ネコ王様はたいそう退屈しておりました。

ネコの国は平和そのもの。

のんびりしていて食べ物にも住むところにも恵まれている。争いなどもちろんなく、そもそもそんな概念すらありません。


平和なのはとても良いこと。それは分かっているのですが日々玉座に座り執務を淡々とこなすだけの生活は楽しいこと好きのネコ王様には苦痛でしかありませんでした。


そこである日、ネコ王様はイベントを催すことにしました。

確かに自分自身が退屈で退屈で仕方なかった、という理由もあるのです。だけど日々怠惰に暮らす国の住民たちの楽しみがないということも国の問題として挙がっていたのも事実です。

ですのでいい機会だと思いそれを利用......げふんげふん。もとい、改善しようと考えられたのです。


イベントに参加するメンバーを集い、最終的に集まったのは全部で七人。

学者の『ジュン』、町の古道具屋『メイル』、腕利きの商売人『ベーグル』、来月に初孫の誕生を控えた長老『マーチャ』、町で有名なパティシエ『アーガス』、絵本作家『アプリル』、そして村人の『ノーラ』。


なかなかの猛者が現れました。

一人を除いてみな、国やその町に名の知れた者ばかりです。

ネコ王様も申込書を眺めながらそう思いました。

これはなかなか面白いことになるぞ、と。


数日後。

ついにイベントの日がやって来ました。

国中の人達が皆、国の中心に構えられたネコ王様の城へと足を運びます。

このような国を挙げたイベントが催されることは今までなかったので模擬店が出たり芸をする者がいたりとお祭り騒ぎです。

皆、思い思いにそれぞれのときを楽しみーー


そしてついにその時が訪れました。

城の最上階。王の玉座の前に七人の猛者が集結しました。

背格好は統一性がなくバラバラです。その格好はまるでそれぞれのこれまでの暮らしを象徴しているかのようでした。


順番に一人一人を眺めネコ王様は満足気に「うむ」と頷きました。

簡単な挨拶を終えついにネコ王様は七人の猛者たちに課題を言い渡しました。

「『幸せ』を持ってきてもらおう。」

七人も猛者たちはもちろん、周りを取り囲んでいた観客さえも首を傾げました。

そんな姿かたちのないものをどう持ってこいというのだ、と。


けれどその疑問を口に出す者はいませんでした。

相手が王様だからではありません。

皆、こう思ったのです。「王様が言うのだからきっとなにか意味があるのだ」と。


違うのです、そうではないのです。

最初に言った通り王様は自身の娯楽のためにこのイベントを開きました。

普通に競わせるだけではなんの面白みもないと考えた王様はただ難しい課題を出して七人の参加者がどう対処してくるのかということを試したかっただけなのです。

裏の理由なんかもちろんありません。


そんなネコ王様のてのひらに見事踊らされることになった七人の猛者たちは一番に誰よりも素晴らしい『幸せ』を持って来ようと城を飛び出していきました。

さあ、これより時間無制限の幸せ探しのはじまりです。


最も早くネコ王様の元へ『幸せ』を持ってきたのは来月に初孫が誕生する町の長老マーチャです。

マーチャは一冊のアルバムを差し出しました。

「ワシはこの国で一番の幸せ者じゃ。」

そう言ってパラパラと日に焼けたアルバムをめくります。

写っていたのは主に一人の女の子。その子が誕生したときからだんだんと成長していく時間が切り取られています。

一番最後のページに写っていたのは一組の男女とその間に座って笑うマーチャ。女性は膨らんだお腹に手を当てニッコリと微笑んでいました。

「うむ」とネコ王様は頷きます。

「これはなかなかのものだ。」と。


二番目にやってきたのは学者のジュンです。

「私はこの国で一番の幸せ者です。」

そう言って差し出したのは有名な学校の卒業証書や論文の束。

幼い頃から努力を重ね遂に自分の願いを大成したジュン。現在も自分の好きなことを研究し続けています。

「うむ」とネコ王様は頷きます。

「これはなかなかのものだ。」と。


三番目にやってきたのはパティシエのアーガスです。

「僕はこの国一番の幸せ者なのです。」

そう言って差し出したのはアーガスが店で出しているケーキです。

留学をし、腕を極めて店を出したアーガス。町で一番人気のそのお菓子屋は毎日老若男女の笑顔で溢れています。その笑顔は何事にも変え難い幸せだとアーガスは続けます。

「うむ」とネコ王様は頷きます。

「これはなかなかのものだ。」と。


四番目にやって来たのは腕利きの商売人ベーグルです。

「オレはこの国一番の幸せ者だ。」

そう言って差し出したのは店の売上高です。

「お金が貯まるってこたぁ、オレ自身の仕上げた一級品の商品が認められたってこったぁ。」とベーグルは言います。

「うむ」とネコ王様は頷きます。

「これはなかなかのものだ。」と。


五番目にやってきたのは絵本作家のアプリルです。

「私がこの国一番の幸せ者です。」

そう言って差し出したのは自分の著書。

あちこちでベストセラーになったその絵本はそれを読む多くの読者に夢と感動を与えました。

自身の叶えた夢で他者に夢を見せるそれこそが自分の幸せなのだとアプリルは言います。

「うむ」とネコ王様は頷きます。

「これはなかなかのものだ。」と。


六番目にやってきたのは村の古道具屋のメイルです。

「ワタクシがこの国一番の幸せ者です。」

そう言って差し出して来たのは年季の入った店の商品と一枚の写真。

写真の中では店で購入した商品を手に持った少年と少女が笑っています。

「古い道具でも綺麗にすれば必ず持ち主が現れます。道具とお客さんの出会いの橋渡しをすることがワタクシの一番の幸せなのです。」

「ウム」とネコ王様は頷きます。

「これはなかなかのものだ。」と。


さあ、全ての『幸せ』が出揃いました。これより最終判定のお時間です。


...え?誰か忘れてないかって?

ああ、そうそう。村人のノーラですね。

大丈夫です。忘れてなんかいませんよ。忘れていませんとも。


もうイベント開始から半年が経ちました。

ですが、一向にノーラが戻ってくる気配がありません。

どこにどんな『幸せ』を探しに行ったのか...

いい加減待ちくたびれたネコ王様はノーラを棄権と見なすことに決めました。


学者のジュン。町の古道具屋のメイル。腕利きの商売人のベーグル。初孫の誕生を控えたマーチャ。町で有名なパティシエのアーガス。絵本作家のアプリル。

どれも個性のある素晴らしい幸せの形。

誰が優勝してもおかしくはありません。


発表の前夜。

「ふむふむ」とネコ王様が執務室で頭を悩ませていると扉がノックされ秘書が入ってきました。

「ネコ王様にお手紙です。」

そう言って差しだされた白い封筒の裏には差出人の名が書かれています。

それを確認しネコ王様は封筒の中身を取り出しました。

「これはーー」


明くる日。

玉座に座ったネコ王様の前には六人の猛者たちが並んでいました。

あれから半年近くの年月が経っている分、猛者たちは少し成長して見えます。

「では、これより優勝者を発表する。」

ごくりと皆喉を鳴らしました。

緊張の瞬間です。

「優勝者はーー」


「村人、ノーラーー!」

六人の猛者もさたちはポカンと口を開けました。

いつ誰がどんな『幸せ』を持ってきたのかは互いに把握しているのです。

だから当然村人のノーラがまだ『幸せ』を持ってきていないことは全員が分かっていました。

「いったい何故?」全員がそう思ったことでしょう。

ネコ王様は昨日届いた封筒を取り出しその中から一枚の写真を出して見せました。

その写真を六人の猛者たちは見て愕然としました。

写真の中にいるのは人間の少女と抱き抱えられたネコ。


そうです。ノーラは幸せ探しの途中で立ち寄った人間の世界で少女に出会ったのです。

ネコたちにとっての一番の幸せとはなにか。それを思い知らされる一枚。


ネコたちは心の奥深くで本当の幸せから目を逸らし続けていたのだと気づきました。



むかしむかしのネコの国。

この国では日々運命の人に出会ったネコたちが忽然と姿を消していきます。

そんな中で今日もネコ王様は執務に励みます。


いつか自分に首輪を付けてくれる人に出逢えるだろうか......

そう思いながら。

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