94 ガドンガルのハルバート
「ちょっと、しょんべんに行って来るぞ。」
ガドンガルが席を立った時、すでに周りのドワーフ達は酔いつぶれて半分以上がテーブルにうつぶせたまま、眠ってしまっていた。
ガドンガルの鍛冶の腕は、この集落の中でも大したことはないが、酒の強さだけはこの集落で一番強かった。
酒場のトイレに入るとトイレの中でそのまま寝ているドワーフがいた。
「おい、こんなところで寝るなよ。」
男用のトイレでしょんべんをしながら、トイレの床で大の字で寝ているドワーフに声を掛けるが、深く眠りについているのかまったく反応がなかった。
「仕方ないな。」
ガドンガルは、しょんべんが終わった後、大の字で寝ていたドワーフを肩に担ぎ、トイレの外に連れて行こうと出入り口に近づいた。
ガシャ、ガシャ、ガシャ・・・。
トイレのドアを開けようとしたガドンガルの耳に金属音が聞こえてきた。
その音は、昔よく戦場で聞いた鎧を着た騎士が歩く時に出る音と似ていた。
音がしないように肩に担いだドワーフを床に降ろし、ドアに耳を近づけてみた。
「ドワーフ全員捕まえろ!」
「反抗する者は殺しても構わん。」
「すでに最低限のドワーフは確保した。後は、見せしめに殺せ!」
ドアの外から声が聞こえた。明らかに異常事態だった。
「あのドアの中も見て来い。」
ガドンガルは、トイレのドアの開く側と反対側に立った。
ゆっくりとトイレのドアが開き、「おい、トイレの中にひとりドワーフが倒れているぞ。」と言って完全装備の兵士が入ろうとしてきた。
その兵士がトイレに入るか入らないかのところで、ガドンガルは思いっきりトイレのドアを蹴飛ばした。
トイレに入ろうとした兵士が、ドアがぶつかってひるんだ隙に、剣を持っている手に飛び掛り、剣を奪い取ると、その柄の方で剣を奪われて焦る兵士のお腹を痛打した。
「グゥ・・・。」
兵士は、そのまま声も出せずに、トイレの床に倒れた。
兵士が倒れてすぐに、ガドンガルはトイレを飛び出し、一直線に酒場の出口へと走った。
酒場のような部屋の中では、ひとりのガドンガルが圧倒的に不利だからだ。
勢いよく走るガドンガルに酒場の中の兵士達は、一瞬呆気に取られたが、すぐにガドンガルを捕まえようと動き出した。
中には、ガドンガルに剣を振ってきた者もいた。
しかし、ガドンガルは、少しくらい体に剣が当たろうが、まったく気にした様子もなく、相手にするわけでもなく、とにかく走り続け、酒場の外に飛び出した。
酒場の外に飛び出したガドンガルが見た光景は、地下空洞の真ん中辺りに集められたロープで縛られたドワーフ達と地下空洞の至るところに血を流して倒れているドワーフ達の姿だった。
中には、まだ戦っているドワーフ達もいたが、多勢に無勢で明らかに追い詰められていた。
外の様子を一瞬で確認したガドンガルは、躊躇することなく、再び、自らの鍛冶場へと走り始めた。
走っているガドンガルは、捕まっている仲間のドワーフも倒れている仲間のドワーフも戦っている仲間のドワーフのことさえも、一瞬も見ようとしなかった。
とにかく兵士と相対することなく、自らの鍛冶場に行ける道を選んで走り続け、無事、自らの鍛冶場に走りこんだ。
鍛冶場の中には、まだ鍛冶仕事をしていたはずの息子もガドリコの姿はなかった。
しかし、それさえも確認しようとはせず、ガドンガルは、鍛冶場の奥の部屋にしまっておいた自らの武器へと一直線に向かって行った。
奥の部屋には、ガドンガルが傭兵時代に着ていたフルプレートアーマーがあったが、とても着る時間はなかった。
仕方なく、近くにあったチェーンメイルだけを着ると、左の腰に片手斧をつけ、左手の腕部分に鉄製の盾をはめ、愛用のハルバートを持った。
ハルバートは、ミスリルで出来ている切れ味鋭い特注品だ。
ガドンガルの旅の成果が、このミスリル製のハルバートであると言っても過言ではない武器だった。
ガドンガルは、ほんの一瞬だけ目をつぶった。その時間は一秒にも満たなかっただろう。
その間にガドンガルが考えたことは、ある傭兵ギルドに属し、仲間と共にそのギルドをオーバースターまで昇格させた戦いの日々。
次に目を開けた時、そこに大したことのない鍛冶の腕を持ち、酒の強さだけが唯一のとりえであるドワーフはいなかった。
そこに居たのは、オーバースターのギルド『抗う心臓』の設立メンバーの一人、『不倒のガドンガル』だった。
登場人物
ガドンガル・・・ガドリコの父親で、『オーバースター』の傭兵ギルド『抗う心臓』の創設メンバーの一人。『不倒のガドンガル』として知られている。すでに『抗う心臓』はやめている。
ガドリコ・・・ガドンガルの息子。
ガドンガルのハルバート・・・実は息子ガドリコがあれほど鍛冶に熱中したのは、このハルバートとガドンガルのせいであった。
これほどの武器を扱う戦士であるガドンガルのことに憧れ、これほど素晴らしいハルバートを扱うような戦士に、自分の作った武器を使って欲しいと思い、その思いから鍛冶技術を磨くために精進していた・・・。
父親が酒場に出かけた隙に5分ほど、ひとりでこのハルバートを眺めるのが、ガドリコの楽しみの一つでもあった。
トイレで倒れていたドワーフ・・・この集落で一番酒が弱いドワーフ。名前は、ガジルンド。集落内で別名『転倒のガジルンド』と呼ばれている。酒を飲むとすぐに倒れて寝てしまうため名付けられた。
『不倒のガドンガル』・・・何人に攻撃されようが、どんな攻撃を受けようが、絶対に倒れないため、その名が付けられた。ただし、奥さんにプロポーズした時は、奥さんの「はい。」という言葉を聞いて、安心して腰を抜かして倒れたらしい。その場面を隠れてみていた友人が、「初めてガドンガルが倒れたところを見た。」と言って一時騒ぎになったらしい。
オーバースターの傭兵ギルド『抗う心臓』・・・ある某狼のせいで当作品内で侮られがちだが、実際には、伝説の傭兵ギルドのひとつ。『抗う心臓』の名の通り、支配している側より支配されてきた側に味方につくことを好む傭兵ギルド。そのため、民衆に人気も高く、各地の酒場ではその戦いを吟遊詩人が歌っている。




