70 『ヤマト』 一言言わせてもらおう。「そんなことあるわけ無いんですけどー。超ウケるー。」は言いっこなしだ。それは俺が一番分かっている。というわけで【弧月登場の巻】
草原地帯に入り、しばらくして遠くに森や山が見える場所まで来ていた。
馬車の外から何か言い合っている声が聞こえてきた。
すぐにパルテ達の乗っていた馬車の御者側の窓が外側から開き、御者が焦った声で言ってきた。
「姉御、まずい。後ろからマダラジャートが3匹追いかけて来てる。とりあえず、『レギウス護衛団』が別の場所に引き付けてくれるらしいが、あいつらは集団で狩りをする魔物だから、どっかで他のやつらが待ち伏せしてるかもしれねぇー。」
マダラジャートは、体長が2mを超える4足歩行の魔物で地球上でいうジャガーに良く似ていた。
集団で暮らしており、獲物を狩る時に追いかける側と待ち伏せする側に分かれることが知られていた。
その毛皮は人気があり、結構な値段で取り引きされていた。
ただ、体長がそれなりに大きい上に素早いため、狩るには難しい魔物でもあり、逆に人間側が狩られることも良くあった。
今回、『レギウス護衛団』が別の場所に引き付けるというのは別の場所に誘導した上で、馬のスピードで逃げてくるということだ。決して戦うということではない。
「レギウスの連中には悪いことになっちまったね。後ろだけでも3匹じゃ厳しいだろ。」
パルテの顔に焦りが浮かぶ。
「俺が行こう。」
ヤマトがそう言ったかと思うと、走っている馬車のドアを開け、止める前に飛び降りた。
「馬鹿!」
パルテが驚いて声を上げたが、すでにヤマトの体は、馬車の外に飛び出していた。
しかし、パルテの予想とは違い、ヤマトの体は何の抵抗もなく地面に立った。
その横を、残り2台の馬車が通り過ぎて行く。
ヤマトは、腰に刺した刀を一本抜刀し、「弧月、出番だ。」と呟いた。
ヤマトの目の前の地面に魔法陣が浮かび、銀色の毛をした体長1mの狐が現れた。普通の狐と違う所は、狐の尻尾は4本に分かれていた。
現れた狐が顔を上げ、ヤマトの目を見た。
「あの馬車3台を守れ。」
ヤマトが告げると、銀色の毛の狐は、「コーン。」とひと鳴きし、走っている馬車を追いかけ始めた。
ヤマトは、馬車を追いかける銀色の毛の狐の姿を確認すると、自分は後ろから迫ってくる2匹のマダラジャートを見た。
どうやら、『レギウス護衛団』が引き付けることが出来たのは、マダラジャート1匹だけらしかった。
ヤマトは、刀を正眼に構えた。そのヤマトの構えに無駄な力は一切入ってない。
ヤマトに迫ってくるマダラジャート2匹は、その勢いのまま2匹同時にヤマト目掛けて飛び掛ってきた。
マダラジャートには、わずかにヤマトの姿が揺れた程度にしか見えなかっただろう。
ヤマトの体に噛み付いたはずが、そのあるはずの抵抗を得られることなく、マダラジャート2匹はヤマトの体を通り過ぎた様に感じた。
そして、マダラジャートはヤマトに何をされたのか知ることなく、首が半分落ちかけた状態のまま、地面へと倒れた。
「『神命一流奥義 陽炎』・・・。」
神命一流とは、ヤマトの修行していた古武術の流派だった。
陽炎とは、わずかな体の動きで相手の動きを誘導して、相手にはまるで自分が相手の体をすり抜けたように錯覚を起こさせる技である。
2匹のマダラジャートを葬ったヤマトは、『レギウス護衛団』が逃げている方へ視線を向けた。
3人は馬に乗った状態で確認できたが、もう1人は、馬を倒され、マダラジャートに襲い掛かられていた。
ヤマトは、そのマダラジャートに向かい走り始めた。
マダラジャートに襲い掛かられた男は、馬から落ちた時、足を骨折していた。
乗っていた馬は、マダラジャートにすでに首筋を食いちぎられていた。
「お前ら、俺はいい。逃げろ。」
痛みを堪え、仲間に声を掛けた。
Cクラス3人では、マダラジャートの相手ができないことはないが、『レギウス護衛団』の中で一番経験があり、一番腕の立つ自分が真っ先にやられたことで明らかに動揺していたからだ。
10人で護衛をするということで受けたが、まさか『レギウス護衛団』の4人だけでやることになるとは。
後悔していたが、すでに後の祭りだ。
目の前のマダラジャートが、口元を馬の血で真っ赤に染めて、ゆっくりと近づいて来た。
もう、勝ち誇っているのだろう。マダラジャートの顔が微妙に笑っているようにも思えた。
男は、こんなことならギルドを飛び出すんじゃなかったなと思ったが、それももはや意味のないことだ。
俺は、ここでこのマダラジャートに首筋を食いちぎられて死ぬ。これは変えようのない現実だと覚悟を決めた。
せめて、一太刀浴びせようと、腰に刺した剣を抜いた瞬間、勝ち誇っていたマダラジャートの首がポトリと椿の花が落ちるように綺麗に落ちた。
まるで今思い出したかのように、時間差を置いてマダラジャートの首から血が噴出し始めて、そして、体が地面へとゆっくりと倒れた。
そのマダラジャートの横に立っていたのは、生き倒れの男、ヤマトであった。
「大丈夫か?」
「あ、あ、ああ、大、大丈夫だ。」
ヤマトは、男にそれだけ確認すると、再び、馬車が走り去った方へと走り始めた。
男は、その姿を骨折の痛みも忘れてぼーっと見ることしかできなかった。
ヤマトが止まっている馬車に追いついた時、その先頭の馬車の前には細切れにされた2匹のマダラジャートの死体が転がっていた。
銀色の毛の狐が、ヤマトを見つけうれしそうに胸に飛び込んできた。
「よくやったぞ、弧月。」
ヤマトは、銀色の毛の狐『弧月』の頭を優しくなでてやった。
「・・・その魔物は、ヤマトのかい?」
馬車の側に立っていたパルテの表情は固まっていた。
「ああ、召喚獣の弧月だ。」
「エルフが召喚魔法を得意にしているとは聞いたことがあるけどね・・・初めて見たよ。」
「そうなのか?この大陸では、エルフしか召喚魔法を使えないのか?」
「・・・詳しいことは知らないけどね。」
パルテの表情は固まったままだ。まるで心ここにあらずである。
しばらくして、『レギウス護衛団』の4人が追いついてきた。骨折をしている男は、他の男が乗っている馬に同乗していた。
「生きてたかい。」
ようやくパルテはうれしそうな顔をした。
「ああ、足の骨を折っちまったが、そいつのお陰で命は拾ったよ。ありがとな。」
骨折した男は、他の男達に手伝ってもらって馬から降ろされた。
「サクラ。」
ヤマトは、細切れのマダラジャートの横で気持ち悪そうな表情をしていたサクラを呼んだ。サクラは、ヤマトに呼ばれ、気持ち悪そうな表情のまま走ってきた。
「な、なんでしょう。」
「治してやってくれないか?」
ヤマトの視線は、地面に顔をしかめて座っている男を見ていた。
「あ、・・でも、できるかどうか?」
サクラは不安そうにヤマトを見た。
「多分、大丈夫だ。召喚が使えたから、回復魔法も使えるはずだ。」
「分かりました。」
サクラは意を決し、回復魔法を唱えた。
「おおぉぉぉ。」と周りの男達が声を上げた。
骨折した男の下の地面に魔法陣が浮かび、男は青白い光で包まれた。
そして、すぐに青白い光は消えた。
ゆっくりと立ち上がる骨折をしていた男。
骨折していたはずの足を何度も地面に強く踏みしめた。
「・・・痛くない・・・痛くないぞー。」
「おおぉぉぉぉぉぉぉぉ。」
周りで見ていた男達の歓声が再び上がる。
「こりゃあ・・・まいったね。」
パルテの表情は、言葉とは裏腹にうれしそうだった。




