38 『ミサキ』 妖精がまったく可愛くないのは何故だろう(遠い目)
ニーナが朝食のパンと飲み物のクルーアを買って帰ってきた。
ハイドは、パンの匂いで目が覚めたらしく、体を起こして大きな欠伸をしていた。
「今日は、人気のテラメタの『リヤードパン』が買えたにゃ。」
ニーナは、テーブルの上にリヤードパンが5個入ったカゴを置いた。
テラメタとは、交易都市グロースの人気のパン屋で、リヤードパンとは、その店1番人気のパンだった。
リヤードとは、果物の一種で生のまま食べると非常にすっぱいが、火を通すともの凄く甘くなる果物であった。
そのリヤードを四角状に切って、パンの生地に混ぜて焼いたのがリヤードパンである。
「おう、うまそうな匂いだな。」
ハイドは、起きてすぐにも関わらず、テーブルの上のリヤードパンを一つ取り、かぶりついた。
ミサキは、ニーナからクルーアを受け取ると、眠そうな目でゆっくりと口をつけていた。
「ミルミル、朝ご飯にゃ。」
ニーナがカゴの中のリヤードパンを一つテーブルにそのまま置くと、タンスの上にあった虫かごから妖精が出てきた。
妖精はテーブルの上に置かれたリヤードパンの側に降りると、リヤードパンの中のリヤードのみを器用に取って食べ始めた。
「おいしいかにゃ。」
「まあ、花の蜜を極めたボクからすれば、6点というところ。人間にしては、よくやっていると言ってあげてもいいかとは思うよ。」
「あいかわらず、手厳しいにゃ。でも、そんなところが、ミルミルの魅力だにゃ。」
なぜかうれしそうなニーナ。しかし、妖精に対するハイドとミサキの視線は冷めていた。
「ハイド、こう言っては何だけど、やっぱり、こいつ羽を毟って油でから揚げにして外に捨ててしまわない?」
「奇遇だな、ミサキ。俺もそうすればよかったと今、後悔してたところだ。」
「君達、どうせ油で揚げたなら、食べるべきだろう。それが美食家としての最低限の義務だ。まったく、これだから下等生物は困るよ。」
自分のことを言われているのに、まったく意に介した様子もなく妖精のミルミルは持論を述べた。
その瞬間、ミサキは、近くにあったデスサイズに手を伸ばしたが、ニーナの「やめてあげてにゃ。ちょっと大人ぶりたい年頃なのにゃ。」という哀願にしょうがなく我慢したのだった。
「つうか、お前、いい加減クリオラの森に帰れよ。お前が帰らなきゃ、精霊がおさまらねぇーだろ。」
妖精ミルミルの話を聞いて、この妖精ミルミルがクリオラの森の妖精ということはわかっていた。
「何故、ボクがあんな場所に帰らないといけない?ボクは自ら美食を求めて、あんな無為自然な場所から旅立ったのだ。いまさら帰る理由はない。そうだ、お前、あの森の狼族の出身なのだろう?ボクに代わりお母様のところに言って、ビシッと言って来てくれないか?」
「それは、俺に精霊を説得しに行けって言ってるのか?」
「そうだ。元々、あの森の狼族は、お母様を崇めているのだから、当然の義務だろう。」
「怒り狂った精霊を相手にしてたら、命がいくつあっても足らねぇーよ。・・・やっぱり、こいつ見なかったことにして体に石をくくりつけて海の底に捨てよーぜ。」
ハイドは完全に呆れていた。その目は、どこまでも本気だった。
「ごめんにゃ、ごめんにゃ。悪気はないにゃ・・・たぶん。」
「いや、悪気しかねぇーだろ。」
「・・・否定できないにゃ。」
「ふっ、残念だったな。ボクは水の妖精。海の中でも全然平気さ。」
「これ以上、ハイドとミサキお姉さまを怒らすのはやめるにゃ。」
自信満々の妖精ミルミル、怖いもの知らずであった。
「虫は無視するとして、予想以上に相手の動きがないわね。」
ミサキは、面白くなさそうにリヤードパンにかぶりつく。
「だな。ここまで反応がないとなると、ニーナのことを掴みきれてねぇーのか、もしくは泳がせてんのか。お前はどっちだと思う、ミサキ?」
ハイドは2個目のリヤードパンを取り、かぶりついた。
ミサキは考え込みながら、クルーアを一口飲む。
そして、何か思いついた顔でハイドを見た。
「何か気がついたのか、ミサキ?」
「ええ、とても重大な事に気がついたわ。」
「本当か、ミサキ。」
ミサキは、体を前に出し、ハイドに顔を近づけた。
「ハイド、そのリヤードパン、2個目よね?私は、まだ1個しか食べてないんだけど?どうして、ハイドが私の2個目を食べているの?」
「・・・・ほら、そりゃ、俺の体の大きさとお前の体の大きさを考えれば、一目瞭然と言うか、早いもの勝ちと言うか・・・悪かった。」
ハイドは、ミサキから目を逸らし、言い訳をしながらも素直に謝った。前日にも同じようなことがあり、怒り狂ったミサキが、ニーナの家の外で暴れて大変なことになったためである。
ちなみに、今、ニーナの家の周辺は、人口密度が高いスラムにも関わらず、更地の上に誰も寄り付こうとしない土地となっている。
そんな2人のやり取りを見ていたニーナは、自分が食べていたリヤードパンをミサキに取られないように、急いで口に押し込んでいた。
「まあいい。私も私のパンを1個ハイドに取られたからと言って、怒るような小さい人間でもないし。」
ミサキは、姿勢を元に戻し、再びクルーアに口をつけた。
「ところで、先ほど、ハイドが言っていたことだけど、どちらにしろ私はもう待つのに飽き飽き。というわけで、ハイドお得意のまったく相手は悪くないのに、意味の分からない因縁をつけて、相手の家で暴れて皆殺しにして来て。ついでに私の気が晴れるように少し斬られて来て。」
「めちゃくちゃ怒ってんじゃねぇーかよ。朝食を多く食べたくらいで斬られてたんじゃ割りにあわねぇーだろ?」
「割りに合う、合わないの問題ではないの。私の気分が晴れるか、晴れないかの問題よ。」
「怒ってないって言った手前、ちょっとは否定しろよ。」
ミサキは、しばらくハイドと目を合わせなかった。食い物の恨みは怖いのである。




