1 『ヒロリン』異世界に立つ
「・・・う・・・う・・・ん。」
プレーヤー名『ヒロリン』が目を覚ますと、そこは草原だった。
草原は、膝くらいの草が一面に生えている。
遠くを見ると、森や山が見える。
そして、空を見上げれば、雲ひとつ無い晴天。
「・・・死後の世界って・・・意外に現実的だな。」
『ヒロリン』の住んでいた町は、Y県の田舎だったこともあり、特に違和感のある風景ではなかった・・・ここまでは。
『ヒロリン』が振り返ると、少し先に日本ではまず見ることの出来ない高さ10mの城壁があった。
「なんだ・・・あれは?」
『ヒロリン』は、その城壁に近づいていくべきか、しばし悩んだが、他に行くべき場所もない以上、城壁に向かい歩き出した。
間近で見上げる城壁は、感動ですらあった。
見た目は、日本の石垣のように石を積み上げたものではなく、ヨーロッパの城壁のような感じだった・・・『ヒロリン』は現実には見たことは無かったが。
どこかに入り口があるだろうと、城壁沿いに歩く。
しばらく歩くと、門があり、その門の前には鎧をつけた門番が立っていた。
門はかなりの大きさがあり、開けられたままだったので、中の様子を見ることができた。
城壁の中には、予想通り、町があった。
古いヨーロッパのような町並みだった。
「・・・この町になんか用かの?」
門番に立っていたおじいさんは、西洋の鎧のようなものを着ており、手には槍を持っていた。
ただ、その鎧や槍はいかにも使い古していますと言っている程度の物だ。
「え~っと、用というか、実は・・・迷子なんですけど、ここはなんという町なんでしょうか?」
「それは、それは、大変じゃの。ここは、エストラ男爵領の町エストじゃよ。」
当然だが、『ヒロリン』は、エストラ男爵も町の名前エストも聞いたことが無かった。
「・・・死後の世界ではないですよね?」
「・・・わしはもうすぐ死にそうじゃがの。残念ながら現世じゃよ。ほほほほぉっ。」
「いや、なんか、すいません・・・。」
「何か死後の世界と勘違いするような目にあったのかの?」
『ヒロリン』は、門番のおじいさんに空一面に広がる魔法陣を見たら、いつの間にかここに来ていたということを説明した。
「・・・そんな大魔法のことは、わしは知らんが・・・ここは、辺境の地じゃからの。情報も中々入ってこんから、わしが知らんだけかもしれんが。」
おじいさんは、頭をかきながら、申し訳なさそうにしている。
「いえ、いいんです。こちらこそすいません。・・・ちなみに、町へは入ってもいいんですか?」
「ああ、構わんよ。・・・ちょっと前までは、町に入るには、銀貨1枚だったんじゃが・・・もう、いらなくなったんじゃ。好きに入りなされ。」
「何があったんですか?」
「・・・ここ数年の不作続きでの、皆、この町を捨ててしまったんじゃ。・・・ここから馬車で6時間の距離にあるサイラス伯爵領の都市サイラスに移ってしまったわ。残っているのは300人ぐらいしかおらんわ。」
「そうでしたか。」
「まあ、旅の人が気にすることではないわな。何も無いが、ゆっくりとしていきなされ。」
「ありがとうございます。ちなみに、アイテムや武器を買い取ってくれる場所ってありませんか?」
『ヒロリン』は街に歩いてくる間に確認しておいたが、身に着けている物は、『グランベルグ大陸』で身につけていた物とまったく同じであった。
もしかして、現実とまったく変わらない景色の見え方や感触であったが、グランベルグ大陸内なのかと思い、運営に連絡を取ろうとしたが、ステータス画面が目の前に現れることはなく、運営との連絡を取りようがなかった。
しかし、指につけていた『とめどない強欲の指輪』に意識を向けると、今、何が『とめどない強欲の指輪』の中に入っているかを理解することができた。
そして、『とめどない強欲の指輪』の中の物を選ぶと、現実にその物が『ヒロリン』の手の中に現れたのだ。
そして、その手の中の物をもう一度『とめどない強欲の指輪』の中に入れようと意識すると、あっという間に、手の中の物は消え、『とめどない強欲の指輪』の中に入っていった。
これによって、『ヒロリン』は、『とめどない強欲の指輪』の中に入っているアイテムや武器、お宝を使うことができるというのが理解できた。
町に来た以上、今、必要なのはお金であり、それを得るために何か売ろうと考えたのだ。
「この北門をくぐって、真っ直ぐ行くと、右手に宿屋と冒険者組合を兼ねている建物があるから、そこで聞いてみるといいぞい。」
『ヒロリン』は、建物の看板を教えてもらい、門番のおじいさんにお礼を言うと、門をくぐり、中へと入っていった。