39 『ミサキ』 涙なくしては語れない話。ハイド、その人生の悲劇(絶賛公開中)
その日の昼過ぎに、ニーナの家の前にこのスラム街には珍しい豪華な馬車が止まった。
護衛によほど自信があるのだろう、通常、スラム街に豪華な馬車で来るなど命知らずもいいところであるのだが。
まず、馬車の中から4人の屈強な男達が降り、最後に執事らしき格好をした初老の男性が降りてきた。
屈強な4人の男達は、最後に降りてきた初老の男性を囲み、周囲に目を光らせる。
初老の男性は、そんな周りの男達などまったく気にするそぶりは見せずにニーナの家のドアに近づき、優雅な手さばきでコンッコンッコンッとノックをした。
しかし、中から反応はなかった。
「お留守でしょうか?」
初老の男性は、もう一度ノックを繰り返した。
「誰かいらっしゃいませんか?」
「誰もいませんよ~。」
家の中から声が返ってきた。
初老の男性の動きが止まる。長い執事人生の中でこのような対応をされたのは初めての経験だったからだ。
「さて、こういう場合は、どうすればいいのでしょうか?」
迷う初老の男性に周囲を固めていた男の1人が、「ドアを破壊しましょうか?」と提案してきた。
「・・・まだ、その段階ではないと判断します。とりあえず、もう一度ノックをしてみましょう。」
コンッコンッコンッ・・・・
ドンッドンッドンッ、とドアの内側から強く叩き返された。
「ふむ?」
初老の男性は、再度、コンッコンッコンッとドアを叩いた。
ガスッズカッバキャンッ・・ギイイイーバタン。
男達がドアの前に立っていた初老の男性を急いで下がらせたことにより、倒れたドアが初老の男性に当たることはなかった。
そして、破壊されたドアの内側に立っていたのは、素顔のミサキだった。
「何?」
寝ぼけまなこのミサキは、不機嫌そうに初老の男性の前に立っていた。
「これは、お嬢さん、こんにちは。こちらは、傭兵ギルド『抗う心臓』のハイド様の居られるお宅ですかな?」
「ああ、あのハイドね。ハイドなら、ここを真っ直ぐ行って、突き当たりを右に少し行った赤い屋根の家にいるよ。」
「おお、そうでしたか。ありがとう、お嬢さん。」
初老の男性は、ミサキに飴玉を渡して、お礼を言った。
この世界は砂糖の値段が高いため、お菓子は高級品なのだ。それを気軽にミサキにくれた初老の男性を見て、ミサキは目を丸くする。
「ほっほっほっ、喜んでくれましたかな?」
「いや、全然足らない。あるだけよこせ、じじい。」
「ミサキ、どこの山賊だよ、お前。」と、ハイドがいたら突っ込んでいただろう。しかし、ミサキは起こされて機嫌がこの上なく悪かったのだ。これは、ミサキにすれば、その慰謝料代わりであった。
「これはこれは、勇ましいお嬢さんだ。ちょっと待っていてください。」
初老の男性は、ポケットからあるだけの飴玉を出すとミサキへと渡してくれた。
ミサキは、初老の男性に顔を近づけ、「いい奴だな。」と、ボソッとつぶやいた。
その後、初老の男性のことなど気にした様子もなく、すぐに家の中に戻り、ベッドに横になってしまった。
この出会いが後にこの初老の男性の命を救うことになるのだが、この時、初老の男性はそんなこと思いもよらなかったに違いない。
初老の男性と男達は、豪華な馬車に戻り、ミサキが説明したとおり真っ直ぐに進むが、そこは行き止まりだった。
「はて、どこか右に曲がる道を見逃しましたかな?」
男達が馬車の外に出てまで探したが、右に曲がる道は見つからなかった。
当然である。ミサキの嘘なのだから。
仕方なく、再度、ニーナの家まで戻り、壊れたドアの外から、「お嬢さん、申し訳ありませんが、右に曲がる道が見つかりませんでしたので、もう一度説明してもらえないでしょうか?」と声を掛けてみた。
ミサキ、ベッドに横になったまま、まったく反応しない。
「仕方ありませんね。実は、まだ、最近南方の国から入ってきたチョートという黒くて甘いお菓子があったのですが・・・。」
ミサキ、神速の反応で初老の男性の前に立っていた。
「で、何が聞きたいの?」
「先ほど聞いたハイド様の居場所なのですが?」
ミサキは、右手を初老の男性の方に差し出し、よこせという合図をした。
「ああ、そうですね。」
初老の男性は、馬車の中に戻り、カップ程度の大きさの凄く冷えた金属製の入れ物を持ってきて、ミサキへ渡した。
「これは、チョートというお菓子で、料理にも使え・・・。」
ミサキは、金属製の入れ物を開け、中の物を匂うと、「知ってる。チョコレートでしょ。」と言って初老の男性の言葉を遮った。
「それで、ハイドのことだったわよね。はぁ、ハイドの名誉のために、他人には言いたくなかったのだけど、おじいさん、いい人そうだから教えてあげる。ハイド、死んだ。以上。」
「はい?」
「だから、ハイド、死んだ。」
いたって真面目な表情のミサキ。
「そのハイド様はどのようにして亡くなられたのですか?」
「本当に聞きたいの?長い話になるわよ。」
頷く初老の男性。彼も死んだと聞かされただけで素直に帰れない理由があった。
「実はハイドってあの年齢でまだ童貞だったのよ。いろんな女性に手当たり次第に声を掛け、その度に振られて、可哀想すぎてみていられないくらい無様だったわ。」
「あの『オーバースター』のギルド『抗う心臓』のハイド様がですか?女性はよりどりみどりかと思っておりましたが。」
「確かに、ギルドの名声だけで寄ってきた女もいたわ。でも、ハイドの決め台詞『今夜の満月に向かってアオーンと吠えさせてやるぜ。』という言葉を聞いて逃げなかった女性は皆無。まさに悲劇。」
「そ、それは確かに・・・。」
「そして、昨日の夜、あまりのもてなさに何を思ったか、海岸に行ったハイドは言ったわ。俺、実は魚人じゃね?私は、耳を疑ったわ。まさかハイドが魚人だったとは。でもよく考えてみると思い当たることがあるの。寝起きのハイドちょっと魚臭いなって思ったことが。あれは、そういうことだったのかなって。」
「・・・・。」
「そして、今朝、起きてみるとテーブルの上には書き置きがあったわ。生まれ変わったら、ハムスターになれますように。そして子供をポコポコ産めますようにと。ああ、ハイド、なんて気持ち悪い男。二度と私の前に現れるな。ってことでハイドの人生終了以上。」
途中から乗りに乗りまくって身振り手振りをつけて独演をしていたミサキは気がつかなかった。初老の男性の横にハイドとニーナが戻ってきて立っていることに。
「・・・。」
「・・・。」
見つめ合うハイドとミサキ。決して、ラブの混じった感情で見つめ合っているのではない。
「私は悪くない。」
ミサキは、それだけ言うと、家の中のベッドへと戻っていった。




