5 アレクシスとシーター
冒険者パーティー『イレギュラー・ナイト』のリーダーであるアレクシスは、体を低くして、草むらの中に身を隠していた。
もし、何も知らない人間が見ていたら、190cm近い身長をどうにか草むらの中に隠そうとするアレクシスの姿は、思わず笑ってしまいそうな格好だっただろう。
アレクシスが見ている30m先には、川の水を飲んでいるマイナーブル1頭の姿があった。
普通、マイナーブルは集団で行動するため、1頭で行動しているマイナーブルは狩るには絶好の機会だ。
しかも、ホーンブルと違って、マイナーブルの頭には角も無いため、体当たりにさえ気をつければ、狩りやすい獲物だった。
アレクシスは、マイナーブルの背中側に回り込むとゆっくりと立ち上がり弓を構える。
パシュッと風を切る音と共にアレクシスが放った矢は、真っ直ぐとマイナーブルへと飛んでいった。
そして、マイナーブルの上空を軽々と飛び越えて、川へと落ちていった。
川に落ちた矢の音に気付き、マイナーブルが振り返る。
マイナーブルとアレクシスの視線が交わる。
マイナーブルは、ゆっくりと体をアレクシスの方向へと向け、グオーという鳴き声と共にアレクシスに突進してきた。
「チッ」
アレクシスは、すでに弓を足元に投げ捨てて、背中からアレクシスのメイン武器である大剣を抜いている。
その時、パシュッと矢を放つ音が聞こえ、アレクシスに向かってきていたマイナーブルの太い首に突き刺さった。
マイナーブルは、矢が刺さった衝撃で足が止まり、苦しそうに矢が飛んできた方向を見た。
その隙を逃さずに、アレクシスはマイナーブルとの距離を詰め、上段からマイナーブルの頭目掛けて大剣を振り下ろした。
ズドンッという地響きをたてて、アレクシスの大剣で頭を真っ二つにされたマイナーブルは地面に倒れた。
「ちょっと、アレクシス。なんで最初の矢をはずしてんのよ。」
「すまん、シーター。」
シーターは、アレクシスのパーティー『イレギュラー・ナイト』のメンバーだ。赤い髪と健康的にやけている小麦色の肌をした女性だ。
アレクシスは現在26歳だが、シーターは現在19歳である。
身長は170cmあり、アレクシスと並ぶとお似合いの恋人同士にも見える。
アレクシスが、シーターと出会ったのは、まだアレクシスがキワール帝国にいる時だが、何故かアレクシスがキワール帝国を出て行かなければいけなくなった時に無理やり付いて来たのだ。
「だって、世間知らずのボンボンなんて、一人で生きていけるわけないでしょ?」とアレクシスがシーターに聞いた時に言っていたが、言われたアレクシスは、不快に思っていた。
しかし、帝国を出て2年が過ぎ、シーターと旅をしてきて、シーターの言うとおり、自分がいかに世間知らずだったかを思い知らされたのだ。
「まったく、アレクシスは、いつになったら弓が上達するのよ。」
「練習はしてるんだがな。」
「元騎士様が、弓が下手ってどんな冗談よ。」
アレクシスは、キワール帝国にいた時は、騎士だった。
今持っている大剣もその時使っていたものだ。
第3騎士団のアレクシスと言えば、帝国の騎士達の間では、知らぬものはいない大剣の使い手だった・・・今は不名誉の名で知らない者はいないだろうが。
アレクシスが帝国を追われた理由は、第3騎士団の団長を殴り倒したことが原因だ。
ある戦いにおいて、騎士団の団員の命より団長としての功績を重んじる命令に激高し、つい手が出てしまったのだ。
しかも、相手が悪かった。帝国の有力貴族である侯爵家の3男だったのだ。
こうなると、帝国を追われただけですんだのは僥倖というものだった。実際、死刑になってもおかしくはなかったのだ。
シーターは、帝国にいる時、よく行く飲み屋で出会う冒険者だった。
冒険者ギルド『深緑の風』という狩猟を得意としているギルドのメンバーで、アレクシスが『深緑の風』のギルドマスターと知り合いだったため、自然と一緒に飲むようになったのだ。
飲み友達になってその後、アレクシスが問題を起こした時、何故かアレクシスが帝国を去る馬車と同じ馬車に乗っており、そのままずっとアレクシスについてきているのだ。
シーターは、小麦色の肌の色を見てもわかるが、アレクシスのように白い肌が多い帝国の人間ではなく、南の方の国の出身である。
ちなみに、冒険者ギルドもランクがあり、一番下が『ファースト・スター』、それから、『セカンド・スター』『サード・スター』『フォース・スター』となり、最上級が『オーバー・スター』となる。
冒険者ギルド『深緑の風』のランクは『セカンド・スター』になる。
このランクについては、自らのランクの星の数をギルド旗につけることが義務付けられており、ギルド旗を見れば、どのランクのギルドかを確認することができる。
この冒険者ギルドと冒険者組合の違いは、冒険者ギルドは冒険者組合を通さずに仕事を請けることができるのだ。
ただし、その場合、仕事の内容と結果を後日提出を求められた。
それに冒険者ギルドは、冒険者組合に年会費を払うことが義務付けられており、そういう意味では、冒険者ギルドは冒険者組合の下部組織ともいえた。
冒険者個人としては、冒険者になるには、冒険者組合に所属する必要があり、その後、どこかの冒険者ギルドに属そうが自由である。
仕事を請けるにあたって、冒険者組合の掲示板の仕事を請けようが、冒険者ギルドに来た依頼を受けようが、それはどちらでも構わない。
ただし、冒険者ギルドに所属する冒険者が、冒険者組合の掲示板の依頼を受けて失敗した場合には、状況によって、冒険者ギルドにペナルティーがいく場合がある。
基本的に冒険者ギルドに直接頼む場合は、料金が高額になることが多いため、依頼料金をあまり出せない依頼が冒険者組合にくる傾向にあった。
「まあ、俺は、剣を振り回すしか能がない人間だからな。」とアレクシスは言いながら、大きく手を振る。
すると遠くから、1台の荷馬車がアレクシスとシーターの方へと近づいてきた。
冒険者は、基本的に馬車や荷馬車と共に行動することが多い。
特に狩猟をする場合は、魔物を狩っても持って帰れないと意味ないので、荷馬車と共に狩猟にくるのだ。
今回、荷馬車の御者席に座っているのは、エストの町にいる孤児の2人だ。
今現在、冒険者パーティー『イレギュラー・ナイト』は、アレクシスとシーターの2人しかいない。
少し前までは、4人で行動していたのだが、残りの2人はエストの町に見切りをつけて、サイラスの町へと本拠地を移したのだ。
アレクシスとシーターも「一緒にこないか?」と誘われたが、アレクシスが断ると、当然のごとく、シーターも断った。
「シーターだけでも行ってもいいんだぞ?」とアレクシスは言ったが、「殴るわよ?」という言葉だけで、それから1週間は口を聞いてもらえなかった。
そんな経緯で人数が足りなくなったが、こういう時に荷物持ちや御者で孤児を雇うのは、冒険者としてはよくあることだった。
冒険者も助かるし、お金を稼ぐ手段のない孤児達も助かるからだ。
4人で荷馬車に倒したマイナーブルを乗せ、そのまま、荷馬車の後に座る。
シーターも当然のごとく、アレクシスの横に座り、それを見届けた御者の孤児が荷馬車を走らせだした。
「エストの町のみんなも喜んでくれるわよね?」
「ああ、マイナーブル1頭だけでも食料としては、かなりのものだからな。」
やや落ちかけた夕日に照らされながら、アレクシスとシーターは、満足げに頷きあった。