夜の嵐
ひとりで夢を背負って、勝手に田舎を後にした。
意気込んで大都会へ出て来たのは、もう何年前だろう。
地元じゃそこそこ人気があった。ライブをやればチケットもハケた。
声を掛けられたのは、知らない弱小プロダクション。
やめとけよという声は嫉妬に聞こえた。
好機を見逃す愚か者に見えた。
なけなしの貯金と最低限の必需品。あとは肥大化した夢ひとつ。
それだけで俺の腹は膨れると信じていた。
それが今じゃどうだ。時給数百円のコンビニバイト。
大学生に混じって弁当を並べてる。このあとは工事現場。
これだけじゃ足りない。そんなことわかってる。
知り合いがコネをくれた。でも見栄で断った。
莫迦なことをやってるのはわかってる。そこまで愚かじゃない。
でも諦めたくないんだ。あの頃の俺のために。
だって誰が叶える? 俺以外の誰が?
バイト帰りに雨に降られた。美しいと思った闇夜に稲光。
土砂降りで傘はない。コンビニ前で魔が差した。
よりによって赤い傘。手に取る前に持ち主が来た。
目を丸くしていた。いつか見たような細い手首。
このまま溺れてしまえと思った。このまま打たれてしまえと思った。
だけどそれじゃ誰が叶える? あの頃の俺らのために。
莫迦なことをやってるのはわかってる。ほんとにわかってるんだ。
あいつから電話が来た。懐かしい訛りを聞いた。
「今度飲もうぜ」そんなことできるわけないのに。
どんだけ離れてると思ってんだよ。
なのに涙があふれた。酔ってることにしといた。
あいつも酔っていた。きっと酔っていたんだ。
「会いに行くよ」そんなことを言うような奴じゃないのに。
だからきっと俺らは酔ってた。夜の嵐がそうさせた。
莫迦なことなわけがない。あいつとの約束だから。
ほんとはわかってるんだ。