4 『ヒロリン』 『ヒロ』に改名する
「『ホーンブル』1頭と『マイナーブル』10頭で合計金貨18枚ね。」
『ヒロリン』は、金貨18枚を受け取り、すぐに『とめどない強欲の指輪』の中にしまった。
「ところで、冒険者になる気はない?」
「冒険者ですか?」
「ええ。冒険者になれば、買取優遇措置があるから、買取価格が普通の1.2倍になるのよ。」
「・・・なぜ、最初にそれを言わなかったんですか?」
「言ったら、『ホーンブル』と『マイナーブル』の買取価格が高くなるじゃない。」
「・・・ですよね。」
『ヒロリン』は、この受付の女性の性格が理解できたような気がした。
「ちなみに、冒険者は、どの町に入る時も、無料で入ることができる上に、冒険者カードがあれば、身分証明にもなるのよ。身分証明を持ってないのよね?トラブルに巻き込まれた時、冒険者カードを持っていればいろいろ有利よ。」
「・・・では、お願いします。」
「それでは、名前だけ書いて。」
『ヒロリン』は、受付の女性が出した紙に名前を書いて渡した。
「ヒロね。」
『ヒロリン』は、名前をなんて書くか迷ったが、さすがにゲーム内での『ヒロリン』と書くのは恥ずかしくて、本名の名前である『ヒロ』とだけ書いて渡した。
受付の女性は、少しの間、カウンターの中で作業をしていたが、それほど時間はかからず、ヒロの前に真っ黒い名刺程度の大きさのカードを出してきた。
「それでは、このカードの上に血を一滴もらえる?」
ヒロは言われるがままに、受付の女性がカードと一緒に出してきた針で指の先を差して滲んできた血をカードにこすりつけた。
「それでは、もうしばらく待ってね。」
受付の女性は、またカウンターの中で作業を始めて、1分程度で再び黒いカードを差し出してきた。
「これで登録完了。このカードは、なくさないようにね。」
黒のカードには、冒険者ランクと名前のみが記載されていた。
ヒロの場合は、冒険者ランクEと名前ヒロとだけ書かれていた。
ヒロは、カードを受け取り、簡単な冒険者の説明を受けた。
冒険者にはランクがあり、一番下がE、D、C、B、Aで一番上がSとなる。
A以上になった冒険者は、ギルドを作ることができる。
ギルドを作れば、組合を通さなくても、独自に仕事を請けてもいい。
ランクは強さではなく、組合への貢献度(依頼の達成率や高難度の依頼の達成)によって上がっていく。
以上のようなことを説明された。
「それでは、これから頑張ってね。あっ、言い忘れたけど、私の名前はジュリ。気軽にジュリ様と呼びなさい。」
「ジュリ・・・様ですか?」
「ええ。基本的に私は、Cランク以下の冒険者は蛆虫としか思ってないから、Cランクになるまでは、ジュリ様と呼びなさい。あと、私の正体ばらしたら、サキュバスとして出来うる限りの苦痛を与えるから。」
この世界にも蛆虫がいるんだと思いながらも、ヒロは素直に頷いた。
「・・・了解です、ジュリ様。あっ、そう言えば、門番のおじいさんにここ宿屋もやっているって聞いたんですけど?」
「やってるわよ。何泊?」
「えっ、宿屋の受付もジュリ・・様なんですか?」
「ええ、宿屋の受付と冒険者組合の受付が両方辞めてしまって、サイラスに行ったから、しょうがなく私がバイトとして働いているのよ。」
「なるほど。それでは、とりあえず10泊お願いします。」
「分かったわ。それでは、10泊2人部屋で銀貨50枚ね。」
「あれ?確か、1泊銀貨3枚でしたよね?」
「ええ、1人部屋1泊銀貨3枚。でも、ヒロは、2人部屋だから、1泊銀貨5枚。」
「俺、1人ですけど?」
「お金持ってるわよね?お客さんが減って、宿屋の経営も結構厳しいのよ・・・。で、ヒロ、銀貨50枚払うわよね?」
「か、カツアゲじゃないかな・・・なんて。」
「何か・・・言ったかしら?」
「払います。銀貨50枚払います。」
ジュリに睨まれ、すぐに金貨1枚をジュリに渡した。
「それでは、おつりの銀貨50枚。部屋は階段上がってすぐの201号室よ。」
ヒロは、鍵を受け取り、201号室へと向かった。
部屋に入り、中を確認すると、トイレとお風呂がついていた。
お風呂はないと思っていたヒロにとってはうれしい誤算だったが、使い方がわからないため、再度、受付のジュリの下に行き使い方を聞いた。
それによると、この世界は見た目は中世ヨーロッパ程度だが、魔法と魔石によって結構文明的には進んでいるらしいことがわかった。
日本人が電気を使って、様々な家電を動かしているかわりに、この世界では、魔法陣を刻み込んだ魔石を使って家電や水道などのインフラを整備しているようだった。
ちなみに、トイレは、完全ウォッシュレットで、水でお尻を洗い、暖かい風ですぐに乾かす方式らしい。
水事情にしても、魔石でほとんどまかなえるので、あまり井戸は使わないそうだ。
ただ、田舎の村に行くと、いまだに井戸がメインの場所もあるそうだ。
「それで、ヒロはご飯はどうするの?」
「ご飯はついてないんですか?」
「ええ、日替わり定食でよければ、1日大銅貨1枚つければ、朝、夕と食べられるけど、あまりお勧めはしないわね。」
「何でですか?」
「まずいもの。それよりは、自分が好きなメニューを食べた方がましだわ。ちなみに、今現在この町で食事ができるのはここしかないから、お腹が減ったらそっちの席に座って注文すれば食べられるわ。」
ジュリは、冒険者組合のカウンターの反対側にあるテーブルを指差して説明した。
「まさか、あそこもジュリ様がやっているんですか?」
「いえ、あそこは、朝と夕方、シェフとウエイトレスが1人づつ来るわ。日替わり定食は、くそまずいけど、それ以外は結構いけるわよ。お酒も飲めるし。」
「そんなに日替わり定食はまずいんですか?」
「ちなみに昨日の日替わり定食は、『シェフの思いつき スライムとヨワラ草のサラダ ゴブリン肉のステーキ』だったわ。」
「・・・ゴブリンって食べられるんですか?」
「・・・家畜は食べてるわね。」
「しかも、スライムとヨワラ草って。」
ヨワラ草は、『グランベルグ大陸』では、気付け薬に使われていた薬草の一種である。もの凄く臭く、もの凄い苦い草と記載されていたのを覚えている。
「ええ、スライムは味がしないし、ヨワラ草は臭いし苦いしで大変だったわよ。」
「食べたんですか?」
「ええ、私を夕食に誘った冒険者の1人がね。・・・それはもう最高な表情だったわ。」
恍惚の表情を浮かべるジュリを見て、ヒロはジュリだけは怒らせないようにしようと固く誓った。
「あと1時間もすればシェフがくると思うから。」
「分かりました。」
ヒロは、それまで部屋に戻っておくことにした。