191 サイラス、最悪の1日(6)
夜7時を回った頃、ミサキ達のいるサイラスの宿屋に1人のドワーフが入ってきた。
兜はしてないが、それ以外が完全武装で、片手にはミスリルのハルバートが握られており、背中には何か1mくらいの白い布で包まれた物を背負っていた。
また、肩に大きな袋を背負っており、これは形からして、多分、兜であることは想像出来た。
「あれ?ガドンガルさんじゃないですか?」
ドワーフの姿に気付いたヒロが、ドワーフに声をかけた。
「ぬぅ?おー、ヒロではないか。こんなところに居たのか?」
ガドンガルは、ヒロを見つけると特に断りもなくヒロの隣の席に座った。
「もしかして、俺を探しにこんなところまで来たんですか?」
「そんなわけはない。1杯景気付けに飲もうと思っただけだ。・・・ただ、エストを出る時にヒロに挨拶をしておこうと思ってな。ちょっと探したんだ。」
ガドンガルは、ヒロに説明しながら、ヒロの飲んでいたエール酒を持ち、グイグイと一気に飲み干した。
自分のエール酒を飲まれたヒロは、ガドンガルがこういう人物ということをよく知っているので、特に文句は言わず、新しいエール酒を2杯頼んだ。
「ガドンガルさん、どこか行くのか?」
ハイドとガドンガルはすでに何回か顔を合わせており、お互い傭兵ギルド『抗う心臓』であるということは知っていた。
すでにガドンガルは『抗う心臓』を辞めてはいるが、ハイドは、ガドンガルには名前に『さん』をつけていた。
それもそのはずで、ガドンガルは『抗う心臓』のメンバーの中では、伝説の人物の1人であり、ハイドも噂だけは何度も聞いた事があったからだ。
「ああ、ちょっとな。ハイドは、『抗う心臓』にはまだ戻らんのか?」
「戻るわけないじゃない、何言ってんの、この髭面は。」
ミサキは先ほどまで、犬族の少年をモフモフしていたために、機嫌が直ってきていたが、ガドンガルの言葉で一気に機嫌が悪くなった。
「こ、これはまずいことを言ったか?」
ミサキが魔王の1人と言われていることも、とんでもない魔法を使うということも、ガドンガルは当然知っていた。そのため、ミサキの機嫌が悪くなり、ちょっと焦っていた。
「ガドンガルさん、気にしなくていい。こいつはいつもこんな感じだから。それより、俺に何か言いたいことあるのか?」
「いや、別にハイドにあるわけじゃないが、もし、『抗う心臓』のギルドマスターに会ったら、ガドンガルがよろしく言っておいたと伝えてくれるか?」
「・・・それは、別に構わないぜ。」
ガドンガルの表情は笑ってはいたが、どこか不穏さを感じさせるものだった。
ただ、そのことに触れられるような雰囲気をガドンガルは出していなかった。
「俺には、何の用だったんですか?」
「たいしたことではないが、ヒロにはいろいろと感謝を伝えたくてな。・・・これからもガ族をよろしく面倒見てやってくれ。」
ガドンガルは、頭を深く下げた。
「や、やめてくださいよ、ガドンガルさん。死ぬわけでもあるまいし、縁起でもないですよ。」
「・・・そうだな。」
ガドンガルが顔を上げると、ちょうど、新しいエール酒が運ばれてきたところだった。
そのひとつを持つと、また一気に飲み干すとガドンガルは立ち上がった。
「お前達に会えてよかったぞ。」
それだけ言うと、ガドンガルは、宿屋に部屋を取るわけでもなく、宿屋の出口から出て行った。
「・・・何なんですかね?」
ヒロは、ハイドを見ると、ハイドも真剣な表情になっていた。
「ハイドさん?」
「んっ?ああ、悪い。ちょっと考え事していてな。・・・あっそういえば、ガドンガルさんに言わなきゃいけないことを忘れていたぜ。悪いが、俺はちょっとガドンガルさんを追いかけてくるわ。」
それだけ言うとハイドも出て行った。
「・・・・匂う・・・匂うわ。・・・これは・・・パーティーの匂い。」
ガドンガルとハイドが続けざまに出て行く後姿を眺めていたミサキが鼻をクンクンさせながら、変なことを言い始めた。
「ミサキお姉様、にゃーは何も匂わないにゃ?」
「ニーナは匂わなくていいのよ。そう言えば、私、ちょっと、ハイドを5発殴り忘れたから、追いかけて殴ってくるわね。」
ミサキはそう言うとガドンガルとハイドと同じく出て行った。
「・・・ヒロ。」
ニーナがヒロを見た。
「はぁ・・仕方ないですね。俺が様子見てきますよ。」
ヒロは、椅子から立ち上がり、ミサキ達を追いかけようとするが、そのヒロの腕をニーナが掴んだ。
「違うにゃ。チャンスにゃ。にゃーも役に立つところを皆に見せるチャンスだにゃ。」
ニーナは、悪いことを考えている顔をしていた。
「・・・変なことは嫌ですよ?」
「変なことじゃないにゃ。ギルド『パンプキン・サーカス』の中でのにゃーの立場をあげるための行動にゃ。」
「・・・別に『パンプキン・サーカス』に立場なんてないですよ?」
「あるにゃ。にゃーは知ってるにゃ。昔、おじさんが教えてくれたにゃ。組織に入ったら、他の人を蹴落としてでも上にあがれ。そこに栄光はあるにゃ。」
「・・・『パンプキン・サーカス』の上には栄光なんてありませんよ?あるのは、面倒だけだと思いますけど?」
「そんなことでにゃーを騙そうとしても無駄にゃ。にゃーが馬鹿と思っては困るにゃ。いつも、みんなを立てているのは仮の姿だにゃ。」
「・・・あれで、みんなを立てているつもりだったんですね。そっちの方に驚きました。」
「にゃーがギルドマスターににゃったら、ヒロを副ギルドマスターにしてやるにゃ。だから、にゃーを手伝うにゃ。」
ヒロは、まったく副ギルドマスターには興味はないが少し考え込んだ。
「どうしたにゃ?にゃーを手伝うのかにゃ?手伝わないのかにゃ?」
「手伝わなかったら、一人でやるんですか?」
ニーナは頷いた。
何をやるのか、ヒロには全然、想像ついてなかったが、どうせ、ろくなことではないということはわかっていた。
その時に、ニーナに何かあれば、ミサキがどうなるか・・・いや、どう行動するか。考えるのも嫌になるヒロだった。そうなった場合、サイラスが崩壊するのは確定事項のように思えた。
「・・・仕方ないですね。手伝いますよ。それで、何をするつもりなんですか?」
ニーナはヒロの耳に顔を近づけ、小声で言った。
「決まってるにゃ。『怪盗にゃー』のやる事はひとつだにゃ。」
ヒロはその言葉を聞いて、また面倒な事を言い出したと心の中で海より深いため息をついていた。