表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

そのいち。

やっぱりくっつけたかった。

 昔読んだシンデレラの絵本には、かぼちゃの馬車が描かれていた。それを見て思ったものだ。こんなにでっかいかぼちゃが、あるわけないよね、って。


「アンタほんと、夢のない女ね」

 新田さんが言う。


「そんなことないと思いますが」

 私はそう答えた。だって現実的に、でかいかぼちゃに乗りたいかどうか考えてほしい。私は乗りたくない。絶対乗り心地が悪い。大体、ガラスの靴って歩きにくそうだし、ものすごく靴ずれしそうだ。


 隣に立つ新田さんは、雑誌から抜け出て来たモデルのような佇まいである。彼はサングラスを外して、目を細めた。雑誌の裏によく載っている、焼酎の広告みたいだ。

「あんなもんですよね、あったとしても」


 私はそう言って、目の前のかぼちゃ畑を指差した。北海道の地中から全て養分を吸い取ったような大きいかぼちゃが、でん、と植わっている。

「あんまりでっかいと、中身がスカスカになんのよ」

「さすがですね」

「何がさすがよ。考えりゃわかるでしょ。馬鹿なの?」


 この口の悪い男は、私の元同僚にして、現在は酪農家の新田一馬だ。女のように喋っているが、れっきとした男である。新田さんは第三の性──いわゆるオネエであった。


 時は10月21日。私は、新田さんの故郷にして、食糧自給率200パーセントの北海道に来ていた。

 なんでかというと、彼の実家──新田ファームにお呼ばれしたのである。


 それは、一週間ほど前のことだった。

「アンタ、10月28日ヒマ?」

 その問いに、私は目を瞬いた。ちょうど、自宅アパートで篠田丼を食べているときに、新田さんから電話がかかってきたのだ。私はスケジュール帳を開き、空白を確認した。


「はい、なにもないですよ」

 そう答えたら、なぜか馬鹿にされる。

「土日なのに? ハア~、悲しいわねえ」

 ムッとしていたら、

「じゃあ、ウチ来ない?」

「ウチ、って」

「北海道。飛行機代出すから」

 そこまでして実家に来いとは。なんだろう。私は篠田丼を咀嚼して、ハッと目を見開いた。


 まさか……ご両親に挨拶、とか。いや、まさか。私がぐるぐる考えていたら、新田さんが不審げに問うた。

「ねえ、ちょっと聞いてんの」

「は、はい、聞いてます。行きます!」

 私は慌てて返事をした。そんなわけで、新田さんのおごりで、北の大地へと旅立つこととなったのである。


 私は、新田さんに一度振られている。それなのに呼ばれたらホイホイ行くのは、まだ未練があるからにほかならない。ほんのちょっと可能性があるのでは、という思いが根底にあるのだ。新田さんに言ったら、「そんなもんはない」と一刀両断されそうだが。


 名古屋から北海道までは、飛行機で三時間ほどかかる。旅行鞄を持って、帯広に降り立った私は、JRに乗り幕別町へ向かった。ホームに降りたち、新田さんに電話をかける。


「ああ、ついたの。迎えに行くから待ってて」

「ありがとうございます」

 私は通話を終え、構内にある待合室にて新田さんの到着を待った。構内には、地元球団に入団して久しい、大型新人のパネルが飾られている。

 彼は日本に収まる器ではないから、じきに海外へ行ってしまうことだろう。広く羽ばたいてほしいものだ、と私は思った。


 持ってきた文庫本でも読もうと、鞄を探る。本屋で見かけて、買ったはいいが、読みそびれていた本を取り出した。本に没頭すること数十分、視界がふっ、と暗くなる。


「久しぶり」

 その声に、顔をあげる。長身のイケメンが目の前に立っていた。サングラスをかけている。一瞬誰かと思った。

「あ、新田さん」

「あ、ってなんなのよ」

 数ヶ月ぶりなので、全然変わっていない。相変わらず男前だ。


 新田さんはサングラス越しにジロジロ私を見て、

「アンタ、相変わらず肌荒れてるわね。アタシがあげたビタミン剤、ちゃんと飲んでんの」

「飲んでますよ」

「どうだか。ま、いいわ。行きましょ」

 新田さんは、私の旅行鞄を奪い取る。

「あ、自分で持ちます」

「いいから」

 さっさと歩いて行く新田さんに、私は急いでついていった。


 新田さんのご実家は、かの有名な十勝平野にある幕別町というところだ。幕別町にある50農家のうちひとつが、新田ファームなのであった。なんでも、近所の酪農家とは、自動車で二時間くらい離れているらしい。


 どうやら近所の概念が、名古屋とは違うようだ。同じ地球、それも同じ国だと言うのに、北海道の空はなぜこんなに澄んでいるのだろう。やはり空気が綺麗だからだろうか。


 私がぼんやり窓の外を眺めていたら、運転席の新田さんが口を開いた。


「ちょっと休憩していい?」

「あ、はい」

 新田さんは、広い道の傍らに車を止め、降りる。やはり名古屋に比べると寒い。私は身体にストールを巻きつけ、目の前に広がる大地を見渡した。土の上、オレンジ色のコンバインが駆動している。カレンダーにしたい雄大さだ。


「見渡す限り平らですね」

「北海道の面積、愛知の16倍らしいわよ」

「マジですか」

 さすがはでっかいどう。

「道内でも飛行機で移動したほうが早かったりするしね」

「買い物とかどうしてるんですか?」

「まとめ買い。まあ、食料には困らないし」

 なるほど。

 そしてぶらぶら歩いていた私は、かぼちゃ畑を発見し、冒頭に戻るのだった。


 かぼちゃ談義をしたのち、のどかな道中を車で行くこと三十分、新田ファームに到着した。首にタオルを巻いたおじさんが、一輪車で藁を運んでいる。車から降りて来た私と新田さんは、おじさんに近づいていく。

「ただいま、父さん」

 おじさんは私たちを見比べ、ぽかんと口を開けた。


「一馬、おまえ……」

 新田さんは気だるそうな口調で言う。

「あー、勘違いしないで。ただの元後輩よ」


 キスしたけど。私は心中で付け加える。考えてみたら、新田さんのあの行動って結構ひどい気がする。実際、あのキスのおかげで、私は未練がましく新田さんに片思いを続けているんだし。きっぱり振られたのに、99パーセント叶わない恋をしているのだ。


「はじめまして、小城妙子です」

 私が頭をさげると、おじさんが帽子を脱いだ。

「ああ、新田耕三です。一馬の父です」

 この人が新田さんのお父さん──。日焼けした肌に、無精髭。背も低いし、一見あんまり似ていない。目元あたりは、結構近い雰囲気かも。


「女の子が来るなんて聞いとらんぞ」

 耕三さんは困惑気味に言う。

「別にいいじゃない、どっちでも。この子、暇らしいから連れてきたの。こき使っていいから」

 新田さんは、私の頭にぽん、と手を置いた。親御さんにもこの口調なんだ。私はそう思う。耕三さんは私を見て、

「……そのかっこじゃな。着替え貸すから、こっちに」

歩き出した。私は慌てて耕三さんについていく。足が速いところは息子とよく似ている。


 耕三さんは私を室内に誘い、この部屋は鍵がかかるから、と着替えを渡してくれた。渡されたのは、クリーム色のつなぎだった。


 つなぎに着替え、耕三さんのところへ戻る。耕三さんは私を見てうんうん頷き、

「いいべさ」

 なにがだろうか。

「妙子さんは、いくつですか」

「24です」

「若いな。一馬のその……」

「元後輩です。ちなみに、振られた後輩です」


 耕三さんは、心なしか残念そうな表情になった。

「そうか……一馬が女の子を連れてきたのは、初めてだったから」

 なんだか、申し訳ない気分になった。牛舎に向かうと、同じくつなぎ姿の新田さんがいる。同じつなぎなのに、彼が着るとなぜかおしゃれに見えた。新田さんはジロジロ私を見て、

「アンタ、やけに似合うわね」

 なんだろう、あんまり嬉しくない。


「何をすればいいんでしょうか」

 そう尋ねると、

「決まってるでしょう。デントコーンの収穫よ」

 新田さんはキリッと答えた。はい、決まってますよね……なんですか、デントコーンって。


 ★


 デントコーンとは。牛の餌にするための、大きいトウモロコシのことである。なんでも、このトウモロコシの収穫を、たった一週間で行うそうなのだ。

「サイレージって聞いたことない?」

「ああ、なんかあるような」

 新田さんは、コンクリートに穴を開けたものを指差し、


「あれはバンカーサイロ。デントコーンを発酵させて、あそこに入れとくの」

 耕三さんは、青い農業車に乗り、デントコーンを収穫している。

「でっかい車ですね」

 何トンするのだろう、耕三さんは大きな車を華麗に乗りこなしている。かっこいい。


「とにかく早く収穫しなきゃなんないから、台風が来そうなときは人海戦術なの」

 つまり、私はトウモロコシを刈るために駆り出されたのだ。虚しくなんかない。私は、日本の食卓を支える役割を担うのだ。

「役割分担でやるから。アタシがデントコーンを集める。アンタ、それを踏み固めて」

「ハイ」


 全く門外漢の私は、新田さんに言われるままに動く。ひたすらトウモロコシを踏む瞬間がやってくるとは、数時間まえはまるで思わなかった。私は足を動かしながら、ちらっと新田さんを見る。


 つなぎから覗く二の腕。あらわになった首筋。かっこいい……。新田さんが黙々と何かをやっている姿は、えらく素敵だ。見とれていたら、じろりとにらまれた。

「何見てんのよ。働きなさい」

「すいません」

 慌てて作業を再開する。傍で、牛がモーモー鳴いていた。


 昼が来て、私は新田家で昼食をご馳走になった。

「一馬の母です。まあまあ、こんな田舎に綺麗なお嬢さんが来てくれて」

 綺麗と言われ、私ははにかむ。新田さんは鼻を鳴らし、

「おべっか使わなくていいわよ、母さん。ただの元後輩だから」

「そうなの?」

 新田母はションボリ顔になった。また申し訳ない気持ちになる。


「やっと一馬に嫁さんが来てくれたと思ったのに」

「だから、アタシに嫁はこないって言ってんじゃない」

「一人で酪農やる気か。歳食ったらどうする」

 新田父がボソリと言う。


「べつに、血縁に譲る必要はないでしょう」

「おまえ、まだ男が好きだなんて言う気か。いい加減その病気なおせ」

「なおせませんー。生まれつきですう」

「はんかくさい(馬鹿馬鹿しい)」

 遠慮ない父子のやり取りに、私はハラハラした。

「気にしないで。いつものことだから」

 新田母はそう言って、漬け物を差し出してくる。

「ありがとうございます」

 私が漬け物をかじる間にも、父子のバトルは止まらない。


「そんなに孫が欲しいなら、代理出産って手もあるわよ」

「何言うんだ。そんな、命を冒涜しとる」

「ふっるーい。今頃珍しくもないわよ」

「子供は自然に産むもんだ」

「現代に自然なんてものはないのよ、父さん」

「しゃらくさい」

 肩身の狭い思いをしていたら、新田さんが肩を抱き寄せてきた。


「!」

「いい? アタシは女を抱けないの。どこ触ってもムラムラしないの。おわかり?」

 新田さんにほおを撫でられて、全身がかあっと熱くなる。

「何言っとる、ばかもん」

 新田父が立ち上がる。

「じゃあおまえは男じゃないわ!」


 新田さんは私の肩から手を離し、

「ああそうかもね。アナタみたいなのが「男」なら、一生なりたくないわ」

 ごちそうさまでした、と立ち上がる。


「さあ、さっさと作業の続きしましょう」

 そのまま居間を出て行く。残された私は、かなり気まずい思いをした。

「……昔っから、小憎らしいことばっか言いよって」

 耕三さんは、苦い口調でつぶやく。

「親に向かってアナタとはなんだ。気色の悪い言葉使うな」


 彼は私の存在を思い出したのか、はっとした。小さくなって頭を下げる。

「申し訳ない、みっともないとこ見せて」

「いえ」

「……妙子さんは、あれのどこがいいんだ?」

「口は悪いけど優しいところ、です」

 それで、とつぶやく。

「お酒に酔って、告白してしまいました」


 言ってしまった後、私は真っ赤になった。耕三さんは、ボソリと言う。

「あれは、普通と違う。都会ならまだいい。だが田舎では、普通と違うもんは排除される」

「あの子は、昔から頭がよくて」

 新田母が、懐かしむように目を細めた。


「勉強も、スポーツもできて、要領もいい。つまずくことなく生きてきて、私たちには自慢の子だった」

 彼女は湯呑みにお茶をそそぎ、

「だけど、ずっと嘘ついてたって、就職するときに言って……孫は諦めてくれ、って」

 耕三さんが、頭に手をやった。


「なんでだか、わからん。なんで一馬が、ああなったんだか」

 私は、差し出された湯呑みを見つめていた。

「新田さんは、ずっと、新田さんだったんだと思います」

 そう言って、この家には新田さんがたくさんいたことを思い出す。


「一馬さんは優しいから、ご両親がショックを受けるからと黙ってたんじゃないでしょうか。でも、嘘もつけなかった」

 嘘をつき続けても、結局は傷つけることになるって、新田さんはわかっていたんだ。


「普通と違うから、だから、一馬さんは優しいんだと思います」

 新田さんは、女性的でもあり、男性でもある。だから両方の視点を持っているのだと思う。新田母は、まじまじと私を見た。

「よく、知ってるんですね」

「え?」

「一馬のこと」

「いえ、そんなには……」

「妙子さんなら、一馬もその気になるんじゃないか」


 新田父・母両名が、目を輝かせて迫ってくる。

「あ、えーと、私、作業してきますっ」

 私は慌てて部屋から退散した。廊下にでたら、新田さんが柱にもたれて立っていた。

「あ」


 彼は私に流し目を送り、

「何を余計なこと言ってんの、アンタ」

「すいません、いて」

 デコピンを見舞う。

「私はアンタが思うような人間じゃないわよ、勝手に美化しないで」

「ハイ」

 変なところが気難しいんだから。

「ハイじゃないわよ。まったく」

 私はおでこをさすり、

「でも、新田さんがただの口が悪いオネエだったら、好きになりませんでした」

 新田さんは目を瞬く。むず痒そうな顔をしたあと、ばか、と呟いて、再びデコピンを食らわしてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ