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そのよん。

 その日私は、赤い目で出社した。誰かに大丈夫かと聞かれるたびに、花粉症だと言い訳した。昼食を買うためコンビニに向かう。目薬をカゴに入れたら、隣に誰かが立った。


「大丈夫ですか?」

 神崎くんだ。

「側に寄らないで。足踏むよ」

「そんなに怒らなくても」

 神崎スマイルが、今となってはうさんくさく思えた。スーパー好青年など、この世には存在しないのかもしれない。


「プロポーズの返事、したんですか?」

「振られたから、ナシになった」

「僕のせいですか?」

「ううん」

 私はかぶりを振る。結局、無理だったんだ。

「じゃあ、僕と付き合いませんか?」


 神崎くんの告白とかぶるようにして、コンビニの出迎え音が鳴り響く。ピンポンパンポンピンポーン……。この音、誰が考えたんだろ。なんか、間抜け。


「……ヤダよ」

「どうして?」

「神崎くん、黒いから」

「歯は白いですよ」

 神崎くんがに、と笑う。

「こんな、ドラマみたいな展開いやだ」


 ドラマなら、新田さんがヤキモチ焼いて、まるで王子様みたいに、私のことを奪い返しに来てくれるんだろう。だけどこれは現実だし、むしろ神崎くんと付き合えるなんて羨ましい、とか言われそうでいやだ。


「神崎くんなんか、嫌い」

 私はつぶやきを漏らした。新田さんに好かれる可能性がある人は、みんな嫌いだ。


「じゃあ、デートしましょう」

 と神崎くん。

「じゃあってなに。どの言葉にかかってるのよ」

「手応えないな、と思ったら諦めます」

「……」

「ね? 一回だけ」


 私は無言で頷いた。相手はブラックと化した神崎くんだし、断っても包囲されそうだ。もうどうにでもなれという思いだった。しかし、こんなことが宮園さんにバレたら殺されそうだ。


「やった。じゃあ、今度の日曜、動物園で」

神崎くんは、爽やか神崎スマイル(黒い)を浮かべた。





「小城さん、ちょっといいですか」

 終業五分前、宮園さんがそう声をかけてきた。よくないな。今日は早く帰って寝たい。現実逃避したいのに。そう思いながら、宮園さんにのろのろついていく。秋風が吹きすさぶ屋上で、私は宮園さんと対峙した。風が髪をなぶる。


 ……さむい。私はガタガタ震えた。正直、初冬の日暮れに屋上なんて、会話するコンディションとしては最悪だ。


 宮園さんは服の下にカイロでも仕込んでいるのか、まるで動じる様子がなかった。あのタイツ、ヒートテックだろうか。彼女は親の仇でも見るような目をこちらに向け、

「小城さん、神崎さんと仲良いですよね。付き合ってるんですか」

「いえ」

 寒いせいで、歯がカチカチ鳴っている。

「じゃあ好きなの? 釣り合ってないですよね、明らかに」

 私は腕をさすりながら、宮園さんを見た。


「釣り合ってるかどうかで、人を好きになるんですか?」

 彼女は眉をしかめる。

「はあ?」

「好きな気持ちは、コントロールできないものでしょう?」


 コントロールできたとしたら、それは恋ではないと私は思う。新田さんはけして私を好きにはならない。諦めたほうがいい。そんなのわかってる。だけど、好きな気持ちはどうしようもなくて。新田さんの後頭部を見てるだけで幸せで。辛さも楽しさも、全部私の恋なのだ。


 宮園さんは、声を尖らせた。

「なにわかったようなこと言ってんのよ、地味女のくせに」


 地味でも派手でも、釣り合ってなくても、誰かを好きになったら、みんなみっともなくもがくんだ。私はそう思う。


「私は神崎くんが嫌いです。私の好きな人が、神崎くんに優しいから」

 そう言ったら、宮園さんが目を瞬いた。

「……え?」

「今度デートの約束したから、よかったら代わります」


 私はそう言って、メモを差し出した。宮園さんは困惑気味にそれを受け取る。

「……」

「じゃ」


 私は足早に歩き出す。神崎くんに悪いことをした。デートの替え玉なんて。だが、こっちだって意地の悪いことをされたんだし、お互い様だ。私はそう思いながら、震えながらフロアへ戻った。


 帰宅した私は、湯豆腐を食べながらテレビを見ていた。あったかくてホッとする。チャイムが鳴ったので、玄関へ向かった。

 ドアを開けると、郵便のお兄さんが立っていた。彼はハンコお願いします、と言い、小包を渡してきた。ブラック神崎とはちがい、愛想のないお兄さんだ。私は、小包を手に部屋へ戻る。誰からだろうと、宛名を見た。

「あ、新田さんだ」


 私は急いで小包を開け、中身を取り出す。入っていたのは、クリスティーの本。他にはなにも入っていない。すこしがっかりした。


私は、まだ何かを期待しているんだ。本をぱらぱらめくっていたら、何かが挟まれていた。


「しおり?」

 新田さんのだろうか。白樺の写真のしおり。私はそれをじっと眺めた。



 シンデレラは、王子様に会うために、めいいっぱいおしゃれをする。もし王子様が男好きだったら、あの話はどうなっていたんだろう。まあ、誰もそんな話、読みたくないかもしれないが。私はシンデレラじゃないし、新田さんは王子様じゃない。新田一馬は、オネエの酪農家だ。


だから私は、ドレスではなく、量販店で買った服を着ていく。もし人手に困っていたら、手伝えるように。


 11月3日、文化の日。今日から三連休が始まる。私は自腹で飛行機に乗り、北海道を訪れていた。今回は迎えがないので、タクシーを使って新田家と向かう。雄大な景色を眺めながら、私は徐々に不安を募らせた。突然訪れて、帰れと言われる可能性は無限大だ。しかし、そこはこの前の活躍を持ち出せばいい。


 タクシーが、新田家の前に止まる。私はタクシーから降り、新田ファームを見上げた。

 入り口に向かうと、一輪車をひく耕三さんと遭遇した。彼は私を目にして、目を瞬いている。

「……妙子さん?」

「こんにちは」

「来るって聞いとらんけど」

 耕三さんは困惑している。

「はい、急にきてしまいました」

 私の表情からただならぬものを感じたらしく、耕三さんは息を飲む。

「とりあえず、どうぞ」


 彼は私を促し、家に入る。

「一馬は買い出しにでとるんだけど」

「そうですか、待たせていただいていいですか」

「ああ、もちろん。母さん、なんか菓子ないか」

耕三さんが尋ねると、

「たしか、缶の中にクッキーがありますよ」


 私は出されたクッキーを食べながら、新田さんを待った。ホロホロしていて、バターの風味が香ばしい。もしかして、これも新田ファームで作っているのだろうか。


肥えるけど、もうちょっと食べたい。そんなことを思っていたら、足音が聞こえてきた。私は口元についたクッキーを払い、背筋を伸ばす。

 両手に紙袋を抱えた新田さんが、居間に入ってくる。


「ねえ、電球って60ワットだったわよね? おんなじのがなくて……」

「おかえりなさい」

 私がそう言ったら、彼はぽかんとした顔でこちらを見た。

「……なにしてんの、アンタ」

「忘れものを届けに」

 私は、しおりを取り出し、新田さんに差し出した。彼は困惑気味に、私の前に座る。しおりをながめ、

「わざわざこのために来たって言うわけ」

「いえ」

 私は一枚の紙を取り出し、新田さんの前に置いた。


「これ……婚姻届?」

 私は頷いた。

「結婚してください」

 その時、外野からおお、という声が聞こえた。新田父母が、台所からこちらを覗いていたのだ。新田さんがにらむと、そそくさとその場を去る。新田さんはこちらに目線を戻し、

「アンタ、神崎くんと付き合うんじゃないの」

「付き合いません。神崎くんはブラックです。割と嫌いです」


「よくわかんないけど……これは持って帰って」

 新田さんは、婚姻届けを押し返す。

「どうしてですか?」

「もう会わないって言ったじゃない」

「先にプロポーズしたの、新田さんですよ」

 そりゃそうだけど。新田さんはつぶやく。彼は髪をクシャリとかきまぜ、

「やっぱりあり得ないわよ。アンタだって子供とか、欲しいでしょ」

「養子をとればいいです。現在、日本には養育を放棄された子供がごまんといますし」

新田さんが、悲しくなる話をするな、と言った。そうだ、子供が減っていることより、産んで育てない人がたくさんいるということのほうが、よほど悲しいことだ。

「……なんでアタシなの。他にもたくさん、男いるじゃない。地球上の半分は男じゃないの」


 そうだ。男の人はたくさんいるのに。優しいひとだって、かっこいい人だって、たくさんいるのに。

「普通の男を見つけた方がいいわ」

 普通ってなんだろう。ああそうか。新田さん以外の人だ。オネエだからじゃない。男が好きなひとだからじゃない。私が新田さんのことを好きだから、彼は特別なんだ。地球上で、私がドキドキするのは新田さんだけなんだ。


「……送るから、帰りなさい」

「新田さん以外の男なんか、みんなカボチャです!」

 私は立ち上がって叫んだ。その拍子に、涙が勝手にこぼれ落ちる。新田さんはじっと私を見上げていた。


「……でも、カボチャと結婚したほうが、いいのかもしれません」

 宮園が言ったように、新田さんは私にとっては、釣り合わない相手なんだ。ぐいっと涙を拭う。

「失礼しました」

 私は頭をさげ、婚姻届けを手にした。そのまま、居間を出ていく。妙子さん、と呼ぶ声が聞こえたが、足を止めなかった。

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