50 『ミサキ』 ニーナ、セレブになる。(猫族ニーナの成り上がり伝説。なお、タオルの販売はしておりません。あしからず。)
ドルトが、パンプキン商会の会長に就任して3週間が過ぎた朝、未だに朝食の食卓にはドルトが執事としてミサキに後ろに立っていた。
朝食の席に座っているのはハイド、ミサキの2人だけだった。
「ミサキ、ニーナはどうした?」
「さあ?あの子が朝食に来ないなんてありえないから、すぐに来ると思うけど?」
ハイドとミサキが話している時、食堂のドアが開きニーナが入ってきた。
「・・・ニーナ、なんだその姿は?」
ハイドが呆れを含んだ驚きの声を上げたのも当然だった。
ニーナの姿は、どこのセレブの奥様だと言わんばかりの高級服に身を包んでいたからだ。
「どこか、おかしいにゃ?にゃーはいつも通りにしているだけだにゃ。」
そう言いながらも、ニーナの歩き方や椅子への座り方は、いつもと違い、どこか上品さを兼ね備えていた。
「・・・熱でもあるのかしら?」
ミサキは、ニーナの額に手を当てようとするが、ニーナは微笑み、「いやですにゃ、ミサキお姉様。いつものにゃーですにゃ。」と上品げに口元に右手を上げた。
「・・・まぁー、ニーナが変なのは、今に始まったことではないからな。メシにしようぜ。」
ハイドの言葉と共に、ドルトが、冒険中に食べるような堅いパンとクルーアをそれぞれの前へと持ってきた。そして、それだけでドルトはミサキの後ろへと戻ってしまった。
「ん?今日の朝食はこれだけか?」
ハイドが不思議そうな表情をした。いつもは、朝食でも高級パンと玉子、ハム、果物は最低限用意されていたからだ。
「はい。」
ドルトは端的に答えた。
「ふざけては困るにゃ。にゃーは、こんな安物のパンは口に合わないにゃ。」
頬を膨らませた、ニーナ。
自らの前から、パンの置かれた皿を、横にずらした。
「どういうこと、ドルト?」
ミサキの視線を浴びたドルトが、一つため息を吐き出し話し始めた。
「・・・実は、パンプキン商会、倒産の危機です。誠に申し訳ございません。」
ドルトは、深くお辞儀をした。
「なぜ?」
ミサキの質問にドルトが答える前に、ハイドが割り込んだ。
「やっぱり、ドルトの仕事が多すぎるんじゃねぇーか?会長の仕事もして、執事の仕事もだろ?そりゃ、会長の仕事も疎かになるってもんだ。早くこの屋敷の執事やメイドを雇えよ。そうすりゃ、ドルトも会長業に専念できるだろう?」
「そうなの、ドルト?それなら、前に雇っていいと言ったはずだけど、そう言えば、未だにドルトひとりよね?」
「そのことは関係ございません・・・いえ、訂正させていただきます。大きな意味では関連しております。」
ドルトは、少し言いにくそうにしている。
「どういうことだよ?」
「まず、新たな執事とメイドにつきましては、すでに商人組合と冒険者組合に執事、メイドの募集はかけております、3週間前から。」
「3週間前からって、未だに一人もこないのか?条件が厳しすぎたんじゃねぇーのか?」
「いえ、むしろ条件は経験問わず、しかも高待遇でその給金は王宮勤めの侍女などと比べても見劣りするものではありません。」
「じゃあ、何でだよ?」
「・・・それは。」
うつくむドルト。ドルトのこのような表情は、今まで見たことがなかった。
「気にしなくてもいいから、言ってみて。」
ミサキに促され、ドルトは意を決したように発言した。
「評判が・・・悪すぎます。」
ハイドは納得した顔でミサキを見たが、なぜかミサキもハイドを見てため息をついていた。
「わかるわ、ドルト。確かにハイドの噂は悪すぎるものね。あの噂を聞けば、メイドに来ようと思う人はいないわね。『飛んでハイドの寝室に入る、乙女の貞操』だものね。」
「おい、今、街で俺の噂はどうなっているんだ?」
ハイドは、よく街に出るニーナを見たが、ニーナは目を逸らした。
「それだけではございません。」というドルトの言葉に、ハイドは「それは否定しないのかよ!」と悲しそうな顔でドルトを見た。
「商人というのは、情報が命ということもありますので、ミサキ様とハイド様がこの街にいらっしゃいましてからの行動をかなり正確に掴んでいまして、それが街の住人に噂として流れ、この屋敷に行くと生きて帰れないという暗黙の了解が出来ております。しかも、ここ3週間でニーナ様が街で問題を起こした時、衛兵達が被害者にニーナ様はアンタッチャブルの存在というように言ったらしく、悪評に拍車がかかりまして・・・。」
「私がそんな血も涙もない人間に見えるのかしら?」と不思議そうに首をかしげるミサキを、その他の3人は驚いた顔で凝視した。
「何よ?」
3人の視線に気付いたミサキが、やや不機嫌そうに3人を見返した。
「ミサキ・・・お前、自分が血も涙もある人間だと思っていたのか?俺は、むしろ人間なのも怪しいと思ってんだけどな?」
「ははははー、ハイド、面白いこと言うのね。とりあえず、オモテ出ろ。」
ミサキは、口では笑っているが、目はまったく笑っていない。
「ちょ、ちょっと、落ち着け、ミサキ。まだ、ドルトの話が終わってないだろ。街での悪評とパンプキン商会が倒産しそうなのがどう関係してくるんだよ?」
必死に話を逸らすハイド。
「まず、この交易都市グロースと近い都市のパンプキン商会の支店の店員が、その悪評を聞き、ほぼ全員夜逃げしました。」
「夜逃げにゃー、懐かしいにゃー。にゃーも昔、夜逃げしたにゃー。」
ニーナは昔を懐かしむように呟いた。
「次に、この交易都市グロースから遠く離れた都市のパンプキン商会の支店は、その悪評を聞き、勝手に独立を宣言しました。」
「おう、独立かぁー。懐かしいな。俺達もよく独立戦争に参戦したもんだ。」
ハイドも昔を懐かしむように呟いた。
「しかも、パンプキン商会の支店すべてが、その悪評のため、その支店のある領主や国によって営業許可停止を受けております。」
この世界では、都市に商会の支店を開くには領主もしくは国の許可が必要なのだ。
「わかったわ。要するに、逃げた店員を探し出して殺し、独立した支店の店員を殺し、営業許可停止した領主や国のトップを皆殺しにすれば、問題解決ってことね。」
「な、血も涙もない悪魔だろ?」とハイドがニーナに呟き、「そうにゃ、ミサキお姉様、まじ悪魔にゃ。」とニーナも同意した。
「それでは、さらに悪評を重ねるだけかと思われます。」
「そう・・・それでは、しょうがないわね。それで、具体的にいつ破産しそうなの?」
「はい。昨日計算致しましたところ、六ヶ月持たないくらいかと。」
「ふーん、結構猶予があるじゃない?」
ミサキは、少し安心したように深く椅子に座り直した。




